2010年6月29日火曜日

ネット月刊誌『言論大阪』#2,6月、2010

    近代美術館の立地を天王寺公園に    
                経営評論家・岡本博志                                 

 今、大阪市が市立近代美術館の建設準備を進めている。
 建設予定地は、中之島のなにわ筋東側にある市立科学館の隣接地だ。科学館と同じ敷地には国立国際美術館があるので、集積効果を生かすことができると考えたのだろう。市はすでに土地を購入した。
 もともと一帯は阪大医学部の跡地で、現在は高層マンションが建ち並ぶ居住地域の景観をつくっている。はたして新美術館の立地として最適だろうか?
 集積という点と、大阪市都市再開発の視点を考えれば、新美術館の立地には、天王寺公園の中にある市立美術館の隣接地の方がはるかにふさわしい。
 その理由を説明する前に、再開発の視点から天王寺地区の現状を説明してみたい。

  天王寺・阿倍野の二重ブランド
 先ず、大きな問題は、天王寺地区が天王寺と阿倍野の二重ブランドになっていることだ。「天王寺・阿倍野」再開発 のように常用され、時に「阿倍野」が「あべの」と表記されている。
 私は府外から移住してきた新府民が多いと言われる大阪北部の住人であるが、天王寺と阿倍野の違いを正確に知らない住民は少なくない。「ああ、あの辺か」という認識程度だ。天王寺区と阿倍野区が、道路一つを挟んで区分けされる行政単位が知られない。関西圏の住人も違いをよく知らない。まして、よく出張する関東の住人には阿倍野の知名度が低く、どこにあるのかも知られない。
 会社ならマーケティングにとって大きなマイナスだからこのまま二重ブランドにしておくはずがない。最近の例では、国内外で知名度が高く、長い歴史がある松下電器が社名をブランドのパナソニックに統一して驚かせた。
 要するに、大阪市の経済開発において、市場は大阪市だけでなく、府外にも全国にも一つのブランドとして知られなければならない。特に観光客を増やすためには重要なことだ。今、官民一体となって、「天王寺地区」に呼称を統一すべきだ。
 常のことながら、伝統やしがらみを変えることには住民に、そして社員にも反対される。しかし、考えてほしい。「天王寺地区」に統一しても、阿倍野の地名や道路名が無くなるわけではない。
 先鞭をつけることで、近鉄にいくつか支援してもらえることを要請したい。
 一つは、近鉄南大阪線の「阿倍野橋駅」を「近鉄天王寺駅」に変更してほしい。隣接している南海系阪堺線の始発駅には「天王寺駅前」が使われている。
 二つ目は、現在近鉄百貨店の隣りに建設中である日本一の高層ビル「阿倍野橋ターミナルビル」の呼称を「天王寺ターミナルビル」に変えてほしい。
 三つ目は、高層ビルと連結されて生まれ変わる近鉄百貨店の呼称「近鉄百貨店阿倍野本店」を「天王寺本店」に変えてほしい。

  天王寺公園の立地が最良
 ここで本題の新美術館の立地に戻ろう。
 広大な天王寺公園は、第6代市長の池上四郎の発案によって建設された。公園内に銅像がある。市立美術館と魅力的になった動物園のほかに、名園と言われる慶沢園、全国の歴史探訪者に知られる茶臼山がある。茶臼山は大坂冬の陣では徳川家康の本陣に、夏の陣では真田幸村の本陣に使われた史跡だ。
 私が知る巨大なフィラデルフィア美術館(映画「ロッキー」に出た)に似た市立美術館のすぐ近くに動植物公園事務所の3階建てビルがある。茶臼山と河底池を正面に見る緑豊かな景勝の地だ。私はここに新美術館を建設することを提案したい。公園事務所は別の場所に建設する。
 現在、市が計画している中之島は居住地区として発展して地価も上がっているので、購入した土地の売却をすれば、天王寺公園に新美術館と新公園事務所を建設する資金に充てられるはずだ。
 会社員の読者なら、私の提案が集積のパワーを意識していることをご理解いただけるだろう。大阪市場だけではなく、浪速国の外の全国市場に目を向けている。
 新美術館の広報によって、天王寺地区の観光にも集積のパワーを生かせる。天王寺地区にはほかにも観光客が足を延ばせる名所史跡がある。例えば、目と鼻の先にある通天閣・新世界をはじめ、聖徳太子が593年に建立した四天王寺は日本最古の寺とされ、立派な伽藍がある。天王寺は四天王寺の略称と言われる。また、織田作之助の作品の舞台として知られる夕陽丘もある。
 また、路面電車ファンとして人後に落ちない私には阪堺線の沿線が楽しい。住吉大社がその一つ。
 
