2016年7月19日火曜日

#163 最後の「中国たより」‐‐「朱子学」

 長い間「中国たより」を寄稿していただきましたI氏が役員定年で退職し帰国されました。今後は非常勤顧問として中国に出張があるとのことです。  私が知る限り、彼ほど深く継続的に中国と関わってきた人は稀でしょう。私は、例えば、 『Iの日中交流40年』のタイトルで本にまとめるか、大学教授になってほしいと思っています。これまで40年の体験と知識を踏まえて将来の中国がどうなるのか?
 彼はまだ65歳で若いですから、これから第二の人生でひと働きしてほしいものです。  

 ところで、私も「若者塾」の連載をあと2,3回で休止したいと思います。集中力が減退してしんどくなってきたからです。    

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          「中国たより」――「朱子学」

 1978年から1979年にかけて、鄧小平が掲げた「経済改革、対外開放」政策がさかんに 謳われるにつれて、「改革開放」と略することが多くなりました。更には「Open Policy」 と喧伝されることで、一種の錯覚が生まれて行った気がします。確かに深圳や厦門などの経済特区の開設や「利用外資」のスローガンの下で「対外開放」が進行しました。しかし、それはあくまでも「対外開放」であったことを忘れてはいけません。「対外開放」を「対内開放」さらには「対内解放」にまで過剰に期待したことが、1989年6月の北京での悲劇に繋がる一因になったと思います。
 1980年代の中国社会には政府に対する淡い期待、厳しく言えば「甘え」があり、それが民衆運動の過程で加速することによって、政府が許容する臨界点を超えた時、権力のグリップが握り返されたと考えます。
 漢字を共有する日本と中国。同文同種の甘えは危険だと諸書に記され、戒められてきました。しかし、ついつい日本的な翻訳、日本人好みの解釈が定着して、錯覚や誤解のもとになってきたことも否めません。 その一例が上記の「対外開放」を厳密に峻別していないことです。「対外」という限定的な言葉が付いている以上は、「対内」の開放はないのだという当たり前と言えば、当たり前の警鐘を鳴らすべきであったと思います。 ついでに言えば、中国語の原文には堂々と「利用外資」と書いているのに、その訳文をわざわざ「外資を活用して」とする翻訳文が多くあります。悪い冗句ですが、「中国に投資して、相手側に利用されて損をした」とボヤク人が出てこないように「外資を利用して」と正確を期すべきだと考えます。たしかに中国語の「利用 li yong」には、日本語の利用・使用・活用の語意もあります。そして一方では「うまく使う」「利する」とともに「甘える」「依存する」という使い方もあるようですから。  

        (中略)

 
 最近、上海である会合に出席しました。
 弁護士やコンサルタントの皆さんの発言に続いて、コーチング会社のKさんから「この一年、コーチングの対象が駐在員から中国のナショナルスタッフ(NS)中心に変わってきた。また、従来の上海中心から武漢・重慶という西方の都市部にもコーチング業務が広がりつつある」という新鮮な話題が出されました。

  国内の市場開拓が本格化  → 駐在員の力量では不足 →NSリーダーの需要増
 住宅・教育等の価格費用増 → 駐在員の経費が増加  →NSリーダーの需要増 市場が西方  
 都市部へ展開  → 現地に根差した要員育成→NSリーダーの需要増
 

 ・・・ という構造変化についての分析が集約されていきました。
 続いて、そもそも「コーチング」とは何ぞや?という根本の議論になり、Kさんの丁寧な解説でも理解が難しく、「喩えて言えば、机を挟んで相対して指導を受けるTEACHではなく、机を前に二人が並び、良い方向を目指して話しながら気付いていくのがCOACH?」という年輩者のたとえ話で何となく分かったような、分からないような状態になりました。
 そこへNさんから朱子の言葉の紹介があり、その内容が「コーチング」理解に重なるのではないか、という発言で一同が得心しました。やはり、年輩者の物知り風のたとえ話より新鋭の研究職の説得力には切れ味がありました。 後日、Nさんから送ってもらった出典を以下に記します。

 『朱子語類』巻十三・九 原文「某此間講説時少。践履時多。事事都用你自去理会。自去体察。自去涵養。書用你自去読。道理用你自去究索。某只是做得箇引路底人。做得証明底人。有疑難処。同商量而已」
  日本語訳「私のところでは、講義の時間は少なく、実践の時間が多い。何事もすべて君自身が取り組み、君自身が身をもって考え、君自身が修養せねばならん。本も君自身が読み、道理も君自身が研究せんといかん。私はただ道案内人であり、立会人であるにすぎん。疑問点があれば一緒に考えるだけだ。」 出典 三浦國雄『「朱子語類」抄』講談社学術文庫 33頁
  最後に、実践的なコーチと言えば、やはり野球。以前にも触れたことのある佐藤義則投手コーチに行き着きます。ダルビッシュ有、田中將大を育て、現在はソフトバンク・ホークスを支えています。 「教え子に理論をおしつけることはせず、納得するまでとことん付き合う。それが佐藤の流儀だ。松坂大輔らの大きな戦力が加わった今年のソフトバンクだが、一番の「補強」はこの男かも知れない」(二宮清純)                (了)


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