<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642</id><updated>2012-02-17T08:22:41.349+09:00</updated><category term='中国'/><category term='生き方'/><category term='言論大阪'/><category term='教育'/><category term='プロ野球'/><category term='オリンピック'/><category term='選挙'/><category term='経済'/><category term='民主党'/><category term='医療福祉'/><category term='経営'/><category term='沖縄'/><category term='日本語英語'/><category term='韓国'/><category term='政治'/><category term='小説エッセイ'/><category term='国際問題'/><category term='アメリカ'/><category term='メディア'/><category term='台湾'/><category term='移民'/><category term='雇用'/><title type='text'>岡本博志の「若者塾」</title><subtitle type='html'>このブログは岡本博志の『若者塾』を復活した続編です。&lt;br&gt;
若者世代の皆さんに対する私のメッセージです。&lt;br&gt;
経営とスポーツを専門にする私が、社会、政治、地方自治、環境、キャリア開発など体験に基づいて&lt;br&gt;広い分野について皆さんの生き方の参考に供します。
困難な時代をどうか生き抜いてください。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>86</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-3836026582495498864</id><published>2012-02-15T14:47:00.004+09:00</published><updated>2012-02-17T08:22:41.359+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='生き方'/><title type='text'>＃６５　「バカになれ」とはーースティーブ・ジョブズも言っていた</title><content type='html'>私が「バカになれ」と最初に言われたのは、もう半世紀も前に大学野球部のコーチからでした。入学間もなく、コーチからスリークオーターのフォームをアンダースローに変えることを勧められ、納得できないまま練習をしていました。バッティングピッチャーとしてもコントロールの良さを打者から評価されていましたから、縦横の変化球のコントロールに自信を持っていました。しかし、コーチはオーバースローの速球投手の後に登板する救援投手を求めていたのです。こういう時にコーチは「バカになれ」と言ったのです。&lt;br /&gt;　つまり、「バカになれ」というのは、迷いを捨ててひたすらアンダースローに取り組めと示唆したのです。１６３センチの短身の不利がなく、効果てきめんでした。威力が増し、入部してから一ヶ月も経たない春のシーズンから登板して実績を出せました。これでも北海道のノンプロとの交歓試合では打たれなかったのですよ。&lt;br /&gt;　その後社会人になってから望まない仕事に就いても、バカに徹してベストを尽くしました。今も時に『若者塾』の執筆に意欲が減退してもバカを続けています。私は筋金入りのバカだと自覚しています。&lt;br /&gt;　アップル社の創立者で昨年亡くなったスティーブ・ジョブズが、“Stay hungry, stay foolish”と言っていたことを知りました。彼も「バカになれ」と言っていたのですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;求職は嫌な仕事から選んでみよう&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　新聞の求人広告が紙面の全面に出ている。&lt;br /&gt;　諸君の中には見ている人がいるだろう。そこで取りたくない仕事を五つ挙げてみよう。さらにその中からもっとも取りたくない仕事を選ぶ。この仕事でベストを尽くすことにより、「バカになれ」の極意を得られるはずだ。&lt;br /&gt;　本稿＃１８「馬鹿に徹せよ」の中で、新しい職場に入った時の心得を下記のように挙げている。参考にしてほしい。（注。その後本当の馬鹿と区別するために、前向きの意味を含む方はバカと変えた）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　１）守備範囲に徹して黙々とベストを尽くし、他人のことに口出ししないこと。&lt;br /&gt;　２）自分ならこうする、という改革案はメモに取り、周囲に話しないこと。&lt;br /&gt;　　　追記。改革の考えを上司から訊かれたら一つだけ述べること。&lt;br /&gt;　３）嫌な上司からは反面教師として学ぶこと。&lt;br /&gt;　４）辛い仕事を取らざるを得なかったことは実力が及ばないからではなく、不運と考えること。&lt;br /&gt;　５）会話を苦手と思っていても、仲間をつくり世間話を交わすこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;１０人に１人のリーダー&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　先月に『言論大阪＃２１』で武士道について書いた。異論も持たれるかもしれないが、要するに、いろいろある武士道の中で自己規制のかなめにしてほしいことだ。&lt;br /&gt;　諸君がどんな職場で働いていようが、１０人に１人でいい、リーダー意識をひそかに持ち、静かにリーダーの資質を磨いてほしい。つまり、１０人に１人が武士になれば諸君が社会の改革に自ずと反映するということだ。&lt;br /&gt;　私は何度か武士だと言われ、外観にも出ていると指摘されたことがある。もし外観に、例えば、偉ぶっていると見られるなら不徳のいたすところ。私が言う武士道はあくまで５Ｄによって自己を律するための糧にしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;右派と左派のイデオロギー対立の時代は終わった、&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　得意の堅い話を一つ。&lt;br /&gt;　右派を右翼と言うと国粋主義、左派を左翼と言うと社会主義というイデオロギー（政治思想）の対立が終わった。元左翼を含む民主党が政権を取ったことで、民主党政権は国政を担う現実に直面した。これで民主党政権に変わった意義がある。&lt;br /&gt;　諸君にも、おそらく多くの人にも、分かりにくいことかもしれない。それでは今の対立、というより違いは何なのか？&lt;br /&gt;　今は保守とリベラルの対立の時代になっている。リベラルなんて一体何なのか？&lt;br /&gt;　そこで、私なりに内政について一つの参考に供したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　保守――国益、伝統、社会の紀律を重視する。経済政策を重視、大企業&lt;br /&gt;　　　　　　　　　優先は否定できない。弊害は官僚支配になりやすく、&lt;br /&gt;　　　　　　　　　官僚の中に公僕の使命を軽んじ、市民に顔を向けない&lt;br /&gt;　　　　　　　　　「宮僕」を生む。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　リベラル――個人益重視、紀律に緩やか、社会福祉政策を重視、弱者&lt;br /&gt;　　　　　　　　支援。弊害は社会全体が緩み、リベラルの中の少数ツッ&lt;br /&gt;　　　　　　　　パリ派が跋扈する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　時代を振り返ると、自民党が国民政党と称して国粋派から左派までを含むことで長期政権を維持し、そのために責任ある野党の成長を阻んできた。&lt;br /&gt;　さて、私は何派か？私は無党派ではなく、時代によってリベラル派と保守派の間で政権支持を変える転党派だ。次世代の諸君はどう考えるか？　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-3836026582495498864?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/3836026582495498864/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=3836026582495498864&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3836026582495498864'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3836026582495498864'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2012/02/blog-post_15.html' title='＃６５　「バカになれ」とはーースティーブ・ジョブズも言っていた'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6185757208220921387</id><published>2012-02-06T10:41:00.003+09:00</published><updated>2012-02-09T09:51:35.082+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='生き方'/><title type='text'>＃６４　金を少しでも貯めようーー自己規制の挑戦</title><content type='html'>一月にはやっとのことで『言論大阪』を一つ書いただけで『若者塾』を書けませんでした。苦しい正月の出だしだったのです。&lt;br /&gt;　現在、経済小説を書いているのですが、これから１０年生かされる間に二つ書く経済小説の一作目です。パソコンに向かうと頭が痛くなったり、眠くなったりして執筆拒絶症にかかっています。以前にも経験したことで、作家は「ブレーキがかかる」、「ペンが折れる」とも言っています。風邪を引いたせいもありますが、それよりもうまく表現できないのです。昔風に言えば、書いた原稿のできが不満足で、原稿用紙を丸めて捨てるような状態です。&lt;br /&gt;　丸1ヶ月間、読書三昧に逃げ、蔵書処分の意図もあって手持ちの古い本を読みふけっていました。読みさしや読んでいない本が何冊もありました。昔、定期試験が近付くと、いらいらして読書したことを思い出しました。&lt;br /&gt;　会社の仕事でも気力が減退するスランプを何度も経験しました。こういう時、仕事がたまっても一時休養するか、それでも自分を駆り立ててもがくかの選択がありますが、私はもがくタイプでした。諸君にも好不調の波があるはずで、どちらのタイプでしょうか。&lt;br /&gt;　閲覧数も減りました。「堅い」、「長い」の意見、「もっと辛口で書け」、「もっと自分のことや体験を書け」という要望に応えられなかったせいでしょう。顧客の要望を満たせない商品が市場から受け入れられないことと同じことです。&lt;br /&gt;　今年は要望に応えることと、もっと若者諸君に直接役に立つような内容にすることを肝に銘じます。月刊誌の論文調と言われる文から脱皮、品位がないときつい批判を受ける覚悟でやりますよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;超緊縮で知恵を出すことは面白い&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　諸君は私が老後に悠々自適の生活をしていると思っているかもしれない。ところが、完全年金生活に入っていつも小遣いに不自由している。今では講演料もわずか、執筆も金にならない名ばかりの作家生活。昨年からは引越し資金をつくるために、我が家は超緊縮財政を実行している。家内の事業仕分けにより、文化費ゼロ、本代ゼロ、間食費ゼロ、交際費は最少、旅行は年一回、葬儀や法事があった場合は旅行なし。&lt;br /&gt;　さらに、事業仕分け屋は外食を含めて食費を圧縮するとのこと。私はもともと大学と会社の寮生活のお陰で粗食志向だからno problem !　それどころか、アメリカ時代にビジネス会食で美食をしていたせいか、帰国直後の健診で脂肪肝、コレステロール、高血圧（軽度）、中性脂肪過多、大腸ポリープの５種目に引っかかった。ポリープ切除以外は薬と雑食だけで２年くらいで全快した。&lt;br /&gt;　今年は私の携帯電話をもっとも簡便で安いものに変えられる。私はすべてパソコンに集中しているから、多機能のスマホは要らない。no problem !。通信費も安くなる。&lt;br /&gt;　この半年の倹約強化生活で気がついたことがある。それは、始めの不満から我慢の苦痛に変わり、今は面白いという風に気分が変わってきたこと。そう、諸君、倹約の限界を追及することはなかなか面白いよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;金を全力で貯めよう&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　諸君の中で困窮しているか、失業中なら、「気楽な年寄りが何を言うか」と叱られるかもしれない。それでも、倹約の限界を求め、１円でも貯めることを求めたい。今はそんな時。金を貯めることで自己規制を鍛練してほしい。&lt;br /&gt;　健康管理も大事。昔、学生寮に生活していた時、倹約を極めていた後輩のＭ君がいた。彼は貧しい家庭の出身、奨学金二つをもらう医学部生だった。ある夜、彼の部屋をのぞくと、安く手に入れたキャベツ、人参、きゅうりをそのままかじっていた。彼曰く、「腹に入れば栄養に変わりない」と。学寮食では野菜が不足するから、これが彼の健康管理策だった。私はここまで徹しられなかったが、いつも空腹をしのぐために、学生食堂で昼食を取る時には、「ライスカレーライス」を得意技にしていた。つまり、安いライスカレーに追加のライスを取り、一人前のカレーを二つのライスにうまく均等に配分した。&lt;br /&gt;　今、貯金箱に入ってきた５００円玉を貯めている。一年に７，８万円が貯まる。&lt;br /&gt;　自己規制は生涯の財産だ。困難な時こそ自己規制を試す機会になり、知恵を呼ぶ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;消費税が８％に上がる&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　諸君には痛いことかもしれないが、まだ先の話だから苛々することはない。&lt;br /&gt;　７０歳以上の医療費負担を２０％に上げることが先送りされて残念。これで２７９０億円の老人医療予算を削れなかった。若者のために浮いた分を使えばよいと思っていたから。週に２回狭窄症の痛みが残るのでリハビリに通っていたが、約３０分の機械治療がたったの１２０円（１２００円の間違いではない）、医師の診断を受けても３４０円、いつも年寄りの客でいっぱい。これじゃ国の医療予算が持ちこたえられるわけがない。&lt;br /&gt;　前回、消費税が５％に上げられる時には反対で大騒ぎした。大阪では近隣の町からおばはんと婆さんの群れがデパートなどに事前買いのため押し寄せた。１万円の買い物をしても、値上がり分の２％は２００円で電車賃も出ないというのに。&lt;br /&gt;　今回も８％に上がっても差は３％、我々は倹約でしのげる。経済のためには金持ちがどんどん消費してくれればよい。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;諸君、世間の風潮に乗せられるなかれ。&lt;/strong&gt;　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6185757208220921387?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6185757208220921387/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6185757208220921387&amp;isPopup=true' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6185757208220921387'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6185757208220921387'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2012/02/blog-post.html' title='＃６４　金を少しでも貯めようーー自己規制の挑戦'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4421239610688964806</id><published>2012-01-30T17:41:00.003+09:00</published><updated>2012-01-30T17:52:09.167+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃２１，１月，２０１２　　　新生大阪の時代が始まるーー橋下市長の政策に是々非々ーー</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;橋下徹大阪市長が就任して一ヶ月余り、例のスピードによって精力的に改革を始めました。個々の政策には反対意見が少なくないが、前市長の再選に比べれば大阪に清新の空気があふれていることは間違いがない。勢いももたらしています。&lt;br /&gt;　選挙を動かした若者諸君のために、年初に当たり、大阪市政の問題を挙げてみましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;武士、橋下徹之介&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　彼は大阪で絶えて久しかった武士の市長だ。多くの問題を先ず論理に基づいて不合理を廃し、その上で現実に即して人道やしがらみに対する配慮で味付けをするが、改革に欠かせない論理（私が言う饅頭のあんこ）では妥協しない。&lt;br /&gt;　江戸時代から町人の町と言われ、全国平均に比べればはるかに少ない武士役人による緩やかな統治の下で、町人が大きな自由を許されていた。それ以来最近まで大阪は町人の風土だった。市役所は長年町人職員によって支配され、市長はお飾り同然で町人の不合理、言いかえればエゴを正すことができなかった。&lt;br /&gt;　これまで私は武士・町人論を書き、話もしてきたが、当然批判があるので、その真意を伝えてきた。ここでも書いておく。武士とは義務感、献身、紀律、尊厳、覚悟を持つリーダーを意味する。もともとアメリカ生活中に発想したことで、このブログに掲載している小説『オー、マイボーイ』の中で書き、５Ｄと称している。これは英語の単語から頭文字を取った。(Duty,Dedication,Discipline,Dignity,Determination)&lt;br /&gt;　従って、５Ｄを持たない者は町人と呼ぶ。男女を問わない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;大阪都構想を知らない府民&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　先日、長年付き合ってきたグループの新年会で大阪都について質問を受けた。なんとこの教養水準が高い連中でさえ、大阪都について正確な内容を知らない。よく他の事例にもあるように、政府や自治体がいくら説明しても、またメディアが繰り返し取り上げても大衆は理解していない。そのくせ「説明が足りない」とか、「説明責任を果たせ」とか文句だけは言う。&lt;br /&gt;　そこで、諸君には要点を説明しておこう。大阪都とは、政令都市の大阪市と堺市を分解して１０区くらいの特別区に再編することが骨子で、各区の区長は公選にすることだ。そして、大阪府の呼称を大阪都に変える。大阪市と堺市の名前が無くなり、市長はいなくなる。しかし、府下の茨木市も他市も現状と変わりがない。東京都に三鷹市や町田市があるのと同じ。&lt;br /&gt;　そして、今の全大阪府が一人の大阪都知事によって統治されて二重行政と二重投資が改善されるというわけだ。&lt;br /&gt;　これに対し、私は大阪都構想より、大阪府が奈良県と和歌山県と合併して関西県をつくることを提唱してきた。新県庁所在地は奈良市に置くことで、県政と大阪市政を切り離すことができる。&lt;br /&gt;　橋下市長へ問う私の疑問。京都府でも兵庫県でも政令都市の京都市と神戸市が府県庁所在地であり、大阪府と変わりないが、なぜ大阪府だけを大阪都にするのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;教育改革はいただけない&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　維新の会は教育に競争原理を持ち込み、公立の小中学校にも広域学区を導入する。教育の市場開放なのか？&lt;br /&gt;　これはいただけない。「子供たちに行きたい学校に行ける機会を与える。ひいては競争を高めて教育水準が上がる」からだと理由付けしている。子供たちに訊いてみるがよい。そうすれば、子供たちの希望ではなく、馬鹿親のエゴだと分かるだろう。&lt;br /&gt;　橋下代表は大阪府の全国学力テストで下位にあることを過剰に意識しているようだ。学力テストのランキングは平均値であるから、大阪のようにピンからキリまで雑多な家庭が多い大都市圏では平均値が実態より低く出るものだ。上位の県はすべて地方であり、世界との比較でも上位はすべて中小国か政府強権国になっている。&lt;br /&gt;　今から２７年前に文部科学省が公立高校の広域学区制を導入した。私はこれに反対してアメリカから寄稿して読売新聞の「論点」で意見を述べた。公立高校ではできる限り、住む地域社会で教育されるべきだという主張をした。結びの部分を下記に引用してみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「幕藩体制下で帰属していた地域社会に対するきずなは、今は会社社会に対するきずなに取って代わられ、その中でわずかに残された地域社会との接触の意味が問われている。公立学校の学区はそれこそ児童、生徒が地域社会ではぐくまれるための最後の砦ではないか」（１９８５年、３月２４日朝刊）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　改悪をやめよう。維新の会は国歌斉唱に起立しない左翼突っ張り教師に対して紀律を求めた。これだけでも学校に政治が入ることを防ぎ、紀律が利き、教育に緊張が出るだろう。さしあたり、広域学区化までジャンプすることはない。&lt;br /&gt;　優秀な子供はどの学校でも育つ。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4421239610688964806?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4421239610688964806/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4421239610688964806&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4421239610688964806'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4421239610688964806'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2012/01/blog-post.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃２１，１月，２０１２　　　新生大阪の時代が始まるーー橋下市長の政策に是々非々ーー'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-995314349252136350</id><published>2011-12-26T09:28:00.005+09:00</published><updated>2012-01-04T08:05:03.373+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃６３　世界も日本も苦難の年が終わるーー野田首相は突っ走れ</title><content type='html'>日本では１月の大雪、３月の東日本災害と原発事故、そして９月の奈良・和歌山県の豪雨災害、タイでは洪水と続きました。