2012年3月12日月曜日

#66 「上海たより」--中国の飼い犬事情

これまで「上海たより」を寄稿いただいているI氏は、明治以前に創立された名門の専門商社、蝶理(株)の中国総代表である井上邦久氏です。本社の取締役でもあります。
 日中国交回復の1年前、1971年に関西学生友好団に加わり、中国全土を旅したことが彼の中国キャリアの原点になりました。この時、学生一行が人民大公会堂で当時の周恩来首相の主催による夕食会に招かれました。1989年には蝶理から青島と北京に駐在に駐在員として派遣されました。中国駐在の先駆者の一人です。
現在は二度目の中国駐在になります。彼の「上海たより」は北京語に堪能な利点を生かして、広く中国人との人脈を築き、また全土を旅行できることから、豊富な中国情報を含んでいます。
 茨木市民として私とは長年の付き合いがあります。
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 上海たより(2012年2月)ーー中国の飼い犬事情『一月は往ぬる』 
 辰の年が始まりました。中国での駐在生活に馴染むと、日本の正月と春節の
間は、妙に落ち着きません。宴会に出ていても、これは新年会なのか?忘年会なのか?という曖昧な気分になります。しかし、日毎に月が細くなり、出社するスタッフが徐々に減ってくると、歳の瀬の感覚がはっきりしてきます。春節から陰暦2月2日までは刃物は忌みモノとして避けられる風習が残っており、守旧派はこの間は散髪も控えるため、刈上げのオジサン達が可愛く目立ちます。「小年(春節前の小正月)」には仕事納め、「徐夕(大晦日)」には爆竹に見送られて、駐在員は帰国し、お金持ちの中国人スタッフは海外旅行へということになります。
 
 そんな歳末、集合住宅の掲示板に、管理事務所名で飼い犬マナーの悪さを戒める通知書が貼ってありました。庭の草花が犬のオシッコで全滅した、ウンチの始末をしていない飼い主がいる等の事例を挙げたあと、「上海市養犬管理条例」に基づいた「文明」行動を取るようにとの内容でした。「文明」という言葉は、こういう時によく使われ、『辞海』という辞書によれば、文化の意、反義語は粗野・野蛮、日本からの外来語、と書かれています。
 
 そこに書かれた「上海市養犬管理条例」をどこかで見たことがあったと、スクラップを探したら、2010年12月27日の時事通信に「犬の一人っ子政策」と題する記事があり(添付を参照下さい)、2011年5月7日付けの「上海商報」には、同年5月15日から施行され強化される飼犬管理条例の具体的内容が次のように書かれていました。
 「登録の際に、狂犬病ワクチン接種(輸入品;60元、国産品;40元)、マイクロチップ装着(60元)を義務付ける。従来の年額1,000~2,000元の登録費は廃止する。未登録犬が登録犬の4倍に当たる推定60万匹以上に急増した為、高額の登録費を廃止して、実費のみ徴収することで登録接種を促す」

 BSプレミアムの「旅のチカラ」という番組で、浅田美代子がナビゲーターとして伝えるドイツの犬事情によれば、義務とされる登録料は年間約1万円。
 犬を飼うには、ブリーダーから訓練された犬を買う方法と、各地にある公的保護飼育訓練所(ドイツ語で何とかハウスという名称があったのを失念。1頭当たりの個室の面積もゆったりしており、来歴に基づく飼育訓練が丁寧に為されているようでしたので、収容所という表現は控えます)で相性の良い犬を選んで規程の支払いをする方法の二つのみで、ペットショップは存在していないとのこと。路上生活者にもインタビューして、登録料や飼育費用などは収入の半分くらい掛かるが、パートナーとして支え合っているというコメントを引き出していました。パートナーとして飼主と一緒に電車にも乗るし(子供料金と同じ)、レストランにも同行して大人しくしている様子が映されていました。
 因みに浅田美代子は、向田邦子脚本の『時間ですよ』でデビューした時の「隣の美代ちゃん」のジーンズ姿のイメージが未だに残っていますが、犬の保健所による処分(天王寺公園前で犬の里親運動をしていた人に聞くと、執行猶予3日間とのこと)への反対運動を長年やっている闘士という側面があることも知りました。

