2015年5月5日火曜日

#137 アジアインフラ投資銀行――中国政府の野望はどこまで?

 本稿#135の「北京たより」でI氏が、北京在住者としての現場感覚からアジアインフラ投資銀行(以下インフラ銀)について書いています。正論の部類でしょう。
 他方、私はここでインフラ銀について最悪の推測をしてみます。
 なんでもそうですが、人は大きな仕事で決断する時、あるいは人生の転機で決断する時には、最高の結果と最悪の展開を想定するものです。諸君もそうするはずです。私の経験では最悪の結果になる方が多かったと思います。
 それでも、万全とまでいかなくとも最悪に対する対応が心の中でできています。出たとこ勝負より備えを持てます。
 
同業のライバルつぶし  
 
 アジアの途上国の公共事業を支援し、融資するアジア開発銀行(以下ADB)がある。設立以来およそ半世紀になるが、大株主は日本とアメリカで日本が歴代の総裁を送り、経営を担ってきた。本部はマニラにある。言うなれば、独占的存在であったから、融資の基準が厳しいと言われている。
 仮にこれが他の産業であるなら、間違いなく新会社が参入して先発会社に対抗する。当然、新会社は価格やサービスで先発会社より顧客に有利な条件を出して商圏を広げる。その結果、先発会社は追随せざるを得ない。こうして自由主義経済では競争が確保されている。
 話を戻すと、ADBはインフラ銀に対して融資条件を緩和させられる、つまり利益を落とさなければならない。経営上の問題が出てくるだろう。
 中国政府がインフラ銀を自国支配の銀行にするのだから、ADBとの協調融資など現実的ではない。おそらくADBはインフラ銀の条件についていけない。

途上国とヨーロッパ出資国の思惑

 融資を受ける途上国にしてみれば、ちょっとお賽銭を出すだけでご利益に預かれるのだから、喜んでインフラ銀に出資を決めた。ADBより低金利で、公共事業の案件に対して緩い審査で融資を受けられることは有難い話だ。 本当にそうなのか?
 途上国には有難いことで、インフラ銀とADBを天秤にかけてくるだろう。日本としては、これまで実績があるADBの融資とJICA(国際協力機構)の指導力による協力を訴えていくことになるだろう。途上国の中にはインフラ銀を取る安物買いをしない国があるに違いない。
  他方、経済に問題を抱えるヨーロッパ諸国は、出資によって入札の権利を得て、これまで実績に乏しかったアジアの公共事業に進出することが目的だ。

中国の国際金融経験

  私が日本企業からアジア各国に出張していた1970年代、アジアではエコノミストの大来佐武郎(おおきたさぶろう)が経済の巨人として尊敬されていた。彼は経済安定本部(経済企画庁→総理府外局→内閣府)で戦後初の「経済白書」を書き、後に大平内閣の時に民間から外務大臣に登用された。
 彼が70年代に中国政府から招かれて、財政や経済の進講をした時のこと、帰国後「まるで小学生に教えるようだった」というコメントをメディアが伝えていた。それから40年、中国政府は社会主義経済から改革開放によりいびつな資本主義化をしてきた。英才をそろえて国際金融の知識を積んできたにしても、経験は積めなかった。
  何より問題なのは、国際金融の専門家集団の上に半素人の共産党幹部が権限を持っていることだ。

◇ インフラ銀の行方  

 中国政府の途上国支援方式は、公共事業に必要な技術者、労働者、資材のすべてを供給する。建設地では中国レストランから商店まで中国人に進出させるから、工事後にはその町にチャイナタウンができるという。現地に技術移転されないわけだ。
 誰が考えてもこんな援助方式には資金が続かない。そこで、中国政府が考え出したことがインフラ銀なのだ。これで資金の半分を他国に頼ることができる。
  運営も実質は中国の銀行になることは避けられない。なぜならADBはマニラに本部が置かれ、公用語は英語であるのに対し、インフラ銀では本部は北京、職員が多数の中国人で占められる環境では中国語が優先される、融資の通貨は人民元が主流となれば、実態は中国国際銀行になってしまう。
 中国国内でさえ財政金融の構造は怪しい面があるし、当局の能力にも限界があるだろう。 まして国際銀行の経営主体を担えるのか?

◇ インフラ銀も覇権主義の延長か  

 中国政府は栄光の中華民族と中華帝国の建設を掲げて一党独裁を維持しようとしている。 軍事力を背景に領海を広げ、資金援助による途上国を支配する、中華民族の世界への移住を推進する政策は覇権主義と言われるが、私は新型の帝国主義だと見ている。
 インフラ銀もその一巻だろう。 これに日本政府が無駄な投資をすべきではない。政府の出資見送りに反対する意見があるが、商売第一の経済界の声は危ない。
 最後に一つ警告。日本の新聞もテレビも多くがインフラ銀に参加を見送ったのは日本とアメリカだけと報道し、G7の有力国カナダも参加しないことを見落としている。いかにも日本がアメリカに追随していることを伝える偏向報道だ。                      (完)  


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