日本経済も打撃を受けました。世界ではヨーロッパの財政危機、アラブ諸国を始め、年末には金正日死亡と政変が起きました。まあ、こういうことは今年の１０大ニュースや回顧を取り上げるメディアに任せて、ここでは書かないことにしましょう。&lt;br /&gt;　今、諸君の多くは苦難をかかえているでしょう。しかし、戦時下の窮乏を強いられた先人や東北の被災者の皆さんを思えば耐えられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;　今年、若者に贈る言葉&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　私の情報源と言うと、新聞、月刊誌、テレビニュースなどに限られている。情報の現場に身を置いていないし、専門分野のように深く勉強もしていない。テレビで専門以外のことについてしゃべる出演者と変わらず、あまり信用しない方がよい。&lt;br /&gt;　ただし、ばらばらの情報を集めて結論（正確には仮の結論）を出す思考法には注目してほしい。そう、諸君も諸々の情報から結論を引き出すことを無意識のうちにやっている。これを専門用語で帰納法と言い、逆にある事象を論理の規則に従って説明することを帰納法と言う。こんな用語の定義はどうでもよろしい。私もどっちがどっちか定義を間違うことがある。&lt;br /&gt;　大事なことは、もう少し意識して帰納法的思考によって判断することだ。世の中がよく見えてくるし、仕事でも私生活でも役に立つ。何よりも諸君の思考力を高めてくれる。&lt;br /&gt;　私が好きなテレビ番組の一つに『臨場』という警察ドラマがある。ここで捜査が一定の結論に向かう時に、「オレのとは違うなあ」と言って検死官が名セリフで異論を唱える。諸君も自身の感性によって、メディアが安易に世間の流れをつくる中で「オレのとは違うなあ」という感性と帰納的思考を磨いてほしい。感性は思考の始まりだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;野田首相は突っ走れ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　先日、首相は「政権延命を考えていない。民主党のために政治家になったのではない」と述べた。つまり、国のために政治家になり、首相になったのだ。世論調査も選挙も忘れて、国難に立ち向かってほしい。&lt;br /&gt;　彼が信念を貫くにも党内対策と野党対策の両方に神経をすり減らさなければならない。原発も、財政危機も、年金・消費税改革も多くの問題は、自民党が先送りしてきたことに起因する。自民党は政権与党に一歩譲りながら、できる限り修正協議をして法案の成立を支援すべきだ。そうすることで、次の総選挙で第一党になれるだろう。&lt;br /&gt;　他方、民主党では小沢、鳩山両派が自民党より政治の足を引っ張っている。この政治の癌を助長しているのが、ＮＨＫテレビと読売新聞だ。ちょっとした小沢と鳩山の動きやコメントを報道している。小沢と鳩山がお好きなのだ。反対意見がほしいのなら、ほかにまともな人材がいるではないか。&lt;br /&gt;　両派の議員は、事ある度に離党をほのめかす。先のＴＰＰ協議に反対した山田元農水相以下の小沢派議員が離党を発言したが、誰も離党しない。反対を唱えさえすれば選挙基盤の得点になるからだ。原田元総務相とともに小沢の跡目争いを意識しているかもしれない。&lt;br /&gt;　小沢派と鳩山派の若手議員よ、今のままでは落選するから、仲間とともに両派から離れた方がよい。新グループとして政権に協力した方がよい。世間の空気は若手議員に不利になっている。&lt;br /&gt;　民主党は、首相がいかに努力しようともどっちみち次の選挙で負ける。有権者大衆は政権交代を望み、保守党志向になるからだ。それなら首相は覚悟を決め、信念に基づいて任期いっぱいを朽ち果てる覚悟で政策課題を実行してほしい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;金正恩の登場&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　喩えてみると、会社で経営に関わってこなかった２８歳の息子がいきなり新社長に任命された。それも兄二人をさしおいて。周囲は８０歳を超える先代の番頭たちばかり。新社長が賢いのなら、しばらくは雛壇に飾られることに甘んじて、番頭が失脚するか死ぬまでは我慢し、その間に腹心の部下を育てるだろう。&lt;br /&gt;　正恩は国の金庫を開けると金がないことに驚くだろう。どうなるか？&lt;br /&gt;　現在、国連決議により各国が経済制裁を課しているが、中朝国境はざるの穴で中国政府が行っている支援は続く。中国政府は３８度線を韓国と向き合う国境と考えているだろうから、現体制維持を戦略にする。北朝鮮をチベット化して直接統治することは金がかかるからだ。&lt;br /&gt;　軍によるクーデターは起きないのか？&lt;br /&gt;　よく跡目争いであるように、番頭将軍が別の息子をかついで自分が実権を握るためにクーデターを起こすケースだ。しかし、中国政府がいちはやく正恩を後継者として承認し、アメリカも暗黙した今では、両大国を敵に回して危険を犯すことはないだろう。今のままの地位で優雅な生活を捨てはしない。&lt;br /&gt;　それにしても、国民の多数も兵士も痩せ細っているのに比べ、幹部は丸々と太っていることに気付かないのだろうか。洗脳によって思考力を失っているのは仕方がないにしても、感性まで奪われているのだろうか。&lt;br /&gt;　日本は何をすべきか？&lt;br /&gt;　中国政府は脱北者の取り締まりを強化している。在中国日本大使館が脱北者を受け入れないという誓約書を取った。脱北者にはもはや海に逃げるしかない。日本政府は日本海側の監視を強めなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;span style="color:#330000;"&gt;&lt;strong&gt;若者が政治を変える&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　先月の大阪市長選挙では若者が動いた。若者が動けば国政選挙も変わる。諸君に問いたい。国政に何を望むのか？諸君の要求は何か？　　　　&lt;/span&gt;　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-995314349252136350?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/995314349252136350/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=995314349252136350&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/995314349252136350'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/995314349252136350'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/12/blog-post_26.html' title='＃６３　世界も日本も苦難の年が終わるーー野田首相は突っ走れ'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-3418621324247729360</id><published>2011-12-08T08:57:00.011+09:00</published><updated>2012-02-09T11:12:45.216+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='プロ野球'/><title type='text'>＃６２　今年のプロ野球界を回顧ーー来年はどうなるか？</title><content type='html'>久しぶりにプロ野球界について書きます。評論家として経営とともにスポーツは私の専門分野でありますが、これまでプロ野球に関しては経営の視点から月刊誌などに書いてきました。&lt;br /&gt;今年もいろいろありました。ざっと振り返ってみましょう。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;独立リーグとＮＯＭＯクラブ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　去就が不安定だった三重球団は四国アイランドリーグから撤退し、結局、球団を解散した。三重県の立地は四国リーグに参加すること自体無理があったようだ。残念なことではあるが、結果として四国４球団にとっては遠征経費が軽減につながる。&lt;br /&gt;　年末になってクラブ野球の雄、元メジャーリーガーの野茂が持つＮＯＭＯベースボールクラブが、堺の使用球場の閉鎖になることから存続の危機に瀕している。このクラブはアマチュアであり、選手が生業を持って練習は夜間に行っているから、移転する球場は照明設備を備えていなければならない。&lt;br /&gt;　さらに、球場の使用が実現しても、地元自治体が地元球団として助成金を出してくれるかどうか。また、移転しても選手の仕事が見つかるかどうか。なんとか切り抜けてほしい。&lt;br /&gt;　プロの独立リーグとアマチュアのＮＯＭＯクラブでは、どちらも少数とは言え、１２球団のプロ野球に人材を送っているが、選手の将来の生活に関しては独立リーグの方が不安が大きい。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;女子プロ野球&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　受けた質問や会合での話をまとめて対談風にしてみよう。&lt;br /&gt;　「あんたが書いた女子プロ野球（本稿＃５１）で、女子プロの実力は高校野球の下位くらいと評価したが、あれちょっときついのと違うか？」&lt;br /&gt;　「そういう意見はほかにもある。この中で実際に試合を観たのはオレだけやろ。ちょっと技術的に言うとやな、彼女たちは投手でも打撃のパワーでも男に比べて弱い。守備は巧いけど。下位の高校チームの投手を打てないし、投手は打たれる。一試合なら高校に勝てることがあってもリーグ戦をやるなら力の差が出るよ」&lt;br /&gt;　「うん、なるほどな」&lt;br /&gt;　「ほら、１１月に第一回女子野球ジャパンカップといのがあってな、これにプロ２球団ともに高校女子野球部に負けた。正確に言うと勝てなかった。というのは同点で規約によって抽選で負けたのや」&lt;br /&gt;　「へえー、そんな大会があったんかいな。ところで、なんで話題になったことがある吉田えりを採用しないのか？」&lt;br /&gt;　「吉田は女子プロの打者に打たれると思うな。なぜかと言うと、女子プロの打者は基本通り手元にしっかり引きつけて打つから、ボールをよく見ている。女子プロでは投手のボールが早くないから、ナックルの効果がそれほど生きないと思うよ」&lt;br /&gt;　「彼女はどうしているの？」&lt;br /&gt;　「アメリカの独立リーグで男たちの中で唯一の女子選手としてやっていると聞く。かつて属していた神戸の独立チームと同じで、話題性があるんだろうな」&lt;br /&gt;　「食っていけるの？」&lt;br /&gt;　「おそらく年収５千ドルももらっているかどうか。食っていけないから親から仕送りを受けているやろな。女子プロ選手は年収２００万円だからええわな」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;横浜新球団が決まった&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　「横浜ＤｅＮＡベイスターズ」に決まり、これで親会社の社名を冠しない球団が広島だけになった。元の親会社ＴＢＳはこれで年間経費の約２０億円の赤字負担が無くなった。ＤｅＮＡ社は球団の経営改善を進めるだろうが、新進のＩＴ企業に重い負担になる。&lt;br /&gt;　今回も読売渡辺会長はＩＴ企業による買収に当初乗り気ではなかったという。彼は楽天加入にも反対した。ＩＴ企業が持つ球団は三つになったが、彼はお気に召さないようだ。&lt;br /&gt;　因みに、過去の球団親会社の数をたどると、映画３、新聞４、鉄道８だった。その時代を表していて面白い。若者世代はどこまで知っているだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;読売巨人騒動&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　読売新聞グループが巨人の清武元代表を相手に訴訟を起こした。本来、清武元代表と渡辺読売会長の個人間の確執なのであるが、読売は総力をあげてきた。これでは会社法に照らして清武側には歩がないから、勝ち目がない戦だ。&lt;br /&gt;　ただ、世間は判官びいきで反渡辺感情が強くなるだろう。&lt;br /&gt;　世間はもう忘れたかもしれないが、近鉄・オリックスの合併騒動の時には、渡辺会長は１リーグ１０球団制を推進した。これに対し、私は月刊誌で長文の反対論を書いた。プロ野球史を研究してみると、１リーグ１０球団制はプロ野球を読売の事業と考えているから、読売の宿願であるようだ。プロ野球がセ・パ両リーグに分裂するきっかけをつくったのも当時の正力松太郎会長の１０球団制構想だった。&lt;br /&gt;　プレーオフ制が実施された時、渡辺会長は「パ・リーグの３位球団と巨人が日本シリーズで対戦できるか」と反対した。皮肉なことに、その巨人が３位でプレーオフに出場し、しかも敗退した。読売にとってはお家の一大事なのだろう。&lt;br /&gt;　お荷物球団が三つもある現状に抜本改革がなされないのでは、いつか１リーグ１０球団制構想が復活するかもしれない。これについては、いずれ改めて稿を起したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;ソフトバンクの皆さん、お疲れ様でした　&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　ソフトバンクの選手と関係者にとっては長いシーズンだった。&lt;br /&gt;  やっと台湾で行われた１１月２９日のアジアクラブ選手権で彼らが野球から解放された。日本球団５連覇はならなかった。エース級投手を使わずに予選では９－０で勝った韓国に３－５で負けたのだ。勝って当たり前で、観客が４～７千人しか入らない、メディアも関心を払わないこの大会は日本球団にとって重荷だろう。　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-3418621324247729360?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/3418621324247729360/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=3418621324247729360&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3418621324247729360'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3418621324247729360'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/12/blog-post_08.html' title='＃６２　今年のプロ野球界を回顧ーー来年はどうなるか？'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-2337746163493074067</id><published>2011-12-05T08:47:00.002+09:00</published><updated>2011-12-05T08:55:09.146+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><title type='text'>＃６１　上海たより、その（４）ーー「皮影戯」とは？</title><content type='html'>堅い話が続きました。今回はＩ氏からのたよりをお届けします。メディアが伝えないことなので面白いですね。&lt;br /&gt;ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　午後から帰国する客との打合せを終えて、フリーとなった北京の休日。&lt;br /&gt;　地下鉄円明園駅近くにあると、ＨＰで当りをつけた『皮影戯』劇場・記念館を目指しました。ところが、見つけた場所はモヌケの殻、何人かの通行人に聞いても『皮影戯』とはナンじゃ？という反応のみ。かなりの努力をして、ようやく引越ししたばかりであることを警備員から聞きだし、本屋のオバサンから、団員の子供が前を通っていたから、引越し先はたぶん円明園の南門付近であろうと教えてもらいました。&lt;br /&gt;　斜陽期の場末の映画館のような建物の回りに、引越し荷物が散在しており、受付の女性が日本人の客は珍しい、と非常に喜んでくれて６０元のチケット（円明園入場券付き）を渡してくれました。ＨＰの住所変更がなかったことについては、笑って不問に付されました（１ヵ月後の今も前住所のままです）。&lt;br /&gt;　上演３０分前のステージと客席には、人影はなく、記念館らしきものも閑散。中国人の客も珍しいのではないか？と呟やきながら、時間つぶしに円明園を散歩しました。頤和園と並んで、北京北西に所在する清朝の離宮。最盛期の粋を凝らした名園が１８６０年の英仏連合軍に蹂躙されたことでも知られています。そんな遺蹟公園を時間つぶしに歩くなど、とんでもない贅沢だと怒られそうですが、遅めの昼食は園内屋台のお好み焼きと素焼きの壷入りヨーグルトという慎ましいものにしたので勝手に許して頂きます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　『皮影戯』とは民間伝承の影絵劇のことで、解説文には、皮影芸術は、西漢武帝時代に、その雛形が誕生し、今日まで2000年に渡り伝承されている。俗に「灯影」、「影戯」等とも呼ばれており、劇に登場する人物や道具は全てロバ皮牛皮を加工彫刻し色を入れて作られている。それを「亮子」と呼ばれる幕に押し付け、操り線や歌、道具を使って物語を表現してゆく、とあります。 「非物質文化遺産（Intangible Cultural Heritage ）」と位置づけられていますので、日本で言えば、文楽・歌舞伎・能などの「無形文化遺産」に当るのでしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　灯りを落とした会場に入ると、子供連れの観客が２０人くらい座っていました。一つ目の出し物を「亮子」も向こうで演じたあとに、挨拶に出てきたのは、小学校高学年か初級中学生という感じの子供たちだけでした。舞台裏見学を挟んで、録音と思われる演奏と語りで三幕を演じて、打ち出し。約一時間の異次元体験でしたが、古典芸能鑑賞という先入観で訪ねた者には、かなり素朴で熱心な子供劇に思えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今年の端午節（旧暦５月５日）の休日は６月６日で土日に続いて３連休でした。文楽劇場の制作責任者から京都の大学教授に転じた後藤センセと、共通の友人の立っちゃん（同期入社。会社を辞めて、家業を大きく伸ばしてから、実弟に社長職を譲って、別の起業で悪戦苦闘。ようやくユトリができた昨今です）が上海にやってきました。センセからの事前の要請は、「特に無いのですが、できれば『皮影戯』の調査をしたい、何とか実演を見物できれば幸い」という短いメール。当方も「ナンじゃそりゃあ？」状態でしたが、ＣＳ（ＣＵＳＴＯＭＥＲ　ＳＡＴＩＳＦＡＣＴＩＯＮ。顧客満足）という商社マンの基本姿勢をクスグル高等戦術にまんまと乗って、先の北京での「諜報活動」となりました。&lt;br /&gt;　しかし、肝心の上海では、身近な中国人に聞くも、やはり「ナンじゃ、そりゃあ？」&lt;br /&gt;「爺さんが話していたかも？」という感じで、上海では断念か、と思っていたら、熱心な人が街はずれの七宝地区で演っているようだという口コミ情報を届けてくれました。&lt;br /&gt;　上海の西郊の青浦・松江区から江蘇省にかけては水郷地帯で、清朝末期までは水運で栄えた町や郷鎮が点在しています。その幾つかが保存されて、「老街」として観光ガイドにも載っています。その一つの朱家角を先ず訪ね、村の城隍廟（鎮守神を祀った廟）で、怪しげな運勢判断の道士に引っ掛かったり、螺旋状天井を持つ昆劇舞台を発見したり、各家の門口の菖蒲の飾り物や粽作りを見物。更には馬桶（マートン。旧来からの室内用簡便トイレ）を堀で洗うシーンを偶然見かけたのは幸ウンでした（馬桶洗いのオバサンからすれば、酔狂な３人のオッサンが対岸から凝視しているのを怪訝に思ったかも？）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして目指す七宝「老街」に移動。人混みを掻き分けてようやく『皮影戯』を上演している小屋に辿りつきました。入場料はなんと５元（６５円）。あまりの安さに驚いたのも束の間、６畳くらいの部屋に５列くらい椅子があり、３０人強の観客がぎっしり押し込まれました。「亮子」も２ｍＸ３ｍくらいの小ぶりなものでした。しかし、胡弓や笛などの鳴り物は実演、語りも肉声で迫力十分。肉声であるけど、何を言っているかは殆ど分からないな、と思っていたら、子供連れの教育ママ風の奥様が「標準語で演じなさいよ！何が何だか分からない」と声を上げたのに抗して、幕の内側から演者の老人が「昔からうちらは、こない演っているんや！」　と上海語で言い返した（ようです）。&lt;br /&gt;　そんな遣り取りとは関係なく、立っちゃんを初め、半数近くが途中退場。一演目毎の入れ替え制であることに気付いたのは、二番演目を見終えて、興が乗ってきたセンセと二人で居座っているところを、案内係から追い出されてからでした。しかし追加料金は要求されませんでした。そこで三番演目は舞台裏から、６人くらいの年配の演者の手さばき、語り、演奏を覗き見しました。&lt;br /&gt;　その後、整備された記念館を見学、立派に編集された説明書を買おうとしたら、無料で渡してくれました。入場料といい、入れ替え制度の甘さといい、何とも鷹揚な印象が残りました。どうもこれは営利団体ではなく、観光地としての七宝「老街」再開発のための一環事業のような気がしました。その無料の説明書によると、南宋の頃に北方から首都の杭州に伝わり、七宝近辺には清朝光緒帝時代に伝播、その後、毛耕漁（１８５０～１９０７）という名手が出て、興行的にも認知され、１９２０年から３０年代には上海市中の大劇場で常打ち公演をするほどの人気であった、その後の内乱、戦争そして革命の時代をくぐり、七代に亘り流派は伝わってきたが、映画やテレビなどの娯楽の普及とともに衰退の一途を辿った、とあります）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　「非物質文化遺産」の継承は他所事ならず、日本でもセンセも含めて大変な苦労をされているわけでして、中国においても、北京の子供に演じてもらうやり方、上海の一種のテーマパーク内部で演じるやり方、いずれも一概に是非は言えないな、と思いました。センセの事前の考察は、インドネシアのガムラン（gamelan）音楽とともに演じられる影絵劇が中国に伝わったのではないか？という「南方由来説」なのですが、中国では、独自文化の「北方由来説」が強調されているようです。ただ、いずれにせよ、魯迅の初期作品『社戯（宮芝居）』に描かれているような、農村の人たちのささやかな娯楽の世界の一つであったのでしょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　帰国当日も、朝から上海の城隍廟をお参りして、廟周囲に広がる豫園「老街」を散歩しました。ところが、その外れの小さな店に、『皮影戯』の影絵人形を売っているのを偶然発見。あくまでも現金決済を主張する店主に、立っちゃんを人質に残して、センセは銀行に走りました。店主の張涛兄さん曰く「お師匠さんが『皮影戯』の演者であり、その指導を受けて制作しているが、七宝での実演は見たことはない、すぐに見に行きたい」とのことでした。　　　　　&lt;br /&gt;　旅の終わりに、念願の影絵人形を入手できたので、ＣＳ度は上がったことと思います。&lt;br /&gt;　その二週間後にまた、城隍廟の奥深くの店にしかない旨い素麺（一杯８元。精進料理）を食べに行った折に、張涛兄さんの店を冷やかして聴いたら「商売で忙しくて、まだ七宝には行っていない」とのことでした。