  天王寺再開発は大阪経済の希望――結び
 今日、異常とも感じるほどキタの開発に偏重している。ミナミの難波も見違えるように変わった。これに比べると、天王寺再開発は始まったばかりだ。大阪経済の振興に希望を持たせてくれる。
 梅田は東京で言えば丸の内、難波は池袋、そして天王寺は新宿に喩えられるだろう。そして、天王寺公園は上野公園を意識する。「集積のパワー」をキーワードにして、どちらの立地に全国から客を呼べるか?というビジネスの基本に立って、新美術館立地の再考と天王寺キャンペーンを官民の関係者に望みたい。                                                    (完) 

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2010年6月25日金曜日

#35 男よ、しっかりしろーー日本語が軟弱化している

 いよいよ参議院選挙です。7月11日の投票日までは私の政治論はしばし休止します。
 私は自己分析すると、保守政党の支持者だと思います。昔、「40歳まで自民党支持ならバカ、40歳を過ぎても社会党支持ならバカ」と言われていたことがあります。しかし、最近は民主党を支持し、今回の選挙でも民主党に投票するでしょう。
 かねてから日本の政治には保守系政党と政権担当可能なリベラル政党が必要と信じていました。なぜなら、どうにか民主党が政権を担うことができるようになり、混乱を収拾してさらに政権担当能力を示してほしいと思うからです。
 他方、自民党は当分政権を担える状態ではありません。自民党の中で改革を進めてゆくべきなのに、次々と脱党して新政党ができる有様。私はお家大事の時に、選挙目当てに出ていく政治家は支持できない。
 本来、二大政党のほかに、平和理念主義の社民党と共産党、それにもう一つの存在があるべき政党体制だと思います。諸君はどう考えますか?

カタカナ外来語が目に余る 私が日本語破壊協会と揶揄するNHKのカタカナ外来語の濫用がますますひどくなっ ているようだ。民放テレビにいたっては話にならない。出演者には濫用に加えて誤用が目立つ。そこで、諸君にカタカナ外来語を五つ挙げて理解を試してみよう。

① トリアージ――フランス料理の一種。
② トラウマ――相性が悪い干支の組み合わせ。
③ コンシェルジェ――高級ホテルの格付け。
④ トリビア――西洋式噴水。
⑤ コラージュ――野菜に含まれる栄養素。

 大体、こんな語句を無節操に使う奴らには、聞き手が分からなければコミュニケーション(おっと、これもカタカナ語)にならないということが分からないのか?
 上記語句の右側に書いた説明はおふざけで、正解は本稿の最後に記す。