 中国とドイツとの、そして日本との「犬の文明」の比較をすることは、とてもできませんので安易な評価は控えます。ただ、中国での文化大革命の時代、愛玩物はブルジョア趣味であるとして、徹底的に否定されていたことは見聞きしています。猫・犬は当然排除、金魚鉢まで引っくり返していた報道も憶えています。1978年からの改革開放政策が進行し、経済的余裕に裏付けされ、都市生活での潤いを花卉や芸術品に求める傾向が出てきたのと同じように、近年上海の街に犬を連れた奥さんが増えた印象があります。
 朝早くから女中さんが子犬を散歩させたり、夕方にはちょっとした広場に人と犬が結集している風景を目にします。またマンションのエレベーターで大きな犬と遭遇することもあります。結構高級犬と思われる品種を目にしたり、結構高級ブランドと思われる服を着せてもらっている犬もいます。上海マラソンの5km足らずの健康マラソンコースで,盛装したプードルに追い抜かれたのは2010年に完歩した時のことでした。
 ちょっと成金趣味の側面もやっかみ半分で感じますが、それはそれで、社会の変化の一つであることに間違いなく、文革時代のように個人生活のささやかな愉しみを、短絡的強圧的に否定するような時代には戻ってほしくありません。ただ、気になるのは。かなり多くの飼主が、街中で犬を制御する紐を装着せずにいることです。
 
 犬・猫・蝙蝠・狐などに咬まれると狂犬病に感染するおそれがあり、発病するとほぼ100%死亡するとされています。空港の入国審査場の前に通過する検疫デスク。日本の検疫デスクに置いている海外の各種感染症の資料の中でも狂犬病への注意喚起は特に目立ちます。羽田には発症した犬の写真が掲示されています。以下、羽田空港や関西空港で入手した資料の受け売りです。WHOの推計によると、世界で毎年5万5千人が死亡しており、アジアが大半。厚生労働大臣が指定する狂犬病清浄地域は日本、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、グアム、ハワイ、フィージー諸島のみ。インドの20,000人を筆頭にパキスタン,バングラディッシュ、ミャンマーで毎年1,000~2,500人が死亡しています。中国では2,400人という、2008年に中国政府衛生部が発表した数字をそのまま挙げているようです。

 2009年の赴任前に会社から指定された病院で4種(破傷風、狂犬病、日本脳炎、A型肝炎)の予防接種を受けました。それぞれ、半年間に3回接種すると有効期限が伸びるとの説明で、帰国の都度に接種しました。他が5~10年の有効期限であるのに対して、BABIES(「狂犬病」では海外では通じないといけないので手帳に記録しました)は2年のみ有効と医師からの指導を受けました。
 ワクチン予防接種が有効であり、犬を初めとする動物に近づかず、医療機関が近くに有る都市に居れば、それほど神経質になることもないとも聞きました。
 赴任してから、僻地への出張もあるので予防接種をして来てよかったと、先ず思いました。その後に北京での発症例が報告され、飼主の「文明」の度合いに疑問を感じる実態を体験しました。そして条例の施行過程から見て、その普及には時間を要するだろうな、と思っています。何故、従来はドイツよりも高い登録料を設定していたのかも不思議です。
 愛玩ペット、ステイタス、贅沢といった概念とは違う次元で、動物をパートナーとして捉え、社会の中で共棲するための手続きと訓練を施すことが大切だと思います。その為には、犬より先に人の意識向上が大切だと思います。こんな半可通の話を、春節休暇の帰国中に参加したセミナーで、面識を得た動物薬品メーカーの方にしたら、日本では狂犬病が発生していないものの、意識や制度には共通する問題がありますね、ということを教わりました。また、同じメーカーのドクターが、浅田美代子によるドイツの犬の旅番組をご覧になっていたので話が深まりました。

 愛犬家と言い、嫌煙派などと言います。その他にも愛○家、嫌○派と呼ぶ習慣が広くあります。一方的に相手の事を決めつけずに、お互いの好みや体質や育ちの違いに想像力を働かせ、智慧を使ったルールの下で、一定の距離感を保つことが、「文明」に繋がるのではないでしょうか?○の中に、色んな漢字を入れて、考えてみたいと思います。例えば、「中」とか「韓」とか。
 辰年の初めから、犬の話に終始しました。故郷の九州では、年の初めの時間が早く過ぎることを「一月は往ぬる、二月は逃ぐる、三月は去る」と言っていました。その九州の生家には、「ロク」という飼犬が居て、母の実家にも「ハチ」という犬が居て、まさに犬と無心に遊んでいました。  (了)


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