「あんたのような物好きと違って」という枕詞は呑み込んでくれましたが、顔には書いていたようです。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;（了）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;、&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-2337746163493074067?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/2337746163493074067/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=2337746163493074067&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2337746163493074067'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2337746163493074067'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/12/blog-post.html' title='＃６１　上海たより、その（４）ーー「皮影戯」とは？'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-8439763157182589689</id><published>2011-11-29T11:51:00.003+09:00</published><updated>2011-11-29T12:01:36.763+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃２０，１２月，２０１１　　ダブル選挙の始末記ーー若者の投票が選挙を動かした</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;　大阪のダブル選挙は知事も大阪市長も維新の会候補が完勝しました。特に大阪市長選挙では、私が本稿の前回で期待した通り、若者世代が立ち上がったことで投票率を前回選挙より１２％以上引き上げ、４０年振りに６１％の高率になりました。&lt;br /&gt;　多くの若者世代が投票に行ったというのは私の推測ですが、根拠はあります。例えば、２０代の投票率が共産党と公明党の青年組織を除けば１０％台という記事を見たことがあります。&lt;br /&gt;　若者諸君、よくやってくれました！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;テレビの速報が暴走&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　今回のダブル選挙では、開票が始まったばかりでＮＨＫも民放局も当選確実を伝えた。開票３０分後には当選者の記者会見が行われた。いくらこれまでの出口調査の実績があるとは言え、これはやり過ぎだ。あるテレビは投票終了前に当選確実を伝えた。&lt;br /&gt;　選挙の詳しい分析では新聞にかなわないテレビが速報によって特徴を出さなければならないにしても、例は少ないが、当選確実の取り消しをしたことがある。テレビはせめて半分の開票が終わるまでは当選確実の報道を自粛すべきだ。&lt;br /&gt;　因みに、私が滞米中の８０年代に大統領選挙でテレビの速報が競争の度を超えて、東部と３時間の時差がある西部ではまだ投票中である時に当選確実を報道したことがある。これでは西部の投票者の中には棄権者が出る。この時に世間の批判が強く起こり、その後テレビ各局は自粛を申し合わせした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;大阪都実現の前にステップがある&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　私は橋下新市長の登場を喜ぶ一人であるが、大阪都構想を必ずしも支持していない。本当にこれがベストかどうか疑っているからだ。橋下市長も市民の約３０％が「よく分からない」と新聞のアンケート調査を認めている。&lt;br /&gt;　先ずできることからステップを踏んで実行してほしいことがある。&lt;br /&gt;　それは、大阪市区の統合を進めることだ。これなら自治体法を変えなくてもやれる。そして、大阪都構想の障害にならない。&lt;br /&gt;　人口２７０万人の大阪市に２４もの区があることはクレージーだ。１９８９年に東区と南区を統合して中央区とし、同年に北区が大淀区を合併して以来、２２年間も２４区のままだ。人口８４０万人、面積６２０㎢の東京２３区に比べて、人口２７０万人、面積２２０㎢の大阪市とは比較にならない。大阪市には人口１０万人を超える区が半分以下しかなく、最大は平野区の２０万人で最少は浪速区の５万人。歴代市長も市議会も市民サービスの向上として２４もの区役所をそのまま放置してきたものだ。市民も無関心だった。橋下市長の大阪都構想はここに着眼したのかもしれない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;大阪都より関西県をつくる&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　本稿＃６「大阪市は大き過ぎない、大阪府が小さいのだ」で、私は大阪府、奈良県、和歌山県が合併して関西県をつくることを提唱した。関西県の新県庁所在地は奈良市にする。&lt;br /&gt;　他方、大阪市は隣接市いくつかと合併して横浜市を超える日本第二の都市を復活させる。横浜市の人口は３７０万人であるが、面積は大阪市の倍もあるのだ。橋下前知事の大きな器量をもってすれば、小さい大阪府をこねまわしてもしようがない。大阪市が長年現状維持にとどまってきたのは不思議なくらいだ。&lt;br /&gt;　不思議なことと言えば、江戸時代の旧藩をいくつかまとめた明治の廃藩置県が今もそのままになっていること。関西県が先駆けになって、岡山県と鳥取県、広島県と島根県、香川県と徳島県などの合併が実現してほしいもの。　&lt;br /&gt;　これも将来の道州制への障害にならず、そのステップとして考えればよい。もっとも私は道州制も必要かどうか疑問に思っている。もう半世紀も議論しているだけで、実現までは遠い。若者世代が決めることになるだろう。&lt;br /&gt;　些細なことであるが、私は「道州制」の名前が気に食わない。「新州制」か「自治州制」にすべきだ。なぜなら、北海道は一語で島あるいは地域の名前であり、ごく稀な例外はあるが北海と道を切り離して使われることがないからだ。私はかつて東京都を除く全国で県に統一することを提唱したことがある。従って北海道県と呼ぶべきなのだ。そして今は北海道州と呼ぶべきだ。このことは鹿児島県と比較すれば分かる。鹿児島県を鹿児島と県に区切っても通用する。九州も九州州でよいが、提案されている福岡州よりはましだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;大阪都構想が分からない？&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　既成政党を脅かす存在になったことから、政治家は「大阪都の中身が分からない」と言う。構想自体は明確であるのだから、これは構想が「ベストかどうか分からない」と言うべきだろう。&lt;br /&gt;　橋下構想の最大の効果は、大阪全体の改革の必要性を府民に向かって強く知らしめたことだろう。府民にその必要性を一つの形として認識させ、無関心を一掃した。そのために投票率が上がった。&lt;br /&gt;　橋下市長殿、あせることはない。大阪改革の提唱は受け入れられた。これから行政の現実を知り、民意も考慮しつつ具体的な政策の詰めに取り掛かってほしい。そして「現在の大阪都構想がベストかどうか？」を常に考えてほしい。段階的に目標を達成すればよいのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;若者よ、一つ要求せよ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　大阪市が長年提供している敬老パスは、７０歳以上の高齢者、約３０万人に市交通機関の無料乗車サービスだ。年間予算は２７億円と言われる。全国の政令都市で唯一のサービスだ。平松前市長は一度は利用上限を３０００円に定めることを提案したが、議会に拒否された。&lt;br /&gt;　選挙中には両候補とも「敬老パスを継続する」と公約していた。「継続する」は守るにしても、形を変えることは公約違反にならないだろう。上限を設ける、あるいは他市でやっているように一回の乗車を１００円に割引するという施策がある。&lt;br /&gt;　若者諸君、２７億円の半分でも半分以下でもよいから、浮いた予算を若者の雇用や公的機関で訓練するための予算に振り向けることを要求する時だ。いろいろな点で経済振興に働く。&lt;br /&gt;　天は自ら助けるものを助ける！ &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-8439763157182589689?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/8439763157182589689/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=8439763157182589689&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8439763157182589689'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8439763157182589689'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/11/blog-post_29.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃２０，１２月，２０１１　　ダブル選挙の始末記ーー若者の投票が選挙を動かした'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-355015185224346206</id><published>2011-11-17T07:54:00.007+09:00</published><updated>2011-11-20T07:20:54.567+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１９、１１月、２０１１　　若者よ、投票に行こうーー同日選挙まであと１０日</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;br /&gt;　府知事と大阪市長の同日選挙が２７日に迫りました。&lt;br /&gt;　特に大阪市長選は次代の大阪市をどうするのかを問う重要な選挙です。従来の常識で考えると、平松候補が有利な情勢になっています。なぜなら彼は市役所幹部から職員組合とその家族を含む市役所族、連合の労組、自民党・民主党に加えて共産党の全政党（公明党は自主投票）から支援を受けているからです。現職の上にこれだけの組織票を固めているのです。&lt;br /&gt;　若者諸君、週刊誌が書いている「橋下ダブルスコアで当選」の予想を信じるなかれ。投票に行って橋下候補を当選させよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;橋下候補が勝てるか&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　大阪市の有権者数は約２００万人で投票率が前回選挙並みの５０％とすると、投票数は１００万票、当落ラインは５０万票ということになる。共産党が候補の擁立を止めたことで、前回獲得した１６万票が平松候補に行く。中にはどちらの候補にも投票したくないという棄権者もいるから、１３万票くらいか。これは橋下候補にとって手痛い。&lt;br /&gt;　一方、橋下候補の確定票は維新の会の市会議員がまとめる票だけ。これを除いて橋下ファンの個人票に頼らなければならない。もし若者諸君が投票に行き、投票率を１０％上げるなら２０万票のほとんどは橋下候補に行くだろう。それでも充分とは言えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;なぜ橋下候補がよいか&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　これだけの支持勢力に押されている平松候補は、構造的に次代の大阪のために大きな改革はできるはずがない。彼の市長在任中に地道な改革をしてきた一面はあるが、前回市長選で掲げた主要な改革の政策は先送りされている。しょせん保身と現状体制維持の既成勢力に対して抗することができない。さらにもう一つの弱点は、彼が掲げる政策はほとんどが橋下改革に反対する政策であり、彼独自の発想に欠けることだ。&lt;br /&gt;　橋下市長に変われば、当初は市政に混乱と批判を招くだろう。これは改革の代償であり、政治に限らず避けて通れないことだ。いずれ大阪市に活気をもたらすに違いない。&lt;br /&gt;　諸君は平松候補が大阪に変革をもたらすと思うか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;橋下候補は独裁者か&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　橋下候補に対する週刊誌の攻撃がすさまじい。新聞に出た週刊誌の広告では、「父親は暴力団関係者」、「橋下は同和の出身」だと書かれている。彼の氏素性が何であれ、彼が&lt;strong&gt;今何者であるか&lt;/strong&gt;しか有権者は問わないだろう。&lt;br /&gt;　彼が独裁者呼ばわりされていることにはもっと広がりがある。４年の任期はある、選挙がある、議会もある、法律の規制もある、それに軍隊を持たない。彼は強いリーダーであって、どこが独裁者なのか？　&lt;br /&gt;　そのうち評論家などの類が彼をヒットラーに喩えるかもしれない。確かに、ヒットラーは第一次大戦後にドイツ帝政を倒したヴァイマル共和国が、混乱を収拾できないことからヒットラーのナチス党の台頭につながった。ヒットラーは合法的に政権を取り、軍隊を背景にしなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;橋下候補が市長になっても政策を全面支持することはない&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　橋下候補は前回の知事選挙で広く府民の支持を受けて当選した。維新の会は府議会選挙でも過半数の議員を取った。しかし、大阪市議会選挙では過半数を超えなかった。彼を支持する有権者の割合が大阪市で低いことも市長選挙で不利なことだ。&lt;br /&gt;　茨木市民の私も残念なことに、橋下候補に投票したくとも大阪市長選挙に投票権がない。&lt;br /&gt;　そうかと言って、私は橋下改革者を支持するが、彼の政策をすべて支持するわけではない。例えば、大阪都構想には反対し、大阪市が近隣市と合併して日本第二の都市にカムバックすることと、隣りの奈良県と和歌山県を統合して関西県をつくり、新県庁を奈良市に置くことを提唱している。詳しくは、トップページの左側にある項目「言論大阪」の下記を読んでほしい。&lt;br /&gt;　　＃６　１０月、２０１０&lt;br /&gt;　　＃９　１月、２０１１&lt;br /&gt;　　＃１４　　６月、２０１１&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;余談。「Ｗ選」表記が気になる&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　ＷはＶが二つの字形であるが、もともとＵが二つでdouble-uと発音される。そのＷが日本では二重の意味をダブルとして使われるが、「Ｗ選」は誤用。さすがＮＨＫと全国紙は「ダブル選」、「同日選」と正確に使っているのに対し、民放テレビは「Ｗ選」と誤用している。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#000066;"&gt;≪追記≫１１月２０日&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　投票日まで７日。私の市長選予想では投票率が６０％を超えたら橋下候補が当選、５０％なら落選。　橋下候補を生かすも殺すも若者諸君が鍵を握る。諸君にとってこれほどエキサイティングな選挙はめったにないだろう。&lt;br /&gt;　一度も投票に行ったことがない若者は煩わしいと思っているかもしれない。しかし、家を出てから帰るまで３０～６０分で済む。こうして一度行くと次の選挙にも投票するだろう。&lt;br /&gt;　チャンスを逃がすな！！&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-355015185224346206?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/355015185224346206/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=355015185224346206&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/355015185224346206'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/355015185224346206'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/11/blog-post_17.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１９、１１月、２０１１　　若者よ、投票に行こうーー同日選挙まであと１０日'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-1340518547945945836</id><published>2011-11-13T15:14:00.004+09:00</published><updated>2011-11-14T07:22:06.352+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃６０　ＴＰＰと「歴史は繰り返す」の例ーーいつも日本が崩壊すると反対</title><content type='html'>友達のジョーク、「あれなあ、農業の自由化で騒いでいる問題、ピーピーピーと聞えてオレのピーピーの小遣いを突かれているようや。オレはよう分からんわ」。&lt;br /&gt;　別の教養人タイプの友達が言う。「少しは理解していると思うが、世間は無関心やで。農協と反対政治家が世間の上空でやっている空中戦みたいなものやな」。&lt;br /&gt;　彼らが言っていることはＴＰＰのことで、太平洋を取り巻くアジア諸国ほかとの貿易自由化交渉のことです。交渉参加国は、アメリカ、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、ペルー、チリの９ヶ国です。シンガポールとブルネイを除いて農業品に競争力があると言われます。&lt;br /&gt;　いろいろ意見が分かれていますが、日本がこの協定に参加すれば、農業が大きく変わり、私は若者諸君にはチャンスが増えると見ています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;ＴＰＰをめぐるおかしな意見とその背景&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　党内でも反対者が多い中、野田首相は１１日にＴＰＰ&lt;strong&gt;交渉の協議&lt;/strong&gt;に参加することを表明した。　&lt;br /&gt;　記憶にたどって顧みると、日本の産業史において大きな貿易交渉は３度目のことだ。後で詳しく述べるが、最初は１９６０年に始まった工業製品の自由化の貿易交渉だ。２度目は１９８６年からのサービス貿易と農業の自由化の交渉でウルグアイラウンドと呼ばれた。いずれも野党と産業界の大反対の中で自民党政府が交渉に決断した。決着を見るまでに前者では４年、後者では７年かかった。&lt;br /&gt;　議論がある程度なされたら、首相が決断することは当然のことであり、必ずしも多数意見によらず社長が独自の決断をすることは珍しくない。いつまでも議論をしていることは許されない。&lt;br /&gt;　いくつか反対意見を挙げて論理のおかしいことを指摘してみよう。&lt;br /&gt;　「バスに乗ってしまったら降りられない」&lt;br /&gt;　一旦交渉に入るともう交渉から抜けられないと言うのだ。まして今は交渉に入る前に各国との協議を始めた段階。協定合意に至るまでの個別課題にあまりに日本に不利であれば、途中でさえ交渉から降りることはできる。交渉事とはそういうものだ。&lt;br /&gt;　「説明不足であり、政府はもっと説明責任をはたすべき」&lt;br /&gt;　すでに一年も議論されてきて、メディアでも報道されてきた。説明責任という言葉は政府追及の常用語になっていて、他の政治課題に対してもよく使われる。今はまだ交渉の協議にやっと入った段階であるから、得られる情報には限界がある。&lt;br /&gt;　「ＴＴＰ協定に関して世論を問え」&lt;br /&gt;　私は仕事柄大衆の平均よりは強い関心を持ち、広く情報を集めている。それでも今協定に締結するかどうか問われれば答を出すのに躊躇する。他の交渉参加国はこれまで９回も協議を重ねてきたことに比べれば、政府が持つ情報には精度を欠くかもしれない。農業や保険・医療の自由化など日本に大きく不利益なことを要求されれば、個々の案件について民意を問うことがよいだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;工業製品の自由化とコマツ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　工業製品の自由化について特に日米政府の間で１９６０年には交渉が始まっていた。その後９４％の自由化、つまり両国で関税が撤廃された。&lt;br /&gt;　当時の野党、労組、大衆にいたるまで自由化に反対した状況は今のＴＴＰ参加に反対するのと酷似している。「日本の産業が崩壊する」と言われたことが、今は「日本の農業が崩壊する」と言われる。当時産業界が今の農業自由化と同じくらい時期尚早という意見で大反対した。それを敢えて自民党政府は自由化を決断した。日本にとっても国際競争力を高めるのにメリットがあったからだ。&lt;br /&gt;　この自由化を見越して、世界の建設機械の巨人キャタピラーが日本に進出した。６３年に当時の新三菱重工と合弁で新キャタピラー三菱を設立したのだ。&lt;br /&gt;　当時、日本企業の富山工場で駆け出しの技術者だった私は、小松製作所（現在、コマツ）の粟津工場など主力工場では強力な改革運動が進められていたことを思い出す。彼らの努力が実り、その後国内市場だけではなく、海外でも競争力を高めた結果、今日海外では巨人キャタピラーを凌ぐ建設機械メーカーになった。&lt;br /&gt;　コマツに限らない。他の日本メーカーも自由化を梃にすることによって経営の構造改革を行ったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;ウルグアイ・ラウンド協定とその後の日本農業&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　同協定は１９８６年から始まったサービス貿易と農業自由化に関する通商交渉のことで、決着したのは９３年だった。コメの自由化については、今と同じように農業団体と農家を票田にする国会議員の大反対があり、決起集会やデモが激しく行われた。結局、コメの輸入を国内消費量の４％まで認めることで、日本新党の細川政権が決断した。９１年にアメリカ産のオレンジが自由化されたが、嗜好の違いから大騒ぎした割には輸入量が伸びなかった。&lt;br /&gt;　滞米中の当時、私は日本の甘い、そして皮がすぐむける日本産みかんがアメリカになかったのでカナダで買ったことがある。当時、アメリカ政府がオレンジの自由化を日本政府に要求する一方、日本みかんの輸入を禁止していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;ＴＰＰを先延ばしにしてどうするのか？&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　若者諸君に考えてもらうネタを提供してみよう。&lt;br /&gt;　１）日本の農業と農協の改革は進むのか？&lt;br /&gt;　２）農業族議員の選挙対策に国益が損なわれていないか？