もう勢いを止められない流行表現
 2003年1月に刊行された小著『若者革命』の一節「キミをだめにする日本語表現」の中で、おかしな日本語が広まっていることを警告した。ここでは「かな」(または「いいな」)、「ーーという風に」の三つを挙げている。それが今、この三語区をセットにして会話の中で、政治家、芸人、スポーツ関係者が常用している様。そして、テレビの影響か、大衆から若者までの使用が蔓延している。諸君は流行に一線を引き、悪弊に染まらないようにしてほしい。
 ここでも断っておくが、私は仲間内の私的会話にケチを付けるわけではない。会合や会議の席では公式の日本語を使って意見や決意を述べることが良いと意味している。
 実例に即して説明しよう。
 先ず、会社の面接で目標を訊かれたとする。そこで、諸君が「ーーの専門家になれたらいいな、という風に思います」と答えたら減点されるだろう。決意の表明になっていないからだ。
 次に、テレビニュースでコメントを求められた選手が、「次もがんばりたいなという風に思います」と言っていた。私が思うに、「という風に」は他人の文言を引用する場合、また例えば、おもちゃの組み立てを一つひとつの手順を説明する場合に使われる。自分の考えを述べる時に「という風に」は単に無用の飾り言葉かもしれないが、どこかそらぞらしい。
 諸君には公式の場では頼りない日本語ではなく、武士の言葉で話してもらいたい。

締りがない鳩山饅頭と日本語 
 本稿#21(昨年12月)で鳩山前首相がよく使った「思い」、「~というもの」、「参りたい」の非論理的、飾り言葉、誤用に加えて、何でも頭に「お」をつける敬語の馬鹿丁寧さにうんざりしていた。リーダーがこれじゃ政治が混乱し、社会が緩むことは当然。
 その彼が東京工大で行った講演で、「政治や行政に、もっと科学的合理性を持たせた発想を生かす」なんて言っている。科学的合理性の発想に欠けたのは彼自身ではなかったか?
 私は小著『大阪がかわる 地方がかわる』の中で書いて以来、10数年もあちこちで饅頭論を訴えてきた。本稿でも書いた。それは、饅頭のあんこと皮に喩えて、あんこは合理性や道理など論理的な思考で、対するに皮は情念やしがらみなど非論理的思考というものだ。
 大阪の風土の弱さとして、行政や経営の改革において論理的思考が基礎に置かれないことを挙げている。つまり、あんこが練られないで皮をかぶせている饅頭みたいなものだ。講演などで饅頭論を出すと、「アメリカと違って、大阪は理屈ではない」とよく言われた。

 私は腹の中で、「あんこが大事なのはビジネスに対してであり,個人の私生活について言っているのではない。ちゃんと理解せんか!」と思ったものだ。
 今、大阪では橋下知事がわずかに薄皮を付けたあんこを議員や市長たちに投げつけている。これに対し、皮もあんこも区別がない彼らの思考では知事に歯が立つわけがない。

 《注記》アメリカで使われる英語の中にフランス語の語句が多く入ってきているが、最近の日本では、なぜこんなに多くフランス語系の語句が使われるのだろうか?
 ① 怪我人の救急において優先順を付けること。② 心の傷。③ ホテルの総合世話係。   
 ④ どうでもいい雑学知識。⑤ 一枚の写真に他の写真を入れる合成写真。
 

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2010年6月5日土曜日

#34 選挙プロ亀井静香ーーここにも選挙の弊害あり

 本稿#32では、鳩山首相が参議院選挙まで居座ることを望みましたが、結局、辞任して菅新首相が就任する道筋をつけました。置き土産は合い討ちでニキタ小沢幹事長を辞任させたことです。
メディアはいろいろ報道していますが、私の見立ては参議院で問責決議が可決されるかもしれないという圧力が利いたのではないかと思います。なぜなら、民主党の改選議員が選挙受けを狙って3人以上が造反して賛成することは考えられるからです。
 当分、週刊誌やテレビ番組は商売繁盛します。私も当分政局について書くことにします。

