2018年3月4日日曜日

#192 富山においでよ(2)――仕事と生活が第一

  前回の東京集中で友達から意見がありました。以前に月刊誌に書いたことで、スポーツ団体と選手が東京に集中していることです。地方から立ち上がり、選手を辞めても 東京に住み続けて解説者やコーチのチャンスを求めます。他方、アメリカの引退選手が一極に集中することはありません。
 政府が地方創生の政策を進めています。これはこれで地方自治体が政策を活用することはよろしい。しかし、本当は諸君たちが動かなければ実を結ばないのです。
  つまり地方を変えることは諸君たち次第です。

 ◇ なぜ就職してから富山を去るか
 会社で私が付き合っていた二人の技術者の友達は退職して東京と静岡に去った。聞くところによると、奥さんが富山の気候に馴染めなかったそうだ。 富山では冬は寒さと雪、梅雨も年によっては長い。私のように暑さが苦手で、冬が苦にならないタイプと、寒さが嫌いなタイプがある。 当時は奥さんが働いていなかったから、苦痛だったかもしれないし、子供の送り迎えも大変だっただろう。車も今日のようには持てなかった。 しかし、今では奥さんが仕事を持てるから、地元の人たちと交流を深められ、生活を充実することができる。外に出ることが必要。
 今、富山県の求人倍率は東京並みの1.8倍だからパートでもアルバイトでも仕事を取れる。フルタイムの仕事も取れるが、奥さんは望まないかもしれない。

 ◇ 便利になった交通機関 
 50年前と比べると、富山市内の交通機関は充実した。路面電車のほかに市外要所を回るライトレールの環状線、張りめぐらされた路線バスがある。私は市街に出る時には車を利用せず、歩きと交通機関を利用することにしている。
  市役所はコンパクトシティと言って行政施設やマンションを市街地に集中する政策を推進している。郊外に広げ過ぎた市街地を集約することであるが、アメリカの都市では当たり前のことだ。郊外に住む市民からは自分たちには何もメリットがないと批判の声もあるが、将来のことを考えれば行政コストを下げ、税負担が軽減される大きなメリットを見ていない。
  最近では逼迫した予算の問題から、富山県の2市が市中でも郊外でも公共施設を統合廃止することに着手した。郊外の公民館など住民の集会施設も対象になっているが、持ちこたえられないものは仕方がない。どんな村落にも寺があり、寺が集会所を提供できるくずだ。アメリカの小さな町では教会が場所を提供している。 

豊富な住宅がある 
 コンパクトシティの政策によって市街地のマンション建設も進んでいる。毎年大型マンションが一つずつ建設されている。 郊外にあるニュータウンで一軒家を売って市街のマンションに引越したい住人、特に高齢者が少なくないが、なかなか家を売れない。このことは移住者が望むなら割安でマイホームを手に入れられることだ。
  郊外に限らず、市中でも空き家が何百軒もあるという。リニュウアルのコストを入れても東京より割安でマイホームが手に入る。市町村では手厚い支援を差しのべている。 行政のホームページに詳しく出ている。  

 ◇ 福祉施設と医療 
 子持ちの移住者には保育所や幼稚園が待機ゼロというのは有難いことだろう。
  開業医も多くあり、かかりつけ医を持てるし、いざ病気になれば病院を紹介してもらえる。富山市内だけでも県立、市立、大学の大病院があり、そのほかに民間の病院がいくつもある。高齢者施設も需給のバランスが取れている。安心できる。

 ◇ 教育と文化・スポーツ施設 
 約40年前、アメリカに移住して郊外を含めても人口3万人の小さな町に住み始めた時、スポーツと音楽の底辺が広いことに驚いた。「日本の町と比較してこれではアメリカにかなわない」と思った。  ところが、例えば音楽では、大きく様変わりして小学校から大学、社会人まで吹奏楽団があり、楽しませてくれる。アメリカ並みかそれ以上になった。スポーツクラブ、屋内テニスコート、スケート場がある。博物館、美術館、科学館は多過ぎると思うほど多くある。 子供たちの教育環境として最もふさわしい町の一つだろう。
  以前、大学で3科目を担当する講師(非常勤)をしていた時、クラスに韓国からの留学生がいた。彼とは個人的な会話をよくした。 ある時、彼は「日本の地方都市はすごい。施設が充実し、市民の手でイベントを活発にやる力がある。市民が何もやらない韓国の地方都市は遅れている」と言った。
 アジア各国に出張していた私にはうなづけるが、実際、どの国も首都だけが繁栄していて地方力は弱かった。韓国も今では変わっただろう。
  富山だけではなく、全国どこでも地方都市は力をつけている。

 ◇ 方言と会話 
 東京から富山に移住すると最初は方言に戸惑う。しかし、大阪で台湾人の貿易関係 者が「大阪で商売するなら大阪弁をしゃべれ」と言われたようなことは富山ではない。 誰も富山弁を強要せず、仕事でも生活でも標準語を受け入れてもらえる。
 ある大企業会長が富山は閉鎖的と言ったが、これは間違いであり、排他的ではないから、保守的と言うべきだろう。移住者はそのうち富山弁に慣れる。
 50年前、私が会社で富山工場に勤務するようになった時、戸惑ったのは地元人の独特の会話だ。私が三つ挙げると「あまのじゃく、揚げ足取り、否定(反射的に)」は相手に悪意がないことを知り、理解することだ。            (完) 

追記。本稿を開くと左側に小項目群があり、その中に地元の人のために書いた「富山篇」があります。関心があれば読んでください。


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