&lt;br /&gt;　３）他の参加国は日本の参加をどう考えているのか？&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-1340518547945945836?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/1340518547945945836/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=1340518547945945836&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/1340518547945945836'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/1340518547945945836'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/11/blog-post_13.html' title='＃６０　ＴＰＰと「歴史は繰り返す」の例ーーいつも日本が崩壊すると反対'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6799574055681564030</id><published>2011-11-02T11:26:00.003+09:00</published><updated>2011-11-20T07:24:18.292+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アメリカ'/><title type='text'>＃５９　デモはなんだったのか？ーーニューヨークからの報告</title><content type='html'>先月（１０月）中旬から２週間、マンハッタンとプーキプシに滞在しました。プーキプシはマンハッタンの中心部グランドセントラル駅から列車で北へ１２０キロ、１時間半のところにある別荘町です。私はアメリカより近隣のアジア諸国や国内の旅行をしたいのですが、娘家族の招待にあずかってニューヨークに行ってきました。&lt;br /&gt;　ちょうど反格差を掲げるデモの最中（現地ではOccupy Wall Street、ウォール街を占拠せよ、と呼ばれる）でしたから、アメリカ人の意見を聞き、現地のメディアで情報を得ました。いろいろ考えさせられることがあり、報告してみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;アメリカのデモについて&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　連日続いているウォール街でのデモでは、もう一つ目標がはっきりしない。「リーマンショックで破綻した大金融会社（銀行や証券会社）が政府から公的資金の支援を受けながら、トップ経営者が数百万ドルの年収を受け取っているのはけしからん」、「金融取引一回ごとに課税せよ」という声が聞こえる程度だ。メディアの解説では、しきりと「わずか１％余りが年収１００万ドル以上を稼ぐ一方、９０％の年収平均は３万ドルに過ぎないという格差がある」と言っている。テレビに映るデモの顔ぶれを見ていると、彼らの年収がとても３万ドルも得ているとは思えない。一部は富裕層が住むセントラルパーク周辺まで歩いて、大会社の経営者のアパート（日本ではマンション）前で抗議の声を上げた。何を政府に対し、あるいは世間に対して訴えているのか分からない。&lt;br /&gt;　アメリカ人経営者や専門職の友達によると、デモは失業者や低所得者の不満が背景にあるだけだという。彼らは組織化されていないことから、私有地の広場と公道を占拠して多数が逮捕されている。私の印象では彼らは隙だらけだ。市民運動家の支援はあるが、世間からの支持は広がっていない。&lt;br /&gt;　新聞に寄せられた読者意見には、失業率は9.5%と高いが、それでも得られる職、例えば、彼らは建設労働などきつい仕事を取らないという批判があった。私が乗ったタクシーの運転手も同じ批判をしていた。因みに、ニューヨークのタクシー運転手の職はインド、パキスタン、エジプトなど外国人系の移民にとっくの昔から取られている。街頭の屋台もほとんどがヒスパニック系だ。彼らの中には現在の低収入を我慢しながら、いつか一段上がる志を持っている人もいるだろう。&lt;br /&gt;　アメリカ社会には、根強くAmerican Dream志向とフェア精神があり、どちらも日常用語として使われる。そのためスーパースターを支持し、受け入れる。成功者がいくら高額の年収を得ようとも批判されることは少ない。問題は、公的資金によって再建された大会社の経営者が高額の年収を得ることがフェア精神に反することだろう。他方、経営者にも、ルールに従って株主総会の承認を得たことだという言い分がある。彼らの年収は基本給料と業績評価によるボーナスに基づいている。&lt;br /&gt;　他方、ルールから外れた不正行為は、例えば、インサイダー取引に対する司法による処罰は厳しい。日本に比べれば重罪とされる上、判決即刑務所送りだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;日本のデモについて&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　ニューヨーク滞在中に、世界に広がるデモを伝えるテレビニュースで東京にもデモがあったことを知った。&lt;br /&gt;　帰国して私が講師をした会合の中で、１２人の高中年の出席者に東京のデモについて尋ねてみたところ、２人しかテレビニュースと短い新聞記事を知らなかった。そこで、インターネットで検索してみると、出ているわ出ているわ、デモ参加者をバカ呼ばわりする、敗者と決めつける投稿がいっぱいあった。なんと冷たいことよ。デモグループは経産省や東電に行き、「反格差」と「反原発」を訴えたという。これは的外れだろう。彼らは「若者に仕事を寄こせ」の一点に絞り、開会中の国会に行くべきだった。&lt;br /&gt;　しかし、私がインターネットを使って緩やかな連帯の「若者政治ネット」をつくるように呼びかけたのは、本稿＃８で２００９年７月だったが、私が呼ぶ中国の「ネット紅衛兵」を元祖とするインターネットを使った集会を実行したことを高く評価したい。なに、最初はこんなものさ。なんでも、新製品の販売が成功するには時間がかかるものが多い。&lt;br /&gt;　若者よ、なんでもいい、将来を期して職に就くことだ。きたない、きつい、危険の３Ｋの仕事でもナンバーワンになることだ。本稿＃１８を読んでほしい。諸君が仕事を取らなければ移民に取られる。いや、今そうなりつつある。&lt;br /&gt;　先日野田首相が行った所信表明演説の中には、「若者」、「雇用創出」の言葉がひと言もなかった。投票に行かない諸君たち若者は関心の対象ではないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;余談、アメリカのテレビ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　アメリカのテレビを観ていて驚いたことが二つある。&lt;br /&gt;　一つは、チャネルが１０００以上もあること。４大テレビ局が国際版からお買い物チャネルを持っているし、地方局、通販、スポーツ、天気、宗教、映画、子供番組などの専用チャネルがわんさとある。一時に一つのチャネルしか観られないのにどうやって経営が成り立っているのだろう。そう言えば、台湾にも１００チャネル以上あった。&lt;br /&gt;　二つ目は、タレントから専門家までごっちゃにしたバラエティ番組が一つもないこと。政治でも経済でも、真面目な専門家による対談番組が主流だ。一般の大衆はこんな番組を観ているのだろうか。&lt;br /&gt;（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6799574055681564030?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6799574055681564030/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6799574055681564030&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6799574055681564030'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6799574055681564030'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/11/blog-post.html' title='＃５９　デモはなんだったのか？ーーニューヨークからの報告'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-8557005623443321518</id><published>2011-10-12T07:52:00.003+09:00</published><updated>2011-10-12T08:11:37.067+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃５８　日本の外交はお人よしーー対費用効果を考えよ</title><content type='html'>　世界の各地ではインタネットによる呼びかけで集会やデモが起きています。&lt;br /&gt;　デモは私が呼ぶ中国の「ネット紅衛兵」から始まり、「アラブの春」と言われるアラブ諸国に広がって、今フランスやアメリカ各地でも行われる事態になりました。彼らのデモにはリーダーがいないこと、組織もないこと、失業率と格差改善が目的で平和集会ではないこと、若者が立ち上げたことが特徴です。アメリカでは労働組合が後追いしています。&lt;br /&gt;　さて、我が国では若者の声が聞こえない。なぜなのか？若者よ、東京頼りではなく、地方から集会を起こしてみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;国連への拠出金を減額せよ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　２０１１年度の各国の拠出金分担率は、アメリカ２２％、日本１２．５％（２３０億円）、イギリス、フランスなどヨーロッパ各国５～６％、中国３．２％、韓国２．３％、ロシア１．６％となっている。常任理事国の中でしばしば決議に対して拒否権を発動する中国とロシアの分担率が低過ぎ、日本の分担率が高過ぎることは異常と言ってよい。&lt;br /&gt;　日本は世界の先進国で最悪の財政状態であり、特に、東日本震災の復興に巨額の資金が要る今こそ拠出金を減額する好機だ。２％でも３％でもいい、減額して国連に揺さぶりをかけるべきだ。&lt;br /&gt;　因みに、私が滞米中の９０年代に、アメリカは減額どころか、拠出金の支払いを拒否したことがある。議会が人事改革、予算削減、本部職員数カット、会計検査改革を求めて予算を通さなかったからだ。国連改革のために、ソーンバーグ上院議員（元ペンシルベニア州知事、スリーマイル島の原発事故対応で有名になった）を国連高官として送り込んだが、あまりのひどさに匙を投げた。その後、支払いを再開したが、この揺さぶりによって分担率を２５％から２２％に下げた。今も約千億円の滞納金があるという。&lt;br /&gt;　アメリカでは長年バーチ協会という右翼団体が各地に「国連脱退」の看板を立てていた。彼らはユネスコを反米として非難し、中には「国連に金も出さないアフリカの国連高級職員の優雅なニューヨーク生活のためにアメリカの税金を使わせるな」という意見もあった。私が住んでいた町でもこんな過激な意見を言う少数派がいた。不況で失業が増えると、貧困層が急進的な愛国団体に取り込まれる。&lt;br /&gt;　日本においても、拠出金の原資は我々の税金だ。３％、７億円くらいの減額ならアメリカ政府は反対できない。世界に日本の拠出金を知らしめる好機でもある。最近の震災復興や原発事故に対応する巨額予算に比べれば、拠出金の２３０億円は目立たないほどであるが、国家として世界に筋（論理）を通すことが日本外交に必要なことなのだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;なぜ日本の外交には戦略思考がないのか？&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　最近新たな投資先としてミャンマが日本企業に注目されている。&lt;br /&gt;　若者世代は知らないかもしれないが、ミャンマがビルマと呼ばれる時代に、日本は長年にわたり最大級の経済支援をしてきた。それが軍事政権になると、中国と接近して援助資金を引き出している。日本の援助は忘れられた。ごく最近、ミャンマ政府は中国が進めていたダム建設を中止させた。近寄り過ぎることに警戒したのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　次は中国への支援。自民党政府は長年ＯＤＡ援助として有償無償の資金を与えてきた。その中国がアフリカやアジアに国家戦略のために経済支援をしていたのだ。日本では国会議員のほかに民意として、「日本政府からの資金を使って中国政府が他国に経済支援するのはおかしい」と批判が出た。やっと小泉首相の時に中国への援助を中止した。中国政府は日本からの援助について中国国内では知られないようにしたという。我々の税金を使った支援の効果はなんだったのか？&lt;br /&gt;　少しは中国の選択戦略を取り入れて、従来の日本外交を変えられないものか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;南スーダンへの自衛隊派遣に反対&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　現在、日本は南スーダンに１次に続いて２次の自衛隊調査隊を送っている。&lt;br /&gt;　先日には、バン国連事務総長が来日して野田首相に、ＰＫＯとして本格的な治安部隊を派遣するように要請した。このまま行けば派遣するかもしれない。&lt;br /&gt;　ここは我慢して派遣を中止する英断を求めたい。外交に対する一般大衆の関心は薄い。しかし、政府を動かすには若者世代によって民意の高まりが必要だ。&lt;br /&gt;　南スーダンは今の隣国スーダンから独立したばかりであるが、中国は国境地帯の石油開発に数年かそれ以上の期間、技術者と大量の労働者を送って利権を固めている。南スーダン新政府との関係も深い。隠れ人民解放軍も支援しているかもしれない。中国政府は確固たる戦略を進めているのだ。&lt;br /&gt;　さて、こんなところにのこのこと自衛隊部隊を送ることは誰のための利益になるのか？&lt;br /&gt;　財政難の中、復興資金と国内経済の再建が緊急の課題であるのに、国家予算つまり税金を使う余裕はない。防衛予算も「選択と集中」に従い、東アジアの安全と権益を確保するために使われるべきだ。内向きになる、という批判には耐える時だ。&lt;br /&gt;　顧みると、イラク戦争に航空輸送部隊を送る時、国会の質疑で質問者が「危険だから自衛隊派遣に反対」と言っていた。これが海外で報道されていたら、恥ずべきことだった。軍隊に対して安全が保障される紛争地などあり得ないからだ。&lt;br /&gt;　これからは、派遣２原則として、自衛隊は人道のための派遣が主任務であることと、攻撃的な戦闘には派遣しないことを海外でも政府が強く広報してほしい。危険だから派遣しないと言うのは国家の面子に関わることだ。&lt;br /&gt;　幸いなことに、　これまでの自衛隊派遣では戦死者が一人も出ていない。世界の軍隊派遣では奇跡か強運と言えるだろう。しかし、もし不幸にも戦死者が出たら政治家、大衆からメディアまで政府を批判して騒ぎ立てるに違いない。もともと殉職者が出る危険は自衛隊員に限ったことではない。現に東日本震災では何十人という警察官と消防員の殉職者が出た。&lt;br /&gt;　参考までに、最近のデータによると、各国のＰＫＯ派遣数は下記の通り。&lt;br /&gt;　中国　２０４１人、韓国　６０４人、日本　２００人、ロシア　１００人（航空輸送部隊のみ）。&lt;br /&gt;　中国の派遣が突出しているのは、自国の権益を守るためだろう。世界に嫌われても気にしない中国外交にはなかなか太刀打ちできない。日本外交はどうするのか？&lt;br /&gt;　最後に、野田首相には南スーダンへの自衛隊本部隊を派遣することを中止してほしい。万が一何かあれば政治が混乱することが避けられないからだ。&lt;br /&gt;　経済政策をどうするのか？若者の雇用創出をどうするのか？&lt;br /&gt;　若者諸君、ぼやぼやしていると財政赤字のツケを回されることになるぞ。（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-8557005623443321518?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/8557005623443321518/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=8557005623443321518&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8557005623443321518'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8557005623443321518'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/10/blog-post_12.html' title='＃５８　日本の外交はお人よしーー対費用効果を考えよ'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-7412837758559127853</id><published>2011-10-04T14:58:00.008+09:00</published><updated>2011-10-11T08:47:27.808+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１８，１０月，２０１１　　関西の電力危機はこれからーー関西はどうなるのか？</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;前回＃１７「大阪人の節電３．８％」で関西電力の停電対策について書いたのは９月１４日でした。偶然にもその翌日、韓国では予告なしの大停電が起きました。今回はこれから書くことにします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;韓国の大停電&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　電力使用オーバーで突然韓国全土にわたり大停電が起き、復旧に５時間がかかった。平日の午後３時半のことだったから、企業から家庭、交通信号、ＡＴＭにいたるまで被害が広汎に及んだ。&lt;br /&gt;　韓国では発電と送電が分離されているが、どちらも公社、つまり国の機関だから、政府は損害賠償をすると発表した。読売新聞など日本の新聞が報道した。&lt;br /&gt;　電力公社は大口需要家に自主節電を呼び掛けていたというが、関電の例ほどには官民一体の徹底がなかったようだ。私が思うに、韓国は日本の政治や先端技術ほどには民生の情報収集を行わず、特に関電の動向には関心が低かっただろう。&lt;br /&gt;　韓国の事例から、停電の復旧には５時間かかるという目安が分かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;読売新聞大阪を叱る&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　関西の節電率について、読売新聞は三つの違うデータを報道した。&lt;br /&gt;　先ず９月１１日の記事では「関電管内　節電率わずか&lt;strong&gt;３．８％&lt;/strong&gt;」&lt;br /&gt;　続いて９月１３日の記事では「節電浸透　家庭用電力&lt;strong&gt;１６％減&lt;/strong&gt;」&lt;br /&gt;　さらに９月２３日には「目標乱立　混乱招く」という見出しの文中では、節電率が約&lt;strong&gt;５％&lt;/strong&gt;にとどまった、と書いた。&lt;br /&gt;　これから言えば、混乱を招いたのは読売新聞の方だ。　&lt;br /&gt;　その日の大阪版の紙面を決める編集会議が行われると聞く。同じ記者が書いたのか、それとも別の記者が書いたのかは分からないが、いずれにしても三つの記事には整合性がないことに会議では誰も気づかなかったのか？近々の記事を記憶していないのか？大阪版の紙面は限られているのだから、せめて大阪版の編集をしっかりやってもらいたい。&lt;br /&gt;　まだ新聞が伝えないことがある。例えば、万が一停電が起きたら緊急節電をどうするのか？そのまま電力供給を復帰したら遮断回路が再び飛ぶからだ。テレビ番組は後追いばかりで、出演者にも信を置けないので、私は新聞を頼りにしている。後追い報道だけではなく、先を読むことも新聞の使命だろう。&lt;br /&gt;　私は滞米時代を含めて読売新聞の読者である。時々保守偏重の記事があるが、中道保守のバランスを評価し、朝日新聞など他紙はインターネットの要約版か、図書館で読む。&lt;br /&gt;　かつて滞米時代にシンポジウムの基調講演講師として招かれたことがあり、全国版には「論点」に３回採用されたことがあるので、恩義の気持ちもある。読売月刊誌にも長い論文を２回掲載してもらった。かつて東京本社の親しかった知己はみんな定年退職されてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;関西の電力危機はこれから&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　関電は１１基の原発を持っている。現在このうち７基は定期検査中か運転待ちで動いていない。さらに来年１月には残る４基も定期検査に入るので、全基が止まると言われる。&lt;br /&gt;　総発電力の半分以上を原発に頼る関電にとって死活問題だ。それどころか企業から家庭にいたるまですべて影響を受ける。&lt;br /&gt;　原発問題については「若者塾」＃５７と５５で書いた。批判も受けたが、冷静になって現実を直視してほしい。&lt;br /&gt;　東電の原発事故から余りにも大きな犠牲が生じた。しかし、これにより各電力会社の安全に対する緊張が生まれた、各社の社内改革も進む、産官学の利権集団と化した原子力ムラも解体される、など原発の安全性が高められることになった。&lt;br /&gt;　関電による節電要請は技法においてまずかった。その一方で彼らなりに危機感を持って対処し、今回は最悪の事態を回避した。&lt;br /&gt;　問題はこれからだ。まだ現実に電力危機がある限り、関西に新たに雇用を作り出す企業の進出は望めない。私が本稿＃４で提唱しているように、八尾空港が伊丹空港に移転した後の跡地を企業に売却することも困難になっている。&lt;br /&gt;　原発について諸君はどう考えるか？関西の市民はどう考えるか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;《情報交流》&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　関西経済同友会が、御堂筋に自転車道と水路を設ける提案をした。次世代の大阪をつくるのに素晴らしい提案だ。若者諸君も支援してほしいと思う。&lt;br /&gt;　もう一つ欲をかくと、御堂筋のどこかからなにわ筋に抜ける自転車道をつくり、梅田公園まで走れるようにしてほしい。梅田公園は「うめきた」に代わる名称で、本稿＃１３で詳しく書いた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-7412837758559127853?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/7412837758559127853/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=7412837758559127853&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/7412837758559127853'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/7412837758559127853'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/10/blog-post.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１８，１０月，２０１１　　関西の電力危機はこれからーー関西はどうなるのか？'