◇ 亀井郵政改革・金融大臣
 亀井大臣は隠れた選挙プロだ。地元の広島では強力な後援会組織がある上に、なりふりかまわず床に頭をつけて土下座をする。「有権者なんてこれでいちころさ」なんて思っているかもしれない。彼は自分の選挙には憂いも心配もない。だから何でも言える。
 彼の唯一の関心は、小党の国民新党の子分たちを選挙に勝たせることだ。郵政改革を言えば、特定郵便局長の全国組織から集票できる。中小企業融資返済猶予法と財政出動を言えば、中小企業経営者の票を増やせる。
 小泉郵政改革について弊害があるとしても、またその改革は現下の緊急課題ではない。もっと効果と弊害がはっきりしてからでよいではないか。彼は物事を単純化して大衆に分かりやすく説明することが巧い。例えば、「小さな村で郵便局がなくなればお年寄りが生きていけない」と泣かせる。これに対し、法律や条例を改正して役所手続きと郵便業務を代行できるようにし、地元の人によるコンビニ、つまり万屋(よろずや)にすればよいのだ。
 中小企業の借金返済についても、当事者の利用でも世論の支持率でも低い。大体、中小企業政策は他の支援策と一括して政策を打ち出すのは経済産業省の管掌だ。金融庁とは金融制度と金融業界に目付けを利かす監督官庁ではないか。
 ここにも中長期の政治より、目前の選挙戦術が幅を利かす弊害がある社民党の代表で福島前大臣が何でも口出ししたように、亀井党代表・大臣にも所管破りを許してきた。

 私は亀井代表を面白いと思う。男として好きなタイプだ。
 野党議員がイエスかノーで閣僚一人ひとりに答えさせる質問(何だったか記憶にない)をした時、亀井大臣が「そんな下らん質問するな」と言って答えなかった。私も大臣なら同じことを言っただろう。

 菅首相に望む
 鳩山・小沢政権では大衆迎合がひど過ぎた。子供手当て、高校授業料無償化、高速道路無料化、夫婦別姓、外国人参政権、農家戸別所得補償などの政策は、どれも国民からの支持が低いにもかかわらず、マニフェストにこだわった。そもそも、マニフェストは政権経験もなし、行政経験もない素人集団が総選挙用に1年半も前に出したものだ。それ以後の激変を思えばもう過去のものだ。新政権ではこのマニフェストを一旦ガラポンして、国家が直面する重要課題を中心に書き換えて選挙に臨んでもらいたい。 
 例えば、社会保障目的の消費税の値上げ、財政再建のために国債発行の抑制など有権者大衆に嫌われる政策を実行すべきだ。どっちみち、民主党は来月の参議院選挙で議席を減らすことは避けられない。ここはじっと耐えて、自分の利益しか取らないのか、次世代のことも考えるのか、有権者の民度を問う機会であり、選挙のあるべき姿を見る機会だ。

◇ 再びニキタ小沢
 2003年に新進党が保守党と小沢自由党に分裂した後、衆参議員10数人の小沢自由党が民主党に合併された。総選挙の小選挙区で戦えない小党が民主党に庇を借りるためだった。
 その後、小沢が民主党代表に選ばれ、小企業の社長が大企業の社長になったようなもので、民主党は母屋を取られてしまった。喩えれば、琵琶湖の外来魚ブラックバスが在来魚に代わって湖の主になったのだ。前回の衆議院選挙で大量に新人を当選させ、今や150人に増殖して党内最大グループになった。ところが、今回の党代表選挙では小沢グループが支持したと言われる樽床候補に129人が投票したにとどまり、20人が菅候補に投じた。小沢グループ以外からも樽床候補の支持票があるなら30人くらいは小沢離れをしたかもしれない。
 小沢チルドレンは言うなれば、鮎の稚魚だ。選挙の各候補に出される党支援資金は小沢幹事長が一手に決め、当選しても湖の右も左も分からないのでは小沢グループに組み込まれることは仕方がない。
 中国への朝貢訪問団に疑問を感じた鮎もいたに違いないが、保身のためには他に選択がなかった。
 鮎たちは成長する、そして小沢離れはこれから進む。ニキタ・フルシチョフの権勢が失脚で衰えたように、ニキタ小沢の権勢にも影がさしてきた。

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