2011年7月23日土曜日

#53 中国の最新電力事情ーー上海たより(その2)

 日本の電力供給が危機状態になっています。今月「言論大阪」#15では関西電力について書きました。
今回、時節にタイミング良く、上海のI氏から中国の電力事情について寄稿を届けます。この寄稿では日本のメディアが伝えない中国事情が詳しく書かれています。現地の日本企業は対応に苦しみながら、よく頑張っています。
若者諸君の時代には、日本に対して中国の圧力がもっと重くのしかかってきそうです。
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 この一ヶ月、中国でも電力・エネルギー関連の報道がされない日が無いと言っても良いくらい、各紙各様に喧しい限りです。
 昨夏も電力不足の問題が急浮上して、江蘇省・浙江省などの我々の身近な関係先にも影響が及び、突然の停電による品質不良の発生や月間操業日数が20日を切るといった事態に至りました。その折に、全国の拠点に一斉調査をしたり、情報通に問い合わせたりしましたが、どうも状況がバラバラで腑に落ちない面がありました。東北地区や華南地区からは全く問題無しという、
即答があり、何を大袈裟に騒いでいるのか?と言った反応。青島事務所からは、山東省では特定地域に一時的に被害が発生したという報告でした。
その特定地域に顔の利く経営者や知人が日本から出張して、地元当局に捩じ込んだところ、電力供給が回復した、ということを異口同音に話してくれたことを思い出します。
 電力という高度に公的であるべきものが、それほど恣意的な動きをするだろうか?という日本的常識に囚われていましたので、得心がいかないまま、電力問題は秋が深まるとともに沈静化しました
 解せない問題意識が残ったまま、昨年末に参加したセミナーで質問したところ、講師は中国の電力は不足していない、問題発生は局部的な現象である、と明解に回答してくれました。

 年を越えた3月7日の時事通信が伝える各紙の記事によると、国家発展改革委員会の張平主任が記者会見で「国際的に明言した省エネ(単位GDP当りのCO2排出量削減)目標について、第11次五ヵ年計画の最終年度であった昨年末までの達成が危ういと見た一部の地域でのやり方に妥当性を欠いた」と発言しました。今頃になって、何だ?これは!と、感じて、昨夏に被害甚大であった日系の取引先に、その情報を伝えたところ、激怒するかと思いきや、「そんなことやったんか?そしたら今年は大丈夫ということやな!」ととても楽観的な反応だったので意外でした。
 そんな日本的常識が揺らぐのに、余り時間は要りませんでした。
 5月に入って湖南省で計画停電が始まったという報道や、寧波事務所からの1週間の供給停止が各工場で順番に実施されたという報告が嚆矢となり、次々と届く情報やスクラップのファイルが分厚くなっていきました。
そしてついには4000万キロワットという、過去最大の電力不足が発生する惧れもある、という送電大手からのコメントまで飛び出しました。その情報の渦に乗って語るには確信が持てず、自らが喧しい輩の一人になることは避けたいと思いました。
 
 電力専門家である国家電網エネルギー研究院の胡兆光副院長によると、全体の電力需給は基本的にバランスが取れて、少し余裕がある程度である(中略)中国電力設備容量は、09年末時点で8億7000万kWに達し、電力需給指数は均衡値の1を上回り、1.05に達している(中略)要するに、現在、中国全域で電力需給は基本的にバランスが取れているが、華東、華中などの地域では厳寒気象と石炭輸送逼迫といった影響を受け、電力供給がやや不足している。電力供給不足は局地的・一時的な現象に過ぎない。中国では根本的な電力供給不足は発生していないと言えそうだ・・
 『中国エネルギー事情』郭四志(岩波新書 2011年1月)の一節です。では何故、「電力不足」が現在このような大きな問題になってきているのか?
上述の一節のなかの、「基本的に」「局地的」にというキーワードに先ず注意することが必要だと思います。また、鳥瞰図だけでは把握しきれない中国の難しさがあるのではないかと思います。
 