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4819771848762624091</id><published>2011-09-28T10:00:00.004+09:00</published><updated>2011-09-29T10:05:48.085+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃５７　経済政策こそ最重要課題ーー経済が震災と原発事故を支える</title><content type='html'>　若者諸君、どうか慎重に読んでほしい。今回は問題発言と取られかねない内容を含みますが、私が信じることを書きます。次代に深くかかわることです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;新内閣も経済政策より原発事故対応に偏重&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今月発足した野田内閣には、首相を除く１７人の閣僚には原発担当と震災復興担当の２人の大臣が含まれる。その他原発と復興にかかわる会議体や委員会が置かれている。&lt;br /&gt;　他方、震災復興を含む国家経済の根幹を担う大臣は経済産業大臣だけで、しかも農業が専門である前大臣は舌禍で辞任した。この任命をまったく理解できなかった。しかし、幸いにも更迭するきっかけになった。私は経済で救国の任に当たるには、通産省のエリート官僚であった岡田前幹事長が最適だと思っていた。&lt;br /&gt;　新大臣になった枝野前官房長官は、弁護士で経済の経験がなく、その上、官房長官の時に原発事故対応に深くかかわった。彼の思考には原発がつきまとうだろう。しかも東電の管轄は彼の職務範囲だ。こう見てくると、政府の組織と戦力は国の経済復興より原発対応に偏重していることが分かる。言い換えれば、震災復興と原発対策には充分対応できる体制になっており、しかも目に見えやすく、一本にまとまっている課題だ。&lt;br /&gt;　他方、経済政策には諸説があふれており、今なお議論の段階にとどまっている。政府は議論するだけで決められない。従って実行もできないでいる。いや、民主党政権になってからこんな状態のままだ。今、経産省は素人大臣が辞任したり、改革を訴えるエリート官僚が退職に追いやられたことで批判の対象になっている。この国家の経済を預かる経産省自体がトラブルなのだ。しかし、見方を変えると、企業経営でもそうであるが、トラブルの時こそ改革のチャンスなのだ。枝野大臣は権限のもとで何でもできる。&lt;br /&gt; 経済とは経国済民（または経世済民）のことであり、つまり国を経営し、国民を支えることを意味する。&lt;br /&gt;　経済再建によって税収が増えることは、震災復興と原発対応にも支援になる。経産省は震災と原発を他に任せて、ひたすら実効ある政策を立て、果敢に実行してほしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;反原発は世論の支持を受けやすい&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　本稿＃５５で「原発ヒステリー」とぎらつくタイトルを付けたこともあって、予期通り評判が良くない。私が原発推進派に取られた。それではどうするんだ？という質問を受けたので私の考えを述べてみよう。&lt;br /&gt;　先ず、今ある原発を段階的に廃止し、将来は全廃する。おそらく３０～５０年くらいかかると言われる。&lt;br /&gt;　第二に、新規に建設しない。新規建設を止める結論によって代替発電の開発が進むだろう。&lt;br /&gt;　第三に、既存の原発は古い順に廃止していく。従来の安全基準に&lt;strong&gt;立地によっては&lt;/strong&gt;津波対策を強化する。&lt;br /&gt;　第四に、放射能廃棄物の再処理技術の開発を継続し、世界で最高水準の新技術を開発する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　日本の原発は安全である、と言えば反論されるだろう。しかし、工業施設の一般的安全性から見れば、原発は安全である。福島原発の事故は対応を誤ったことによる突出した例外だ。&lt;br /&gt;　他方、化学プラントも事故を起こすし、飛行機だって墜ちる。我々はそういう世界に生きている。原発との共通点は、時に起きる小事故が保守技術によって修復されていることだ。そして決定的な違いは、原発が最悪の場合に放射能漏れを避けられないことだ。だから原発はいつか廃止しなければならない。この点については国民の総意がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;野田政権は民意を超越できるか&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　いずれ総選挙がある。衆参同時選挙も言われている。&lt;br /&gt;　もし候補者が私のような意見を演説で述べれは落選するだろう。まして選挙基盤が弱い小沢グループを中心とする当選一回議員にとってはなおさらだ。だからと言って、民意の支持がある性急な反原発が本当に問題解決になるだろうか？&lt;br /&gt;　現在、国の経済を支える企業は円高、電力不安など４重苦とも６重苦とも言われる困難に見舞われている。このままでは税収も増えない。震災復興と原発は担当組織に任せて、政府と経産省は国全体を見て有効な手当てを迅速に尽くしてもらいたい。&lt;br /&gt;　緊迫した財政状況においても、文部科学省は来年度予算の概算要求で全学校に緊急地震速報を設置するのに７５億円、全小中校の耐震化に１５００億円、小学校に放射線測定器を配るために７．４億円を盛り込もうとしている。これらは震災に悪乗りしているようなものだ。なぜ緊急度の順に、例えば、３年計画としないのか？こんな例は他の省庁からも出てくるだろう。大臣と官僚も歳出削減の時代認識が足りない。&lt;br /&gt;　党内野党を抱える野田首相は、従来型予算編成を変えるのにひと苦労を強いられる。予算枠に縛られる企業経営者なら、誰もが「選択と集中」のキーワードを認識している。野田首相にこの言葉を贈りたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;若者よ、アクションを起こせ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　最近、政府関係者から雇用創出の言葉を聞かない。ここで私のささやかな提案をしてみたい。&lt;br /&gt;　一つは、失業中の若者に運転免許証を国費支援で取らせること。返還を求めると回収に役所の事務コストが増えるから渡し切りでよい。こうすれば職種の機会が広がり、いずれ所得税によって投資を回収できる。&lt;br /&gt;　もう一つは、海外から受け入れる研修・技能実習の制度を一時中止することだ。本当かどうか、中国からだけでも２０万人になるという。多くの中小企業では労働者として使っている。中には最低賃金の半分しか支払わず、長時間労働を強いている。彼らは本国で職が得られないので日本に出稼ぎに来ているのが実態だろう。私がかつて改革の経営者を務めた中小企業でも技能実習というより、労働者として使っていた。&lt;br /&gt;　明らかに賃金格差を悪用して日本の若者の雇用機会を奪っている上、日本政府が補助金を出しているという悪制度だ。中国人が帰国後に反日感情を持ったのでは投資効果もない。&lt;br /&gt;　滞米中に８０年代不況と呼ばれた時代を経験した。労働組合を先頭にして、「外国人より自国人を優先しろ」と世論が高まった。外国人排斥に結び付く悪い面があった。&lt;br /&gt;　日本ではこんな世論もないから、日本人はおとなしいと思う。&lt;br /&gt;　政府は即効性がある雇用対策を打て。若者はネットで呼び掛けて自ら勝ち取れ。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4819771848762624091?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4819771848762624091/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4819771848762624091&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4819771848762624091'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4819771848762624091'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/09/blog-post_28.html' title='＃５７　経済政策こそ最重要課題ーー経済が震災と原発事故を支える'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-5935552823010700762</id><published>2011-09-14T11:39:00.007+09:00</published><updated>2011-10-05T07:49:46.054+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１７，９月，２０１１　　大阪人の節電３．８％ーーここに大阪の風土が出たか？</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;br /&gt;　９月に入ってようやく電力危機が終わろうとしています。来る冬に暖房によって再び電力危機に見舞われるかもしれませんが、それまでは一息つけそうです。&lt;br /&gt;　他方、９月になるや台風１２号が襲来、和歌山、奈良、三重の各県に大雨災害をもたらしました。伝えられる災害の規模は自治体の手に負えるものではなく、法律に基づいて「激甚災害」に指定され、国から復興資金の支援がなされるでしょう。金がない国も大変だ。&lt;br /&gt;　それにしても、台風の通過地域にありながら、大阪は今回も災害の被害とは無縁。皆さんはどう思いますか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;関電管内の節電３．８％&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　関西社会経済研究所が行った調査によると、関電が７月以降要請した１５％、政府の１０％の節電目標を大きく下回り、関電管内の節電率は３．８％にとどまったという。全国平均の９．９％にも遠く及ばない。にわかには信じがたい。関電の唐突な要請に対する反発があったかもしれないが、調査に誤りがあるのではないかとさえ思う。&lt;br /&gt;　関電の要請より早く自治体連合の関西広域連合は５～１０％の節電を呼び掛けている。いずれにしてもこれだけの要請に対して企業や市民は応えなかったのだ。&lt;br /&gt;　関電管内というのは地域が広いのであるが、ここでは地域で最大の電力を使う大阪人について書いてみることにする。&lt;br /&gt;　大阪に出戻りしてから１６年になるが、かねがね大阪の風土についていろいろ感じていたことは、どうも大阪人は私の言葉で中益の心に欠けていることが一つだ。中益とは、私益と公益の中間のことで、献身とか奉仕とか崇高な公益の心ではなく、ちょっとだけ公益のために貢献することだ。例えば、前回で述べたように、交通ルールに従って右側を歩き、自転車は左側を走るようなこと。電車では優先座席を年寄りに譲ることもそうだ。誰でもできることだ。&lt;br /&gt;　話を戻すと、節電の心がけも中益ということになる。私は節電率３．８％に大阪の風土が出たと思っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　《追記》この＃１７稿を書き終わってから、もう一つの新聞記事（読売、９／１３）が出た。これによると、関電の８月の販売電力量が前年同月比で家庭用が１６．１％の減少、大口需要家を含めた平均で９．４％の減少だった。&lt;br /&gt;家庭用では７月が１．５％増だったから市民も節電努力をしたのだ。私は一片だけの情報に頼ることは危ないと改めて自省した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;関電の節電要請はなんだったのか？&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　関電の１５％節電要請には私も驚いた。だから突然の大停電が設備に損傷をもたらし、復旧に時間がかかるのだと当初推測した。停電が長引けば、温度と湿度を一定に保たなければならない半導体製造の工場、医薬品の研究所、冷凍倉庫などが、受けた直接被害に対して損害賠償の請求をするだろうと推測した。&lt;br /&gt;　ところが、電力会社の技術者で定年退職した友達に尋ねたところ、電力設備の損傷は起きないシステムになっているとのこと。というのは、需要の増減に応じて発電量も自動的に調節されるようになっているからだ。需要が発電量を上回る時には他の電力会社から送電を受けられるようになっている。最悪の場合でも遮断機が働いて送電が止められ、発電所に被害が出ない。従って復旧に時間がかからない。こういうことだった。&lt;br /&gt;　そうならば、なぜ関電は突然節電要請をしたのか？&lt;br /&gt;　うがった見方をすると、広域行政の節電目標５～１０％では不安があると判断した関電は１５％に上げることで、経営責任を担保したのだと思う。というのは、１５％以下で万が一全停電が起きても需要家に対する損害賠償の責任から免れるからだ。&lt;br /&gt;　現実に東電の賠償責任の影響を受けて、大阪のテレビなどが論理と感情をごっちゃにして騒ぎ、誤った世論がつくられる結果、関電も賠償に巻き込まれる恐れがある。東電が巨額の賠償を負うのは原発事故に対してであり、関電とは事情が違う。また、関東での政府による節電要請には法的強制力があるのに対し、関電に対する政府要請は自主的な対応である点にも違いがある。&lt;br /&gt;　関電が求めた節電要請は、電力事業者として停電をなんとしてでも起こせないという面子か使命感があるかもしれないが、私は会社を守る経営者の判断ではなかったかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;我が家の節電と被害&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　関電からの請求書に書かれた我が家の前月に対する節電率は３０％を少し超えた。&lt;br /&gt;　もともと年初から収入減に備えて経費の節約プロジェクトを実行していた。電気について言えば、スイッチの入り切りを徹底して無駄な消費を抑える、テレビは極力観ない、電球を節電型に換える、などの心がけを実行していた。ただ、電球は切れた機会に蛍光電球に取り換えたが、ＬＥＤは高いので見送った。居間にある二つのシャンデリアには各々３個の電球が付いており、切れた時にだけ蛍光電球に換えるので、まだ２種類の電球が付いて見た目が良くない。&lt;br /&gt;　各地の自治体が役所の蛍光灯を一斉にＬＥＤに取り換えたという話を聞くが、彼らは大量の蛍光灯をどう処分したのだろうか？ＬＥＤをつくるにも相当の電力を消費するので、もったいない気がする。&lt;br /&gt;　さて、こんなところに関電の節電要請が出た。我が家を取り仕切る家内はさらに節電を強化して、原則クーラー禁止をやった。１ヶ月後、私は睡眠阻害でばてた。最近では少し規制緩和になり、寝る時にはタイマーで２時間の使用を許された。それでも節電率は１９％だった。　（完） &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-5935552823010700762?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/5935552823010700762/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=5935552823010700762&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5935552823010700762'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5935552823010700762'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/09/blog-post_14.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１７，９月，２０１１　　大阪人の節電３．８％ーーここに大阪の風土が出たか？'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-7808715365113068436</id><published>2011-09-05T09:16:00.006+09:00</published><updated>2011-09-05T10:10:05.974+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><title type='text'>＃５６　上海たより（３）　中朝国境の町</title><content type='html'> 　日本のメディアが伝えない現地情報についてＩ氏からの寄稿です。今、国連決議によって世界は北朝鮮に対して経済封鎖をしていますが、中国の北朝鮮支援はざるに空いた大きな穴みたいなものです。私の見立てでは、いざ北朝鮮が破綻すれば大量の難民が中国に流れ込む、韓国との３８度線国境が揺らぐなどを中国政府が恐れているのではないでしょうか。&lt;br /&gt;　若者諸君、長文でありますが、貴重な情報を終わりまで読み切ってください。諸君の得意な台詞、「オレには関係ないよ」は危ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ベランダの朝顔の病葉を摘みながら、ふとこの夏を振り返ってみると、中国東北地方の遼寧省そしてコリアに関することに多く触れたことに思い至りました。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　きっかけは、古川薫の小説。それを渡してくれたのは、滋賀県野洲市の得意先社長でした。戦前の上海生まれの氏は、児玉源太郎の信奉者でして、児玉神社や生家跡を山口県周南市（元は徳山市）まで訪ねて行くくらい熱心な方です。徳山小学校を卒業した縁のあることから、児玉公園で同級生の吉田光雄君（リングネーム長州力で知られています。ミュンヘン五輪に韓国代表で出場）たちと草野球をして遊んでいたなどと話すと、とても喜んでくれました。&lt;br /&gt;　その後、社長から児玉源太郎や乃木希典に関する本が届くようになりました。二年ぶりのお会いしたこの夏は、古川薫の『斜陽に立つ』を渡してくれました。司馬遼太郎が偏頗な思い込みや個人的な嗜好を、「歴史」のように仕上げている誤謬を正した書物という位置づけの本でした。主な舞台はやはり日露戦争、そして遼東&lt;br /&gt;半島の旅順でした。&lt;br /&gt;　それと前後して、東京の岩波ホールで羽田澄子監督の『はるかなる故郷～旅順・大連～』というドキュメンタリー映画、というか、戦前に監督自身が送った外地生活の跡を辿る記録映画を見ました。『人間の条件』や『風雪の門』とは違って坦々と旅順や大連を映像化され、声高な意見が聞こえてこない映画でした。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　以前から気になっていた遼寧省丹東市へ出張したのは7月11日でした。25年くらい前に、開発テーマを探そうと、東北三省をかなり奥地まで歩き回ったことがあります。コーリャンで合板を作れないか、良質の広葉樹を探して突板にする、野生黒スグリからエキスを抽出する、滑石（タルク）の第4の鉱区を見つけよう・・・　黒龍江省のソ連国境近くや吉林省の長伯山系の山奥を巡りながら、地元の人から、一つ山越しゃ他国（朝鮮）の町だよと言われ、戦前にこんな所まで鉄道を敷いて、日本人が分け入っていたことに、改めて溜息をついたことを思い出します。&lt;br /&gt;　そのような山間の鉄道を乗り継いで、延吉から通化そして丹東に辿りついたことがありました。それ以来の丹東訪問でした。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　この数年、丹東は注目され続けています。北朝鮮と鴨緑江を隔てただけの国境の町ということもあり、政治的にも経済的にも要地であります。5月に、鉄道好きの総書記が中国各地を訪問した直後に、中朝国境の黄金坪島に共同開発区を作る、という情報が流れ、気の早いマスコミは「いよいよ改革開放か」と騒ぎ立てました。安全保障貿易の観点からも、現地の実態を確認しなければならない、と大連から高速道路を3時間半ほど走り、丹東を訪れました。&lt;br /&gt;　繊維縫製事業で提携しているボスの伝手の御陰で、丹東市政府の要路の方と面談ができました。「極めて微妙な事柄である」と前置きがあり、慎重な言葉の拾い方をした呟きを聴き取らせてもらいました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　・丹東市の開発は、旧区＋新区＋港湾の結合で着々と進んでいる&lt;br /&gt;　・国家事業として東北開発は至上命題であり、その鍵は大連郊外の長興島&lt;br /&gt;　　開発区（次期首相と目されている李克強副首相が遼寧省のトップの頃に、&lt;br /&gt;　　旧満鉄の開発資料を参考に指定された、と長興島開発誘致関係者の話）と&lt;br /&gt;　　丹東開発区である&lt;br /&gt;　・これらの開発は丹東独自のものであり、隣国とは全く関係ない&lt;br /&gt;　・中朝共同の黄金坪開発区のテープカットが6月に行われたのは事実だが、&lt;br /&gt;　　具体的な作業は、未だ緒にも就いていない&lt;br /&gt;　・相手方の立法も資金手当ても為されていない（ようだ）&lt;br /&gt;　・中国からの対朝貿易の約８０％は丹東経由であるが、見返りに安価な労働&lt;br /&gt;　　者を連れてきて、活用しているなどというのはデマである。彼の国の出国&lt;br /&gt;　　規制の厳しさはご存知の通り・・・・・・&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　面談後、ボスの案内で黄金坪島地区に連れて行ってもらいました。&lt;br /&gt;　島と言っても、小川で隔てられている地域で一部は陸続きになっていました。鉄条網と高電圧線で二重に囲まれており、中国語と英語で三ヶ条のお達しの高札がありました。&lt;br /&gt;　①乗り越えてはならない　②物を投げ入れてはならない　③話したり、物々交換してはならない。&lt;br /&gt;　撮影禁止とは書かれていないことを確認して看板を撮りました。&lt;br /&gt;　境界の向こう側は、草茫々で彼方に小さな建物が見えるだけでした。&lt;br /&gt;　とても開発の槌音が響く、といった光景ではありませんでした。丹東側の政府機関や体育館などの構造物と境界の向かいの草地の間に立ち、ボスは一言、「30年前に決心した国と未だに決心が付かない国の違い！」と語りました。柵の隙間から、片足だけ越境（CROSSING)して、役人との会食場へ移動しました。&lt;br /&gt;　とても親密な内輪の人たちだけの会食だったせいか、かなり興味深い話も聴けました。食事途中のアトラクションで、久しぶりに民族楽器の長鼓の演奏などを楽しめましたが、こちらの意識過剰のせいか、００７の世界を前にしているような気分もありました。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　早めに終わった会食のあと、ボスたちと離れて、タクシーで旧区探索に出掛けました。途中にライトアップされていたのは、鴨緑江を跨ぐ二代目の橋であり、列車が通らない時にはトラックが使う、との事。その少し上流に日本が架けたという初代の橋が、朝鮮戦争の際に米軍に空爆された残骸のままにあり、観光名所化している由。&lt;br /&gt;　運転手や足裏マッサージの兄さんに聞いても、異口同音に答えるのは、隣国からの人は外観で直ぐに判る、勲章付きの軍服の団体か選ばれた高官子弟だけ。一般人が来れるはずがない、との言葉でした。またこの地域は元々満州族が中心であり、延辺地区のような朝鮮族が多数を占める土地柄でもないことを教えてもらいました。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　翌朝、朝霧の向こうに広がる緑の土地を眺めました。まさに指呼の間とはこの事と感じる実質的な距離と、政治が隔てる距離の違いの大きさに改めて不条理を感じました。1959年12月から始まった北朝鮮帰国事業で総計9万3340人の在日コリアンや日本人配偶者が「帰国」（菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業　「壮大な拉致」か「追放」か』中央公論新社より）。その中には『キューポラのある街』で吉永小百合・市川好郎が演じた姉弟の子分のサンちゃんのように新潟港向かった子供もいたでしょう。また、二十歳頃から交流のあった在日コリアン夫婦が突然音信不通となり、旦那が勤務していた北朝鮮系貿易会社に尋ねに行っても、そんな人が在職していた事は知らないといった鉄仮面の反応は今も鮮明です。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　直後の東京出張の際に、ソウルオフィスの責任者に決まったO氏と新宿で韓国映画を観てから、彼の案内で新大久保のコリアンタウンで会食しました。&lt;br /&gt;　名作『鯨とり』が23年ぶりにリバイバルされるという週末でしたが、客は我々を含めて3人だけでした。『鯨取り』は大阪天六で、やはりO氏と二人で観て以来。主演のアン・ソンギはその後国民的俳優として信頼を集めており、『祝祭』『シルミド』そして小栗康平監督の『眠る男』にも出演（楽しみに観に行きましたが、ずっと眠るだけで台詞なしでした）。『鯨とり』で失語症の娼婦役を好演したイ・ミスクは、現在では「美人だけどイケズなオバサン役」に嵌まっているとは、O氏の受け売り。1988年のソウル五輪前の混乱期閉塞期の韓国の映画は骨太でした、とは現在の韓流映画についていけないイケズなオッサンの抵抗の弁です。&lt;br /&gt;　そして、日本女性のグループがマッコリをぐいぐい呑んでいる、コリアとの接点の一つの新大久保へ。丹東の話をするには、雰囲気があまりにもアッケラカンとしすぎて、彼我の落差を感じるばかりでした。ましてや、コリア問題の源流の一つは日清・日露戦争に遡るのではないか？といったことを話題にしていたグループは居なかったでしょう。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　8月21日の日経新聞には、お召し列車でロシアに向かった総書記の動きとともに、「黄金坪は6月の着工後2ヶ月を過ぎても、造成などを進める動きはない（中国側丹東の経済関係者）」という記事が載っていました。&lt;br /&gt;　ただ、鴨緑江に架かる現在の橋の下流には、大型の橋が建設中であり、丹東側は橋から、そのまま大きなスペースの土地に直行できる閉鎖型の道路が造成中でした。極めて微妙な問題なので軽率な分析は控えるべき&lt;br /&gt;でしょうが、「保税区」に仕上がるのではないか？と推測しました。&lt;br /&gt;　また国務院新聞弁公室編集の『中国的対外援助』（2011年4月人民出版社）には、2万３０００文字のなかで、2ページ目の序言に「朝鮮」の２文字が記載されているのみで、統計や文章はアフリカ、南米、東南アジアに対する援助についてのみでした。ここにも極めて微妙な問題扱いの一端を観察するのは穿ちすぎでしょうか？　丹東の関係者に感謝するとともに、今後の動向は一筋縄では無く、定期的な注視が必要だと感じています。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　（了）&lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;br /&gt;　&lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;br /&gt; &lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-7808715365113068436?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/7808715365113068436/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=7808715365113068436&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/7808715365113068436'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/7808715365113068436'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/09/blog-post.html' title='＃５６　上海たより（３）　中朝国境の町'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6071910291793161259</id><published>2011-08-28T15:02:00.005+09:00</published><updated>2011-08-31T08:20:17.074+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='民主党'/><title type='text'>＃５５　原発ヒステリーに染まるな――危ないメディアの構造</title><content type='html'>　日本全土がメディアによって性急な脱原発に煽られ、それはヒステリー症状を呈しています。メディアは我々を原発に賛成か、反対かの二者択一に追い込み、さらに賛成派は悪で、反対派は善という色分けを強めています。&lt;br /&gt;　若者諸君、なんでも世の中が一方的に流れたら、警戒する必要があります。こういう時には、「待てよ」と立ち止まってください。&lt;br /&gt;　皆さんがこの稿を読まれる時には民主党の新代表が決まっているでしょう。反原発だけには候補者間に対立はなく、争点にはなっていません。しかし、原発は国政の課題の中でほんの一部です。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;脱原発の前に技術開発が必要&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　核兵器がいつの日か世界において廃絶されることは万人の願いだ。これに何人も異論を持たない。核が安全保障のための抑止力になっているとは言え、我々の生活には直接必要がないものだ。&lt;br /&gt;　他方、原発からはこれまで４０年の間、生活に直接恩恵を受けてきた。東日本大震災がなければ、今のように性急な脱原発運動はこれほど大きくならなかっただろう。&lt;br /&gt;　菅首相の発言を伝える新聞では、彼は「脱原発」という言葉を使っていない。「原発依存の社会を変える」と言っている。例によって、メディア、中でもテレビが世論を煽るためにつくった造語だろう。テレビの出演者たちがこれに悪乗りした。彼らの多くは脱原発でテレビに出て飯を食っている。きわめて少数派が性急な脱原発に流されない発言をしたとしても、勢いの中では消されてしまう。&lt;br /&gt;　今、脱原発のためには代替の発電が必要という当たり前の議論はさておいて、私はもっと重要なことが見落とされていると思う。&lt;br /&gt;　世界を見るといい。中国は無理があると思うほど急激に原発の建設を推進しているし、ほかにも原発技術では中後進国が原発を推進している国があまたある。日本も含めて先進国のメーカーが原発を建設しても、その後の保守技術がついていかない。特に、中国の安全技術は危ない。原発技術者の底辺がせまいからだ。もし中国で原発事故が起きれば、放射能が黄砂に乗って日本に流れてくることに対しては防ぎようがない。&lt;br /&gt;　日本だけではなく、世界的に原発が衰退するとなるなら、新たに専門技術者が原発の仕事を選ばなくなるだろう。原発技術からの人離れをどう止めるのか？&lt;br /&gt;　そのために日本が貢献できることがある。&lt;br /&gt;　それは今回の原発事故から学んだ安全技術を総括した上で、さらに研究を進めることだ。具体的には、既存の原発の安全性を高めるほかに、使用済み燃料の処理技術を開発することだ。「もんじゅ」の再処理炉が行き詰まっているが、従来の発想にとらわれない気鋭の技術者を投入して開発を完結することだ。さもなければ、使用済み燃料棒が世界でどこまでも増え続けることになる。&lt;br /&gt;　それでも、いかに処理しても最後には放射能廃棄物が残る。これが原発の究極の問題だ。だからこそ、廃棄物を最小にする再処理技術が必要なのだ。日本はこれによって世界に貢献できる。&lt;br /&gt;　若者よ、千年に一度と言われる大震災に過剰反応するなかれ。若い世代の技術者に世界貢献に挑戦することを強く望みたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;菅首相の功罪&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　菅首相の功績に関しては、メディアは罪だけしか報道しなかった。&lt;br /&gt;　ところが、首相には大きな功績がある。現実と幻想の違いさえ見定められない鳩山前首相の後を受けて政策を大きく転換したことだ。私は、同じ政党の首相が前首相とまるっきり反対の政策に変えた例をほかに知らない。&lt;br /&gt;　因みに、鳩山前首相の理念と政策を思い出してみよう。&lt;br /&gt;　「命を守る政治」、「友愛外交」、「アメリカと中国に等距離の外交」、「ＣＯ２ガス２５％削減」（彼は原発維持だったのだろう）、「普天間基地の県外移転」など。&lt;br /&gt;　今日の日本を見れば、彼がいかに国を危うくしたか分かる。菅首相も民主党もよくぞ彼を首相から降ろしてくれたものだ。&lt;br /&gt;　ところが、菅首相は東日本大震災以後、首相から市民運動家に変身してしまった。&lt;br /&gt;　広島と長崎の平和式典において、さらに福島（東京だったか）の反核集会でも反核と反原発をごっちゃにして演説した。退陣の腹を決めてからの最後っ屁だったか。&lt;br /&gt;　菅首相はよく耐えた。なにしろ、会社の取締役や大組織のリーダーも経験したことがない閣僚に足を引っ張られた。中立であるべき西岡参議院議長からは背中に矢を撃たれた。取締役（閣僚）が取締役会（閣議）で社長（首相）に対し、反対意見や批判を述べることは許されるが、外部のメディアに対し発言することはもってのほか。こんなこともわきまえない閣僚の無知さよ。&lt;br /&gt;　若者諸君よ、この経済危機にあって、鳩山前首相も菅首相も、そして直接責任者の海江田経産大臣も、雇用創出をはじめ景気回復などの経済政策には手を打てなかったことは、諸君たちに不幸だった。声を挙げてほしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;次期首相&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　よもや経済評論家、テレビキャスター出身の海江田大臣が首相に選ばれることはないだろう。祈りたい。&lt;br /&gt;　いまだ政局と選挙にしか頭が働かない小沢元代表と、頭の構造がおかしい鳩山前首相に操られる首相なんて悪夢だ。両者に共通する点は経済音痴だ。&lt;br /&gt;　小沢組長の睨みと金縛りで自主意志を抑えられている新人議員たち。無記名投票の代表選挙で自主投票をやれるかどうか。新人議員たちよ、新しい次代の政治に挑戦してほしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6071910291793161259?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6071910291793161259/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6071910291793161259&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6071910291793161259'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6071910291793161259'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/08/blog-post_28.html' title='＃５５　原発ヒステリーに染まるな――危ないメディアの構造'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-2117394900056590426</id><published>2011-08-14T10:53:00.006+09:00</published><updated>2011-08-28T08:55:09.112+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１６，８月、２０１１　　大阪の自転車無法化ーーかつて大阪市民は動いた</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;新聞が「自転車事故が１０年で７倍に増加」と報道しました。多分、大阪府内の自転車事故数は全国最悪かもしれません。&lt;br /&gt;　私は１４年前に刊行された小著『大阪がかわる　地方がかわる』の一節「自転車無法地帯を行く」で自転車の法規無視に驚いたことを書いています。それから改善されるどころかまだ悪くなっています。最近、警察は全国的に自転車利用者に法律を守らせることを重点課題に掲げました。成果に期待したいですね。&lt;br /&gt;　今月は大阪の交通に関する話題を取り上げてみます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;かつて大阪人は改善に動いた&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　私が高校生の頃だったか、大阪市は車の警笛が鳴り響く騒音の町だった。&lt;br /&gt;　それがある日、条例か、行政指導か、大阪市民運転者が全面的に協力して警笛を自粛し、今日のように町が静かになった。勝手気ままな市民もその気になればできるのだ。&lt;br /&gt;　ところが、自転車走行者はもっとたちが悪い。私が住む茨木市では交通マナーの悪さは自転車、歩行者、バイク、車の順だから警察の努力がどこまで通じるか。中でも女の自転車走行者の間に右側通行、一旦停止無視、携帯電話をしながらの走行が常態化している。警察は彼女たちを甘やかさないでほしいものだ。&lt;br /&gt;　１４年前に執筆の調査で警察署を訪ねた時、なぜ自転車の法規違反を取り締まらないのか、訊いた。すると、担当警察官は取り締まり困難の理由を二つ挙げた。一つは、違反件数が多過ぎて手に負えないこと、他は送検しても裁判所が取り上げないことだった。この状況は今も変わらない。それでも、ダマテンで取り締まり日を決めて罰金切符を出せば効果があるはずだ。&lt;br /&gt;　私も小路の角で右側走行で曲がってきた女に痛い目に遭わされたことがある。それ以来予期して衝突を避けたことは何度あったか。ある時、穏やかに「自転車は左側だよ」と忠告したら、「放っておいて」と言われた。&lt;br /&gt;　もう一つの例。住宅地の小路を通っていた時、交差するさらに細い小路から自転車が飛び出してきて、私の自転車の前輪に接触した。一旦停止もせず、右左も確認しない年寄りの女性だった。無知なのか、勇敢なのか？私は詫びる彼女に言った。「これがね、車だったら塗装に傷をつけて、３万か４万円の修理費を請求されるよ」と。彼女はただ「そうなんですか」と言っただけ。&lt;br /&gt;　恐いことは、刑事犯罪者と違い、自転車走行者は普通の市民であり、違反者の底辺が広いことだ。中には法律さえ知らないのが少なくないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;短期の駐輪場が増えた&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　大阪市も当市も歩道に不法駐輪する様が目にあまった。障害者用の道もお構いなし。歩道の一部に自転車専用道を設けると、ここにわんさと不法駐輪する不届き。&lt;br /&gt;　茨木市においても不法駐輪対策は長年の課題だった。対策として不法駐輪車をトラックで運び、違反者に不便と罰金を課してきたが、効果に限界があった。「オレは３回やられた」という常習者が後を絶たないことから、私は他市で見た短時間専用の駐輪施設をつくることを提唱していた。「市民は一日に１００円の駐輪費を惜しまないが、３０分には金を払いたくない」という心理に行政が応えなければ問題解決にならないからだ。　最近、段違いの枠に駐輪する施設が増やして、行政の対応がめざましい。&lt;br /&gt;　他方、市民のマナーの悪さは変わらない。私は大人をあきらめて小学校から交通法規の教育を強化することを提唱している。自転車に限らず、「法律を守らなければならない」ということを教える。次代には改善されることを期待するほかなさそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;なぜ左側を歩くか&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　大阪市でもどこでも多くが左側を歩く。なぜなのか？&lt;br /&gt;　法律遵守の意識が弱いこともあるが、地下鉄やＪＲの駅ではわざわざ左側通行を指示していることも弊害になっている。おそらく、人の流れを考えると左側通行がなめらかになる、と考えたのだろう。私は検証もしない机上だけの考えだと思っている。こういうところは実に歩きにくい。&lt;br /&gt;　そこで、「人は右、車は左」という原点に帰って、歩行者の右側通行を徹底してはどうか。現状より悪くなることはないだろう。&lt;br /&gt;　私の考えに対して、かつて知人は「大体やな、生理的に人は左側を歩く方が快適なのや。ほら、競馬でも左回りが多い。馬の習性に合っているのや」と言った。人と馬、私は今も本当にそうなのか？と頭が混乱している。&lt;br /&gt; 人か馬か、生理論はどっちてもいい。要するに、各自が勝手に法律を解釈して違反を正当化するなら、世の中が乱れるのは当然だ。今ある法律が気に食わないのなら、法律を変える運動を起こせばよいのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;一世代前の大阪人は先駆的だった&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　警笛規制に協力して大阪を静かな町にした先人にならって、大阪の交通混乱を改善しよう。警察の取り締まりに期待するより、今の大阪人も改善の実行ができるはずだ。&lt;br /&gt;　かく言う私は、大阪人の一人としてどう実行しているか？先ず、法律を守らない自転車走行者や歩行者に対しては改善をあきらめている。次に、自分の身に降りかかる火の粉は払う。例えば、右側通行で来る自転車に対しては道を譲らない。大抵、あわてて左側に変えてくれるが、中には衝突寸前まで突っ張ってくるヤツがいる。終わりに、交通法規はバカ正直に守る。ただし、市街地の歩道を走る法規違反をしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;《情報交流》&lt;/strong&gt;美術愛好者からの情報。大阪市立近代美術館の心斎橋展示室という施設があり、８月３０日まで所蔵品の一部を展示しています。地下鉄心斎橋駅から長堀通を東へ徒歩５分、東急ハンズの隣りです。私も今週甲子園観戦の帰りに絵を観てきます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-2117394900056590426?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/2117394900056590426/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=2117394900056590426&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2117394900056590426'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2117394900056590426'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/08/blog-post.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１６，８月、２０１１　　大阪の自転車無法化ーーかつて大阪市民は動いた'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-5228803289522218885</id><published>2011-07-30T10:28:00.007+09:00</published><updated>2011-10-29T08:49:57.844+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='小説エッセイ'/><title type='text'>＃５４　小説『オー、マイボーイ』－－アメリカの高校野球</title><content type='html'>　来週６日から第９３回高校野球の夏の甲子園大会が始まります。また、私の小説『人間機関車・呉昌征』（「岡本博志で検索すると最初の頁の中ほどにある）で書いた台湾の嘉義農林が甲子園に初出場して準優勝したのは１９３１年のことですから、今年で８０年になります。&lt;br /&gt;　この記念すべき夏に、嘉義農林（今は嘉義大学）の学長とＯＢ会一行２４人が、入場式を観るため甲子園を訪問します。&lt;br /&gt;　さて、甲子園はさておいて、今回は私がバッテリーコーチをしたアメリカ高校野球部を舞台にして、野球部員との交流を題材にする小説を披露します。日本の高校野球とは違いが大きいことに、皆さんも興味を持たれると思います。&lt;br /&gt;　お断りしますが、東部のペンシルベニア州は高校野球の本場ではないので、南部から西部に広がる野球王国の事情とは違いがあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　&lt;span style="font-size:130%;"&gt;　&lt;strong&gt;小説『オー、マイボーイ』&lt;/strong&gt;　岡本　博志&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　&lt;br /&gt;　　　　１．アメリカの町へ最後の訪問&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　２００９年の六月初旬、３年振りにピッツバーグ空港に着いた。予約してあった一週間割引きのレンタカーを借りた。日本からインターネットで予約できる。便利になったものだ。&lt;br /&gt;　サマータイムの時期で日が暮れる９時頃までたっぷり時間がある。現在はスポーツ作家になっている駿河博之は、当初の予定を変えて回り道をすることにした。いつもは空港からフリーウエイのＩ７９号線でかつて住んでいた町に向かうのであるが、５１号線でピッツバーグ市街を抜けて、そこからＩ７９号線に向かう。&lt;br /&gt;　彼は日本から訪ねてきた親戚や友達が訪れた時には、この経路を取って驚かすことを楽しみにしていたものだ。空港から車で３０分、世間話をしながら運転する。工場やショッピングモールが散在する郊外の風景を見ながらトンネルに入る。ここで彼は居眠りしている客に声をかける。&lt;br /&gt;　「トンネルを出るよ。よく目を開いて！」と。&lt;br /&gt;　トンネルを出ると、そこには景観が一転して、突然三本の川に囲まれたピッツバーグの美しい市街が目に飛び込む。遠来の客はここで驚きの歓声をあげる。《懐かしいな》、もう遠い日のことだった。&lt;br /&gt;　広域ピッツバーグと呼ばれる都市圏は２００万人と言われるが、市域が狭いので、市そのものは人口５０万人の都市である。ダウンタウンと言われる中心部には高層ビルが林立して、いかにも大都市の景観がある。駿河が家族とともに移住した７０年代末には、ピッツバーグの製鉄業を始め経済はどん底にあり、町はみすぼらしかった。《よくもまあこんなに様変わりしたものだ》&lt;br /&gt;　トンネルに続いてすぐに交叉する三つの川の一つに橋がかかっている。左には大リーグのパイレーツのホーム球場が見える。かつてのスリーリバー球場は駿河が帰国した後に新しく建設され、今は市民球場と呼ばれる。&lt;br /&gt;　《懐かしいな》とまた独り言が出る。あの頃はパイレーツの黄金時代だった。ウイリー・スタージェル、デーブ・パーカーの強打者がいてワールドシリーズに勝った。《あの名監督の名が出てこない。息子は町にある大学でフットボールの監督をしていて隣人だった。今はどうしているかな》&lt;br /&gt;　次の時代にはボビー・ボニーヤとバリー・ボンズの強打者が活躍した。&lt;br /&gt;　《ボニーヤには空港の駐車場で会ったな》&lt;br /&gt;　彼は駿河の車の隣りから黒のポルシェのコンバーティブルで出るところだった。気軽に話しかけてきた。