 一般には電力制限問題が表面化していなかった4月末に届いた、上海日本商工クラブ会報の『Next Shanghai 上海明天』Vol.27に掲載されたジェトロ上海センターの川合 現さんによる『「電力制限暴風」の再来を防止するために』という文章に啓発されました。
同氏は、昨年の「電力制限」の際に各地の現場を回って得られた実態から、以下のように分析されています。

① 法的根拠なく個別企業の私権が制限された。
② エネルギー使用の「効率」に係わる目標が電力供給の「量」の目標に置き換えられたという手段の不適切  性。
③ 地域間における不公正性。
④ 措置の恣意性。某国有企業の工場は問題なく稼働しているようだと言う話は何件か耳にしたのみならず、  面会したある開発区の幹部は「電力制限は配分の問題である」と言い切っていた。

 同氏が5月に公表した中国各地でユニークな経営を成功させている日系企業に関する報告書も、まさに足と頭をフル稼働させたフィールドワークによるもので、虫瞰図的な行動と鳥瞰図的分析の成果だと思いました。
昨年の初夏に、日本製高級子供服店のテープカットを同氏と一緒にさせて
貰ったご縁で、それ以来お世話になっています。炒飯や小籠包を食べながら、論文や報告書の解説をしてもらえるのは、実にありがたいことです。
 
 電力制限の動向は予断を許しません。
 2002年12月に国家電力公司を発電5社(華能・大唐・華電・国電・電力投資集団)と送電2社(南方電網;華南・西南4省1自治区、国家電網;その他の地域)に分割して、当時新設された国家電力監督委員会が料金を含む規制・監督する体制が基本的にできています。
 ただ従来からの地域をカバーする民間の小型発電会社は約4000社もあるといわれ、政府の発電効率重視策や環境対策に基づくとされる淘汰政策で統合閉鎖されていく模様です。
 一方、火力;水力;風力;原子力=74.6%;22.5%;1.8%;1%という電源構成、しかも石炭発電が火力電源の90%を占める、(石炭発電が全体の7割近くを占める)事の弱点は石炭価格と輸送状態に大きく影響を受けることと、そして環境対策(とりわけSO2)の面でも内陸部の脱硫装置強化が急務となることでしょう。そして、その石炭産業も政府系大型鉱山と多くの民間中小鉱山のせめぎ合いの場でもあります。
 昨年末から表面化したインフレの加速(4月度は前年同月比5.3%上昇)に直面して、矢継ぎ早の金融引締めなど物価抑制策が採られるなか、産業用にせよ民生用にせよ電力料金の値上げは見送られてきました。
一方、資源価格の上昇に伴って石炭価格が10~20%も上昇したため、多くの電力会社は採算割れに陥り、発電量を落としたことが「電力不足」の直接的な要因となったようです。6月1日から上記5大発電会社の一つ華能が送電会社への料金を2~3%値上げしました。これで、採算が良化するとは思えず、市場の反応を見るアドバルーン或いはモニター的動きではないかと
訝っています。私見ながら、体力の無い民営発電を駆逐して、政府系大手の寡占化を進め、且つ「電力不足」を煽って料金の大幅値上げを正当化するキャンペーンが着々と進行中という予感があります。そしてその過程で電力業者と政府行政と政府系大型製造企業の連携が強化されていく構造が浮かび上がってくるようです。

 国民の声なき声が、IT普及により連帯化することへの対応を、政府が最重要視していることは、身近な市民生活や経済活動の端々に実感します。インフレは民にとって最大の関心事であり、様々なムーブメントを誘発しかねない問題であることは歴史に学ぶ政府は熟知しています。
 今回の「電力不足」や電気料金の据え置きから値上げへの動きは、闇雲なインフレ抑制策の破綻の兆しではありますが、その背後にある「国進民退」の進行と、根を張りつつある民の異議申し立てへの潜在的な動きという二つの大きな流れは、何処かで摩擦を生むのではないかと想像します。
 賢明な政府は、民間企業には圧力を加えられても、一人一人の民の思いを力づくだけで抑え込められるとは思っていないでしょう。そんな状況の中で、今後を左右するのは官の弱点である腐敗撲滅問題かも知れません。 (了)


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