&lt;br /&gt;ボンズはサンフランシスコ・ジャイアンツに移り、生涯本塁打数の大リーグ新記録をつくったが、薬物使用の疑いで新記録が色あせた。パイレーツ時代はもっと細身に見えた身体で、友達が彼のホームランを「１０フィートのホームラン」と呼んでいた。計ったようにフェンスを１０フィート超えることが多かったからだった。それがジャイアンツでは肥満体の体型になり、ホームランは場外の海に飛び込むようになった。駿河もステロイド系の筋肉増強剤のせいではないかと疑いを持つ一人だった。&lt;br /&gt;　《遠い日のことになったな》&lt;br /&gt;　突然、駿河の記憶がよみがえった。&lt;br /&gt;　《あれはチャック・タナー監督だ。パイレーツ黄金時代を築いた監督。町のスポーツ関係者の会合で講演に来てもらった。今はパイレーツも落ち目になったな》&lt;br /&gt;　こんなことを回顧している間に、１５分もすると都市の景観が田園の風景に変わった。フリーウェイＩ７９を出てから一時間半で目指す町に着く。途中一つか二つの町が遠くに見えるほか、丘陵と農地が広がるだけで新緑の木々が美しい。最後の機会になると思い、借りたＧＭのフルサイズ車は音も揺れもなく高速道路のドライブは快適だった。&lt;br /&gt;　隣りに座っている妻は無言だった。&lt;br /&gt;　あの頃、海外出張や日本から帰る時、高速道路の出口に出る手前で、山の間に見えるミッドビルの灯を見ると、《ああ、マイタウンに帰った》とつぶやいた。&lt;br /&gt;　今、夕日に照らされる町を見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　２．ケンと再会&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今回は町から車で２０分の郊外にある古いリゾートホテルに一週間泊まることにした。１８６０年代に近郊で世界最初の原油汲み上げ技術が開発され、石油産業が栄えた時代に建てられた。ホテル敷地にある劇場ではオペラが上演された。&lt;br /&gt;　１９７８年から子供二人と夫婦の４人で１７年半住んだ町から帰国して１５年が経っていた。駿河が久しぶりに町を訪ねて一週間滞在した時、ケンを昼食に招いてレストランで会った。&lt;br /&gt;彼はすでに教員を定年で退職して、「近くの町に住む孫二人の遊び相手が仕事さ」と言い、軽い認知症にかかっている奥さんの世話をしているという。彼の善人さと明るさは少しも変わっていなかった。&lt;br /&gt;　ケンは長年ミッドビル高校野球部の監督を務め、駿河をコーチに就任することを説得した。&lt;br /&gt;　「ハンクも歳をとったな。あれから２０年も経ったとは信じられないね」&lt;br /&gt;　駿河は博之と同じイニシャルであることから、アメリカではハンクの名前を使っていた。&lt;br /&gt;　「ハッハハ、歳はお互いさまだよ」&lt;br /&gt;　それから、ケンが野球部の昔話を始めた。&lt;br /&gt;　「あの頃は野球部のピークでね。あなたがコーチを辞めてから優勝もした。しかし、その後はキッズの熱意も下がって面白くなくなった。オレも監督として意欲を失った」&lt;br /&gt;　「そう言えば、ケンは３Ｄと言ってキッズによく気合いを入れていたね」&lt;br /&gt;　３Ｄとは、その頃、町の経営者たちも口にしていたことで、Duty（義務）、Dedication（献身）、Discipline（規律）のことだ。駿河は彼に「それは武士道だね」と言った。彼は日本では３Ｄが少しは生きているように思っているが、「そんなことはない。社会が豊かになり、戦争の緊張が無くなると、どの国でも人心は緩むものさ」と話したものだ。&lt;br /&gt;　駿河は町の会合に招かれて講演する時には、Determination（決意、覚悟）とDignity（尊厳）を加えて５Ｄに変えて話した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ケンの話は、当時の部員の消息に移った。私もジョージとロニーについて訊きたいことだった。&lt;br /&gt;　ケンは数年前にフロリダにバケーションで滞在した時、車を飛ばしてジョージに会いに行った。ジョージは地域で中流とされるレストランのウエイターをしていた。主任の一人に昇進した。&lt;br /&gt;　ケンが会話の中で、彼は日本に行かなかったことを後悔していないかと尋ねると、ジョージは「多少後悔の気持はありますが、野球の実力にも自信がなかったし、やはり恐かったです」と答えたという。&lt;br /&gt;　ジョージは野心に駆られるタイプではないから、ウエイターのようにこつこつとキャリアを積んでいける仕事が合っているだろう。それに彼は客に好かれる。ケンはジョージが会話にうまくなったと評価していた。&lt;br /&gt;　もう一人のロニーの消息はまったく分からないとケンは言った。駿河が知らないことであったが、テキサスの大学で野球部に入った後、シーズンの途中で監督を殴って退部になったという。野球部員として大学に推薦で入学したのだから、当然、大学からも退学させられた。&lt;br /&gt;　アメリカの大学運動部はほとんど強力なNCAA（全米大学運動協会）に支配されており、各大学の運動部長の人事までNCAAが権限を持っている。駿河はNCAAの内情を詳しく書いた『NCAA株式会社』というタイトルの本を読んだことがあり、時には学長の権限も及ばないと書かれていた。&lt;br /&gt;　「ケン、私はロニーを怒らせてマウンドで殴られそうになったことがあるよ」&lt;br /&gt;　「オレも憶えている」&lt;br /&gt;　「あの時ロニーはよく我慢したな。大学でもどんな時でも我慢しろよ、とロニーにアドバイスしたのに残念だ」　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ケンと別れてから、車を停めてダイヤモンド公園を散歩した。１００年以上も経ち、威厳がある裁判所、教会、図書館などに囲まれた公園の森は新緑が美しい。町の式典行事、パレード、コンサートなどが行われる場所でもあった。週末の夜には、高校生がたむろして騒ぎ、周囲を車の群れが走り回る。&lt;br /&gt;　駿河は冬の公園が好きだった。皮のオーバーのポケットに手を入れ、凍てつく雪の地面をよく歩いた。古いフランス映画のシーンに出演しているように思った。&lt;br /&gt;　もうこの町を訪ねることはないだろう。&lt;br /&gt;　あれは夢か幻だったか。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　３．町のリトルリーグ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ミッドビル市は人口が約２万人、隣接する町村を入れても３万人の小さな地域だ。東部中央三州の一つ、ペンシルベニア州の北西端に位置し、北に４０分もドライブするとエリー湖に出る。そこから北はカナダだ。&lt;br /&gt;　冬は長く、寒い。北米では二番目に寒いゾーンに入り、時にサブゼロと言われる厳寒の日が続く。サブゼロとは華氏０度のことであるから、摂氏で言えばマイナス１８度になる。雪もよく降る。&lt;br /&gt;　４月はまだ寒く、春とは名ばかりであるが、それでも野球のシーズンが始まる。リトルリーグの選手が公募されて新しいチームの編成が始まるのもこの頃だ。&lt;br /&gt;　ジョージも駿河の息子ヒロもサン・チームに加わった。ジョージは投手と捕手、ヒロはショートか投手だった。ジョージの捕手は友達の監督に駿河が勧めた。&lt;br /&gt;　１チーム１２~３人の少数編成で町に６チームがある。各々レストランや地元の会社がスポンサーになって資金を出している。&lt;br /&gt;　どの監督もうるさい親たちに悩まされる。ある日、新聞に出た漫画はこの事情をうまく表現していた。&lt;br /&gt;　「よいか、リトルリーグの監督の心得はだな、子供を大人のように扱い、親を子供のように扱うことだ」と。&lt;br /&gt;　監督は親たちを気遣って全員を試合に出さなければならず、試合に勝つことと全員起用を両立させることになかなか苦労する。「子供たちが楽しむ」ことがモットーのリトルリーグでは、へたくそな選手の起用で試合を失うこともある。&lt;br /&gt;　四月初めから始まったリーグは、６チーム２回ずつの総当たり戦で週末だけに試合が行われる。リーグが始まると、試合がない週を除いて練習はしない。&lt;br /&gt;　何しろ５回くらいの練習をするといきなり本番の試合に臨むのだから、チームプレイどころではない。特に投手はまだフォームも固まっていない。どのチームの投手も立ち上がりにコントロールが定まらず、順調にスタートしても試合中に突然ストライクが入らなくなることは常のことだ。&lt;br /&gt;　ある監督がぼやいていた。&lt;br /&gt;　「キッズ（子供のこと）は始めのうちみんなピッチャーになりたいと言い、いざ試合になるとみんなピッチャーをやめたいと言う」と。&lt;br /&gt;　ジョージが投手の時には捕手が二塁に投げるようなスナップを利かしたフォームで投げるので、まだ安心して見ておられた。ところが、彼も突然ストライクが入らなくなると気が弱い面が出て、ストライクを狙うあまり小さなフォームがますます小さくなった。&lt;br /&gt;　ベンチに半分泣きべそをかいて帰ってきた彼に、ベンチのすぐ後ろにいた駿河が、ささやくようにして言った。&lt;br /&gt;　「ジョージ、ストライクが入らなくなったら、腰を使ってフォームを大きくするんだよ。ホームプレートの真ん中あたりをどこでもいいから楽に投げるんだ。力を抜いて大きく、大きくだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ジョージが１２歳、ヒロが１１歳になった年、１９８３年だったか、６チーム中３位だったサン・チームからこの二人がオールスターに選ばれた。それからミッドビルの代表チームとして近隣の代表チームとトーナメント形式で週末毎に試合が進められる。&lt;br /&gt;　最初の試合では二人とも先発から外された。みんな選抜された選手たちだから、これは仕方がない。しかし、打力中心に選ばれたように見える中で、駿河には二塁手の派手な守備が気になった。恰好だけで試合前の練習から球をこぼしていた。試合になると予感が当たった。簡単なゴロをはじいた。最終回の５回表、ツーアウト２、３塁に走者、二塁手のジェイに代えてヒロが代打に出された。ヒロはファウルで粘った後、ライト前にヒットを打ち、二人の走者を帰して５対４で逆転した。&lt;br /&gt;　その裏相手チームの攻撃、ツーアウトで満塁になったところで、エラーをしたレフトに代えてヒロが守備についた。駿河はヒロが守ったこともないレフトの守備に入ったことに驚いた。ジョージは４回から救援投手として投げていた。&lt;br /&gt;　打者がレフトの左にフライを打ち上げた。駿河はどきっとした。ヒロは後ろ向きに数歩下がると向き直って構えた。その間にランナーは走っていた。ヒロは落ちて来る球を胸の前で拝み取りした。駿河は背走する外野守備を教えたことはなかったのでびっくりさせられた。ジョージは次の打者を三振させて、これで勝利した。　&lt;br /&gt;　次週には郡内の別の代表と試合。驚いたことに、またジョージもヒロも先発しなかった。懲りずに二塁手はザル守備の選手を出した。この試合でも、大差で敗戦が決定的になったところで、ジョージは救援、ヒロは代打に起用されただけだった。&lt;br /&gt;　ジョージとヒロのシーズンはこれで終わった。&lt;br /&gt;　郡の中で勝つと、他の郡の代表とプレーオフが続き、州代表の決勝に当たる州西部と東部の代表が対戦する。さらに勝者が各州代表と対戦して、最終的に東部代表が決まる。この東部代表がペンシルベニア州の内陸中央部にある小さな町、ウイリアムスポートで８月下旬に行われるワールドシリーズに出場する。遠い、遠い道のりである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　４．ジョージが高校生に&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ジョーシとリトルリーグ以来町で立ち話をすることはあったが、中学生に資格があるボーイズ・リーグで野球を続けていると言っていた。中学には野球部がない。他の運動部もない。サッカーもレスリングも地域の市民が支えている。&lt;br /&gt;　ジョージとはチームメートであった駿河の息子ヒロはリトルリーグを最後に野球から離れた。学生時代に野球選手をしていた駿河が残念に思って理由を尋ねたことがある。&lt;br /&gt;　「ボクは身体が小さいし、野球は監督が公平に見てくれないから、もう野球は嫌になったんだ。野球のシーズンには好きなテニス部に入ることに決めたよ」&lt;br /&gt;　実際、リトルリーグの監督たちには素人が多かった。町の代表チームであるオールスターには各チームの強打者を選んだ。守備がうまいヒロは辛うじて選ばれた。　　&lt;br /&gt;　余談になるが、数年前、巨人がトレードで獲得した強打者を何人もそろえた時、駿河は「まるでリトルリーグのオールスターみたいだな」と思った。&lt;br /&gt;　その後、ヒロは町の少年テニス大会に出て活躍していた。親友のマイケルとは良いライバルで、二人は大学のテニスコーチから個人レッスンを受けていた。&lt;br /&gt;　アメリカでは、中学３年は高校１年（フレッシュマン）と呼ばれる。&lt;br /&gt;　ヒロとマイケルは卒業まで４年間テニス部のレギュラーとして高校対抗戦に出場した。&lt;br /&gt;　ヒロは春から夏のテニス部のほかに、秋から冬にはレスリング部に属した。彼は小学校から町のレスリングチームに入って試合に出ていた。彼だけではなく、この町の高校生は二つか三つの運動部に属して、一年中、スポーツ漬けの生活をしている。&lt;br /&gt;　親の一人は、「ヤツらは忙しくさせておけば、トラブルを起こす暇がないからね」と駿河に言ったものだ。&lt;br /&gt;　もっともジョージのように経済的に貧しい家庭では、頻繁な車の送り迎えができないので、一つの種目に参加することが限界だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　１９８７年、確か、３月に駿河はジョージに再開した。でかくなっていた。１８５センチだという。&lt;br /&gt;　駿河はこの年、高校野球部のバッテリーコーチに就任していた。前年の秋に監督のケンから呼び出しがあった時、監督を引き受けるように要請された。彼とは親しい間柄だった。&lt;br /&gt;　「オレはもう８年も監督をやつてきたから、疲れたというか、飽きてきた気がする。ここらが交代の時かと思うんだけどね。ハンク、引き受けてもらえないか」&lt;br /&gt;　「エッ、私が。助監督のマークがいるじゃないか」&lt;br /&gt;　「彼は、知るだろう？野球をあまり知らない。荒くれキッズをリードすることには向かない」と言った。&lt;br /&gt;　「待て、待て。そんな大役を、まして日本人の私がやれるわけがない。私は無役のコーチなら２年くらいなら引き受けてもよいが。リーダーのあなたの技術補佐というところだな」&lt;br /&gt;　「うーん、やっぱり監督はだめか。しかし、陰のコーチというのでは物足りないな。バッテリーを面倒見てもらうコーチを引き受けてもらえないか。オレはピッチャーのことはよく分からないから、これなら助かる。気分も新しくなるよ」&lt;br /&gt;　「うん、それならやってみよう。２年くらいならどうにかなると思う」&lt;br /&gt;　この日はこれで彼と別れた。学校に正式に手続きを取ってもらうことになった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　まだ寒い３月２日、外には雪が舞っていた。この日、体育館に約４０人の入部希望者がトライアウトに集まった。顔ぶれを見渡してみると、みんなリトルリーグ経験者であるはずなのに、駿河が知っている顔が少ない。リトルリーグが狭い地域であるのに対し、高校は学区が広域になるために、各地のリトルリーグ出身者が多いからだろう。&lt;br /&gt;　監督のケン、バッテリーコーチの駿河、助監督のマイケルの三人で選考が始まった。バッテリーの選考と采配は駿河に任せるとケンが言ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　５．トライアウトに臨む&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　バッテリーコーチに就任して駿河が初めて野球部員たちの前に顔を見せる日が来た。トライアウトと呼ばれる入部希望者の選考のことであり、野球部の定員が１８人に定められているので門がきわめて狭い。&lt;br /&gt;　駿河は当時のことをコーチ日記と称して日々の出来事や初めて知った町の野球事情を書いている。これをもとに選考の模様と町の高校野球について紹介してみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この町では高校野球は特異な地位を占めている。各地区の代表チームが対戦するプレーオフに入るまでは、一般の関心は低く、多くて５０人くらいの観衆しか集まらないほど人気がない。ところが、一般の人気のなさとは対照的に生徒の間での野球部志望熱はきわめて高い。腕に覚えがある野球選手にとっては、この町で数多くある組織化されたチームの中で、技術レベルで頂点に立つ高校野球を目指すことは当然のことであるかもしれない。&lt;br /&gt;　彼らは例外なく９歳でリトルリーグ野球の年少部に入り、高校の全学区では同年の他の仲間１５０人とともに硬球に接し始める。上級のボーイズリーグの最終年には約４０人がリーグを終え、ここから３，４人が選ばれて高校野球部員になるのである。春になると、背中に野球部と高校運動部のニックネームであるブルドッグズと書かれた真っ赤なジャンバーを着て、彼らは誇らしげに町を歩く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　３月１６日、体育館でトライアウトが始まった。駿河の周りには１０人の志望者が集まった。その中にジョージがいた。&lt;br /&gt;　前年のチームからはシニア（高校４年、日本の３年生）が３人しか卒業しなかったので、ケンからバッテリーの新入部員の枠は二人だと言われていた。地域の高校リーグにはレターメン制度と言う慣行があり、一度部員に選ばれると本人が辞めない限り、部員の地位が保障される。これがチーム強化の妨げになっていて年によって最上級生が多すぎることがある。この年はそういう編成になっていた。&lt;br /&gt;　１０人の候補者にピッチングと、駿河が投げるゴロの捕球練習をやらせた。駿河の経験ではフットワークは運動能力を見る目安であり、フットワークが悪い選手は伸びる可能性が少ない。本当は５０メートル走、遠投、握力の三つを知りたかったが、場所も時間もなかった。&lt;br /&gt;　予感としてどのピッチャーもノーコンだろうと思っていたので、コントロールが良いシニア（４年）のデニーとソフォモア（３年）のジョージを採った。監督のケンはデニーに反対した。シニア部員が多過ぎるし、彼の球にスピードがないというのだ。&lt;br /&gt;　「彼はコントロールが良いし、カーブも使えるからショートリリーフとして必要な選手だ。打者が一巡するまでは打たれないと思うよ」と、駿河が採用理由を説明した。そして、付け加えた。&lt;br /&gt;　「四球でランナーをためて、その後でエラーかヒットで大量点を取られることを避けたいと思う」&lt;br /&gt;　実際、駿河が観ていた試合では、ブルドッグズも他チームも四球で点を取られる試合がよくあった。ケンは速球投手が好きなようだった。&lt;br /&gt;　これでケンは納得した。他方、最後の年に念願の部員になれたデニーは後で駿河に歩み寄り、感謝の言葉を述べた。本当に嬉しそうだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　翌日から体育館で午後６時から８時まで２時間の練習に新入部員が加わった。外はまだ寒い。雪が一面に積もっていた。&lt;br /&gt;　南国と比べると、寒冷地の野球部は厳しい環境に置かれる。練習が始まってから約３週間で試合が始まる。　その間、何日屋外で練習できるか。駿河にとって３週間でピッチャーを試合で投げられるようにすることは大変だった。&lt;br /&gt;　次第にバッテリー組の陣容がわかってきた。兼業組を入れると全選手の半分がバッテリー組で、しかも正捕手のほかに、控え捕手は兼業の投手だった。短期リーグ戦とは言え、投手偏重の布陣はいびつに過ぎた。ピッチング練習の捕手を確保しなければならない、これが駿河の課題だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　６．待望の屋外練習&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ようやく雪解けの後、地面が乾いた。ミッド高校の野球場では野球部の屋外練習が始まった。部員たちの弾むような掛け声の中、打球の音が快い。&lt;br /&gt;　高校球場の一塁側にあるブルペンでは二人の投手が投げていた。傍らで見守る駿河が大きな声を出した。&lt;br /&gt;　「こらっ、キャッチャーは腰を上げるな！」&lt;br /&gt;　駿河はキャッチャーの熱意の無さと逃げ腰に手を焼いていた。今はいくらかましになってきた。これまでは本当にひどいものだった。というのは、部員数が１８人の中で、正規のキャッチャーを打撃や守備の練習に取られると、ブルペンではピッチャーの球を受けるキャッチャーがいない。今、ブルペンで球を受けている二人もピッチャーだ。室内練習から外に出て二週間後にはリーグ戦が始まるこの地域では、ピッチャーに制球力を付けさせることが主要な目標だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　昨年、駿河がコーチに就任した時には、短い期間にブルペンでどのようにピッチャーに一球でも多く投げさせるかという課題に頭を痛めた。駿河は毎年何試合かリーグ戦を観たことがあるが、両チームともピッチャーの乱調で立ち上がりに点を失っていた。&lt;br /&gt;　実情が分かったことから、ピッチャーに球を受けさせることを思い付いた。監督に依頼して使っていない古いプロテクターを部室から持ってきてもらった。これで胸のプロテクターとレガー（脚のプロテクター）を着けさせて捕球させることにした。ところが、急造捕手たちは始めから腰高に構えて、悪球が来ると素早く逃げてしまう。&lt;br /&gt;　「腰を落としてしっかり構えよ。そんな逃げ腰ではピッチャーがコントロールをつけられないじゃないか。&lt;br /&gt;自分が投げる立場になってみよ。そんなヘボ捕手を望まないだろう」&lt;br /&gt;　いくら繰り返してもこのキッズ（子供、あるいはガキの意）たちは逃げまくった。《本当にどうにもならないヤツだ》と駿河は嘆息した。&lt;br /&gt;　ある日、彼は決心した。ブルペン練習を始める前、投手の一人に言った。&lt;br /&gt;　「マスクを持ってこい」と。&lt;br /&gt;　駿河はキッズが見守る前で、プロテクターとレガーを着け、そしてマスクをかぶった。&lt;br /&gt;　「よし、ロニー、お前から投げろ」&lt;br /&gt;　しばしあっけに取られていたキッズが口をそろえて言った。&lt;br /&gt;　「コーチ、大丈夫ですか？本当に」&lt;br /&gt;　「日本の野球部ではルーキーの年には補欠の務めとしてブルペンのキャッチャーをやらされてきたのだ」&lt;br /&gt;　「怪我したら大変ですよ」&lt;br /&gt;　「任せておけ。オレは健康保険に入っている」&lt;br /&gt;　「もう歳ですから無理しないでくたさいよ」&lt;br /&gt;　「なに、おまえたちよりはまともなキャッチャーをやれる。見ておれ」&lt;br /&gt;　ロニーはピッチャーとして最高の資質を持っていた。球速が９０マイル（１４４キロ）を超え、天性の制球力があった。駿河は９０マイルを超える球を受けたことはないが、制球が良い彼を無難な相手として手始めに選んだのである。&lt;br /&gt;　「よし、ロニー、今日は八分くらいのスピードまで行くぞ。先ず、ウォームアップから始めよう」&lt;br /&gt;　他のキッズが心配そうに見守る中、駿河はロニーの球を受け始めた。やがて球速を上げてきた。マスクの枠が目障りであったが、駿河はワンバウンドの球もしっかり捕った。この日は高め、低めに関係なく、真ん中を狙って投げさせた。良いフォームから投げた伸びがある投球を大げさ目に褒めた。&lt;br /&gt;　もう一人に投げさせてから、駿河は立ち上がり、マスクを外した。《どうだ、見たか》と内心得意に思った。&lt;br /&gt;　駿河の前で輪になったキッズに言った。&lt;br /&gt;　「よいか、ピッチャーを育てるのは良いキャッチャーだ。自分が良いキャッチャーに対して投げたいのなら、自分が良いキャッチャーになれ。わかるな？」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　それから２回でキャッチャーをやめ、駿河は投げるピッチャーの横でコーチに注力した。&lt;br /&gt;　急造捕手たちの態度が変わり、投手の暴投にも逃げなくなった。ただ、スポンジを手に当ててもまともに手の平で捕球した時に痛い、痛いと訴えた。駿河は無視した。&lt;br /&gt;　監督のケンも駿河のキャッチャーには心配したという。遠くからちらちらと見ていたらしい。&lt;br /&gt;　駿河の決断は彼自身に絶大な効果をもたらした。ケンの言葉によると、投手グループにチームワークが初めてできたこと、投手の投球数が増えて投手らしくなってきたこと、そして駿河が敬意を払われるようになったことを挙げた。&lt;br /&gt;　ブルペンでカウントを取る投球に入る時には、駿河は正規の捕手二人を呼んで球を取らせた。二人とも素直に従った。&lt;br /&gt;　後日、「なぜブルペンで捕らせたかわかるか？」という問いに、二人とも「投手の特徴をよくつかめました」と言っていた。&lt;br /&gt;　《開幕までに間に合うかな》と思った。&lt;br /&gt;　周囲はすっかり春らしくなり、初夏のような暑い日が続いた。ここでは春は短い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　７．投手の練習を改革&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　キッズたちは練習前のウオームアップでだらだらキャッチボールをしている。目標意識も持たない。相手はポジションに関係がない仲良しと決まっている。　&lt;br /&gt;　ある日から、キャッチボールの相手をバッテリーで組むことを決めた。投手同志の組もある。そして、投球プレートとホームプレートの距離より少し長い約７０フィートの距離を取らせ、相手の胸を狙うことに集中させた。&lt;br /&gt;　何しろ練習時間が２時間しかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　グラウンドに部員たちの声が聞こえた。と言っても、日本の高校野球部のように、統一された掛け声ではなく、彼らはばらばらに声を出している。大きな声の雑談のようなものだ。&lt;br /&gt;　シーズンが始まる直前の練習日、彼らは楽しそうにやっている。駿河が率いるバッテリー組は、打撃練習に捕手を取られている間、少し前までは嫌がっていた投手たちに交代で捕手をやらせていた。&lt;br /&gt;　駿河は昨年まで出場機会が少なかったバーノンと、今年最終学年で部員になったデニーを重点に指導することにした。二人が投球練習を始める時、ブルペンのマウンドでアドバイスした。&lt;br /&gt;　二人にこんなことを言った。&lt;br /&gt;　「球は縫い目に人差し指と中指を直角に置いて指の皮膚が当たるように持つ。そうそうそれでいい。感じはどうだ？バーノン」&lt;br /&gt;　「球と手の平の間が大きく空いて不安です」&lt;br /&gt;　「そのうち慣れるさ。それが直球に回転を与える基本の握り方だ。先ずやってみようか」&lt;br /&gt;　バーノンは何球か投げたが、伸びがない。&lt;br /&gt;　「待て。もう一つのアドバイス。ストライクを腕で狙ってはだめだ。腰の回転に合わせて身体全体で投げるのだ。ティジェイのフォームを観察してみるといい。彼は腰が回転する後で腕が出てくるだろう？」&lt;br /&gt;　１９３センチの長身から投げおろす直球は、練習を積めば威力が出てくるはずだ。彼の球は速くはないが、角度がある。&lt;br /&gt;　「次、デニー。キミはカーブを中心に練習するんだ。直球はスピードがないから、低めを狙って球一つストライクから外れたコースを狙え。カーブ主体とボール球の直球でピッチングを組み立てよう。２イニングくらいを投げるリリーフ・ピッチャーになるぞ。当然、登板する時には走者がいるから、いつもセットポジションで練習することにしよう」&lt;br /&gt;　「カーブの握りを改めたいのですが、どうするんですか？」&lt;br /&gt;　「うん、直球と同じでもいいし、すこし指をずらして変えてもいい。自分で曲がりを見て、快適に感じる握りを探すといい」&lt;br /&gt;　駿河は、本当は、２種類のカーブ、タイミングを外す大きく曲がるカーブも習得させたかったが、決め球に使う外角に逃げる小さなカーブ一本に絞った。時間がないと判断したからだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　それから２日練習を見ていて、バーノンのワインドアップを変えることにした。彼がワインドアップから投げるフォームはだらっとしていて、力をためるアクセントがない。そこで、ノーワインドアップとセットポジションから入る二つを試させてみた。&lt;br /&gt;　「バーノン、どっちが投げやすい？」&lt;br /&gt;　「ホクは走者が出ると制球が乱れて降ろされたので、セットポジションでやりたいです。その方が試合で生かせると思います」&lt;br /&gt;　「それで行こう。走者が出ても練習通りに投げられる利点があるな」&lt;br /&gt;　さらに、バーノンにカーブを教えた。彼が投げる落差が大きいカーブは相手打者が戸惑うだろう。&lt;br /&gt;　「バーノン、カーブの握りは変えてもいいが、球を浅く握ることは忘れるな。そして身体全体で投げる感じも忘れるな。カウントが悪くなると、手が先行して狙うフォームになりやすいんだ。野球はダート（小さな矢を的を狙って投げるゲーム）じゃないんだよ」&lt;br /&gt;　バーノンが珍しく笑った。&lt;br /&gt;　「コーチ、走者を背負ったら、ダートはだめ、と自分に言い聞かせますよ」&lt;br /&gt;　彼は高校で花形運動部のバスケット部の選考に落ち、野球しかない。しかも最終学年だから後がない。素直に駿河のアドバイスを受け入れ、真剣そのものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　練習時間に制限があることは知恵を生むものだ。&lt;br /&gt;　駿河はなんとかしたいと思っていたことがもう一つあった。それは、ペッパーゲームと呼ばれる軽い打撃練習のやり方を変えることだった。日本ではトスと呼ばれ、打撃練習本番の前に、普通二人の相手に向かって軽く打つ練習のことだ。打者が球の中心をよく見るように目を慣らし、打点ですっと肘を伸ばして軽く打つ。&lt;br /&gt;　これを一対一でやらせることにした。&lt;br /&gt;　「いいか、キミらには打撃練習のためじゃない。球の握りを正しく取り、球に適度の回転を与えて常にストライクを投げることが目的だ」&lt;br /&gt;　そして、打ち方も教えた。&lt;br /&gt;　彼らが打ち始めると、打球が乱れ飛んで投げる側は球拾いに走らされた。彼らの体力は５分と持たず、額に汗が流れてブーイング（文句）を口に出した。&lt;br /&gt;　駿河は投げ方と打ち方の両方で手本を見せた。彼は学生野球選手の時に、登板する前に一対一のトスをやって年期が入っている。&lt;br /&gt;　「わかったか？投手はストライクを投げず、打者は打ち加減を知らない。だから疲れる。これを自業自得と言う」&lt;br /&gt;　みんな笑った。駿河は言った。&lt;br /&gt;　「中にはシンカーを投げるヤツがいる」&lt;br /&gt;　またみんなが笑った。&lt;br /&gt;　「すっと球が行くためには握りとフォームが一体にならないとだめだよ」&lt;br /&gt;　駿河はブーイングを無視した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ある日、トスの後で、車座になって休憩させた。&lt;br /&gt;　「なあ、みんな。この練習には投手にとってもう一つの効果があるのだよ。何かわかるか？｝&lt;br /&gt;　かれらのレスポンスに駿河は満足だった。一人ひとりが回答をくれたからだ。&lt;br /&gt;　「ハイ、何よりもきついウォームアップになりました」&lt;br /&gt;　「ハイ、ボールを離す点が一定になってきました」&lt;br /&gt;　「球を拾いに行かなくてすむように、必死でフットワークを使いました」&lt;br /&gt;　あの荒くれ者のロニーでさえ優等生になった。駿河は言った。&lt;br /&gt;　「そう、フットワークのことだ。不思議なことに、例えば、満塁のようなピンチでは投手の足元に強襲ゴロやライナーが飛んでくるんだ。投球後、すぐに構える心がけを憶えておけよ。これで勝敗が分かれる」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　８．シーズン開幕&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　４月上旬の土曜日、薄陽が射していたが、気温は４０度（摂氏５度）をわずか上回っているか、まだ寒かった。&lt;br /&gt;　今朝、地元の新聞トリビューンに目を通していると、スポーツ面に今日の高校野球開幕を伝える記事が大きく出ていた。&lt;br /&gt;　その中で、「今シーズンからコーチ・スルガがバッテリーコーチとしてスタッフに加わったので、投手陣が充実している。今日先発するバーノンはコントロールが良くなって成長した。今日の対エリープレップをミッドビル高校野球場に迎える開幕戦にはバーノンが先発する」と監督のコメントがあった。&lt;br /&gt;　エリープレップ高校は、北西ペンシルベニア州の北端に位置する都市エリーにある名門私立高校だ。プレップというのはプレパラトリーの略で、日本で大学予備校と訳されているのを本で見たことがあるが、正確には私立進学校のことである。全寮制であるから、授業料も含めて学費が高い。生徒は金持ちの家庭から来ており、彼らは幼少からスポーツをやっているので、どこでも学業だけでなく、スポーツも強い。&lt;br /&gt;　他方、ミッドビル高校は州の北西地域で学業でもスポーツでも公立の有力高校だ。特にレスリングとアイスホッケイが強く有望選手が越境入学してくる。野球は近隣の都市の６校でリーグをつくっている。エリープレップは別のリーグに属している。&lt;br /&gt;　地域では古い私立と公立の両校はスポーツでは長年ライバル意識が強く、伝統の定期戦と言えるだろう。市民の間にも強い対抗意識がある。中でも、フットボールの試合はすごい。地元開催の時には新聞に試合の予想が乗せられ、地元のラジオ局でも特集が放送される。高校の競技場には２千人収容の観覧席が備わり、超満員の市民が集まる。夜に行われる試合は照明灯に照らされた緑の芝を、派手なユニフォームに包まれた両軍の選手たちが人形のように駆け回る様が美しい。味方がゴールすると、観衆が興奮して立ち上がる。駿河が町に住み始めた翌年、友達に誘われて観戦した時のことを思い出していた。《新聞、ラジオ、競技場の設備、応援する市民の興奮、そして何よりも市民の地元意識に驚かされたな。これがたった２万人の町か》&lt;br /&gt;　フットボールに比べると、野球の定期戦は静かなものだった。約２００人の市民が段々のシートになっている観客席に座って試合開始を待っていた。快晴とは言え、寒い日、彼らは防寒コートやキルティングを羽織っていた。&lt;br /&gt;　傍らの監督ケンが耳元でささやいた。&lt;br /&gt;　「ハンク、今日は最高の入りだよ」&lt;br /&gt;　「えっ」と駿河。&lt;br /&gt;　「真面目な話だよ。いつもは５０人くらいしか来ない。バーノンはこんな試合の経験がないから、心配だな」&lt;br /&gt;　「まあ、彼はよく練習したから３点くらいに抑えるだろう。今もたっぷりウォームアップさせたからフォームが安定した。打線をよろしく頼むよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　試合前にも、駿河は他の投手たちに普段通りに練習を命じた。４番打者であり、エースのロニーを除いて彼らはブーブー言いながらピッチングに汗を流した。&lt;br /&gt;　「試合のことは考えなくていい。最低でもストライクを５０球は投げるのだ」&lt;br /&gt;　先発のバーノンは正捕手に任せて、駿河はブルペンで交代に投げる投手の横に立った。&lt;br /&gt;　一人が言った。&lt;br /&gt;　「これまでよりきついな」&lt;br /&gt;　「文句言うな。シーズンは短い。練習の投球数が登板した時に効果が出るもんだ。ブルペンの投球から先発を決めるのだ。これがアメリカの精神、フェアだろう？」　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　　　９．ジョージの家庭環境&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　練習後、その日もジョージは家まで送ってもらう車を探していた。部員の中では最も貧しい家庭だから、高校に車で通えないし、親も迎えにこない。この日は駿河が送っていくことにした。&lt;br /&gt;　ジョージは小学校から今日までほとんど勉強をしたことがなかった。家庭環境に恵まれなかった。母親のケイは子供が小学校に上がる前には離婚していた。父親は行方不明で生死もわからない。&lt;br /&gt;　メディアが生活保護に関して、識者が７００１ドルのプライドと言った。当時、８０年代は大不況の中で生活保護を受ける数が急増した時代だった。つまり、年収が７０００ドル以下になると生活保護を受けられ、７００１ドルでは受給の資格がないことを意味した。この時代、町の一人当たり平均年収は２万ドルくらいだっただろう。&lt;br /&gt;　ケイはそんなプライドを支えにして生活保護を受けなかった。仕事から仕事へと必死に働いて二人の息子を育ててきた。ジョージがそのまま受け継いだような頑丈な体躯は酷使に耐えた。気丈な女性だった。&lt;br /&gt;　一時的に仕事が切れると、属する教会の金持ち老婦人たちが生活費を支援していた。&lt;br /&gt;　７０００ドルと７００１ドル、１ドルの違いは大きい。&lt;br /&gt;　生活保護受給者たちには州が厚い支援を与えていた。町ではビレジ（村）と呼ばれる団地に住宅が建設され、ほとんどの受給者たちはここに集められていた。家賃とユティリティは無償、日用品を買うためのわずかな現金のほかに食券が与えられた。受給者には飲んべえが多いので、酒代に化けないように、食料にしか使えない食券が与えられる。それでも問題はある。駿河の友達がスーパーのレジで並んでいると、余った月度の食券で彼が買えないような高級ハムを買っていたとぼやいていた。&lt;br /&gt;　町の批判派は、受給者たちに公園の掃除や困窮家庭の家の修理をやらせよ、といった厳しい意見があった。経済が悪い時代には出てくる意見だった。&lt;br /&gt;　これに比べて、ケイは古い借家の家賃を払わなくてはならない。育ち盛りの子供に食費もかかる。幸いなことにアメリカでは高校卒業まで義務教育であるため、教育の出費はなかった。&lt;br /&gt;　ある日、ジョージを家まで車で送った時、中に入ってコーヒーを勧められた。家のペンキがはげたままで、中はどの部屋もばたばただった。食卓と椅子があるだけで、勉強するための机もなかった。定期試験の前に勉強する時には食卓かソファを使うという。&lt;br /&gt;　勉強するにこれほど恵まれていない環境はないだろう。&lt;br /&gt;　長い間、勉強する習慣を身につけなかったジョージには、高校の授業はお手上げ同然だった。&lt;br /&gt;　高校は厳しい。クラスがファーストトラック（優秀）、セカンドトラック（中）、サードトラック（成績が劣る）の三つに区分けされ、各々教科書の厚さが違う。ジョージはずっとサードトラック生だった。&lt;br /&gt;　町では小学生から参加するスポーツが盛んだった。レスリング、リトルリーグ野球、サッカー、アイスホッケイなど家庭が豊かであれば何でも楽しめる。その中で唯一野球がジョージの救いだった。&lt;br /&gt;　《しかし、ジョージは性格が素直だな。貧乏のダメジを受けていない。じっと耐えているのかもしれないな》&lt;br /&gt;　駿河は車を運転しながらこんなことを考えていた。街路樹がかすかに薄緑色になってきた。美しく新緑に間もなく変わるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　１０．バーノンの快投&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　《あれは本当にうまく行ったな。人生において目前の困難を幸運に味方されて驚くほどうまくいくことがあるものだ。あれはたかが野球のことに過ぎなかったが、２５年経った今も快感を覚えるな》&lt;br /&gt;　駿河がこう回顧した。シーズンの初戦だった。駿河は背番号１０のユニフォームを初めて着た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　試合は地元ミッドビル高校の後攻で始まった。ミッドビル高校が先に守備につき、いきなり試合開始の緊張下、バーノンがマウンドに立つ。駿河は、本当は、バーノンを遠征先で先攻の試合で初登板させたかった。味方が攻撃中に充分ウォームアップできるし、試合の雰囲気に慣れられるからだった。&lt;br /&gt;　ケンは華やかな伝統戦は公式リーグ戦の成績に入らないとは言え、シーズン最初の試合にバーノンを先発させることに「経験がない」と反対した。エースのロニーを使えと言う。&lt;br /&gt;　内心、私はリーグ優勝を意識していた。結局、ケンが折れた。最初から監督は駿河と対立したくなかったこともあるだろう。&lt;br /&gt;　試合直前、私がブルペンでキャッチャーをして過剰と思えるほど投げさせた。試合では複雑な投球数制限の規則があるが、練習には制限がない。全力投球の速球に頼らないバーノンには充分体力があると見ていた。捕手で主将のジムには回毎に配球の打合せをすることを伝え、初回はカーブを主体にする指示をした。&lt;br /&gt;　セットポジションからの投球に変えたバーノンが第一球を投げた。１９５センチの長身から投げるカーブが大きく曲がり落ち、相手打者が空振りした。次の直球に詰まった内野ゴロに討ち取った。&lt;br /&gt;　《これで行ける！》と駿河は確信した。&lt;br /&gt;　ところが、二死を取ってからバーノンの投球が乱れた。四球、エラー、四球でたちまち満塁。彼が不安げにベンチの駿河を見た。ここでタイムを取って駿河がマウンドに向かった。捕手のジムを呼び寄せた。&lt;br /&gt;　「ジム、なぜカーブをやめたんだ？」&lt;br /&gt;　「ストレートでさえストライクが入らないので、とてもカーブは・・・・・・」&lt;br /&gt;　「アホ、これは日本語でdamnのことや（笑い）。カーブで球の握りや腰の回転が変わってストレートが良くなるもんだ。カーブを使え。バーノン、カーブはどこに投げてもいい。真ん中を狙えばいいんだよ」&lt;br /&gt;　カーブを投げた後に直球を投げると、すっと球に走りが出ることを駿河自身が経験している。&lt;br /&gt;　初回のピンチは無得点で切り抜けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　直球と言っても、バーノンの球速は１３０キロ以下で三振を取れない。その後もカーブと直球のスピード差が大きい投球に相手打者が戸惑った。２階から曲がり落ちてくるようなカーブは効果てきめんだった。時に決め球に使う直球に打者が詰まった。そのまま４回まで安打１本と内野エラーで出塁させただけでバーノンは無難に抑えた。その間に味方が４点を取った。さらに１点を得点した。&lt;br /&gt;　６回に安打、エラー、四球で一死満塁のピンチを迎えた。ここで駿河がマウンドに歩み寄り、捕手を呼び寄せた。内野手も集まってきた。１６３センチの駿河の前に１９５センチのバーノンがマウンドに立っていた。話しにくい。コーチの威厳からも様にならない。彼はマウンドのプレート上に位置を変えてバーノンをマウンドの低いところに降ろした。内野手も彼に従ってコーチを取り囲んだ。&lt;br /&gt;　彼らはコーチが投手交代を告げに来たと思っただろう。ケンもそう思っていたに違いない。しかし、駿河は交代させる気はまったくなかった。&lt;br /&gt;　「キミらは私がピッチャーを代えに来たと思っているだろう。その気はないよ。バーノンには完投してもらう」&lt;br /&gt;　みんな意外な表情を見せた。不安顔で緊張していた。ここで駿河は一計を思いついた。ずっと昔、北海道の学生野球リーグで満塁の走者を背負ってリリーフにマウンドに立った駿河に、突然、監督から「キンを握ってみろ」と言われたのだ。驚きと同時に不思議なことに握ってみると気が落ち着いた。駿河はこれを思い出した。&lt;br /&gt;　「バーノン、ストーンズ（石の複数で睾丸を意味する俗語）を握ってみろ。ちゃんとあるか？キミは男なのだ」&lt;br /&gt;　野手たちがげらげら笑った。バーノンも恥じらいながら笑った。一気に緊張が緩んだ。&lt;br /&gt;　「よいか、みんな、内野ゴロが来たら慌てるな。一つでいい、アウトを取れ」と駿河が指示。そして、バーノンと捕手のジムに言った。&lt;br /&gt;　「もう一つや二つ四球を与えてもいい。握りを深くするなよ。いつもの通りに、力を入れずに腰の回転で投げることを忘れるな。得点差が５点あるんだ。ジム、これからは直球で押してみるか。ストライクが入らなければカーブを間に挟め」&lt;br /&gt;　駿河はバーノンの直球がカーブの後ではよく伸びることを知っていた。&lt;br /&gt;　ケンが不安の表情を浮かべてマウンドから帰ってきた駿河に言った。&lt;br /&gt;　「大丈夫かい？」&lt;br /&gt;　「ノープロブレム。バーノンは打たれていないから」&lt;br /&gt;　結局、この回、ツーアウトからタイムリー安打１本を打たれたが、バーノンは２点で抑えた。その後も安定した投球を見せ、８対３で勝った。&lt;br /&gt;　歓喜して引き揚げてくる選手たちの一群から、バーノンが駿河に駆け寄って握手を求めた。&lt;br /&gt;　「コーチ、サンクス。最後の年に完投するなんて思ってもいなかったです。何しろ、これまでは２イニング投げたのが最長だったですから」&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　試合後、新聞記者がインタビューに来た。コメントは横に立つケンに任せて、駿河は多くを語らなかった。ただひと言、「バーノンの成長にはみんな驚いていますが、かれはワインドアップからの投球をセットポジションに変えて制球が安定し、さらにカーブを習得したのです。練習の成果が出ただけです」と。&lt;br /&gt;　翌日、地元新聞のスポーツ面にバーノンと私の写真入りで大きく出た。新聞ではセットポジション投法を取り上げていた。当時は常時セットポジションから投げる投手は少なかった。&lt;br /&gt;　駿河はリスクを負う賭けに勝ったと快感を覚えた。会社の仕事でも敢えてリスクを取ったが、巧く運んだ時のあの快感だった。&lt;br /&gt;　《よし、これでコーチとしての権威を確立したな》&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　　　　１１．『ブル・ドュアラム』&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　リーグ戦が始まる前のある日、日曜日の午後、映画館の前を通るとちょうど映画が終わった時で、ぞろぞろと観客が出てきた。&lt;br /&gt;　その一群の中に、野球部員が何人かいた。エースのロニー親分が率いるグループと出くわした。この頃にはロニーは駿河に敬意を払うようになり、親しい関係が築かれていた。一瞬、ロニーは戸惑った表情を見せたが、すかさず言った。&lt;br /&gt;　「コーチ、映画の最初は目をつむっていたよ」&lt;br /&gt;　連れのみんなが笑った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河もその映画『Bull Durham（ブル・ドュアラム）』を観ていた。&lt;br /&gt;　冒頭のシーンは、マイナーリーグの球団ブルズの天才型投手がロッカールームのトイレで性交する――と言っても後ろからの映像ではあるが――ところから始まる。&lt;br /&gt;　そして、その直後に登板して第一球をバックネットに直接ぶつける暴投、大きな笑いを誘う。&lt;br /&gt;　映画は南部ノースカロライナ州にある人口１０万人の都市、ドュアラムにある実在の球団ブルズをモデルにしている。ブルズは大リーグのタンパベイ・レイズ傘下のトリプルＡ（ＡＡＡ）球団だ。トリプルＡというのは大リーグのすぐ下でマイナーリーグでは最もレベルが高い。&lt;br /&gt;　ケブン・コスナーが演じる主人公の捕手クラッシュは、４０歳近くなるまでほとんどのキャリアをブルズの正捕手としてプレーしてきた。大リーグ球団の捕手に故障が出た時だけ呼ばれ、そしてブルズに落とされた。そのためマイナーリーグでは最多のホームラン記録を持っている。&lt;br /&gt;　《あれは最高の野球映画だったな。南部の情景をバックにして、マイナーリーグの雰囲気を醸し出した文学だった》&lt;br /&gt;　駿河はいくつか断片的に想い出そうとした。&lt;br /&gt;　《選手たちがおんぼろバスで遠征から疲れきって地元に帰ってくる。あれはリアルだったな》&lt;br /&gt;　《クラッシュが大リーグから落とされてブルズに帰るため、古いマスタングのコンバーチブルを運転している。夕日がきれいだった。ミットとバット、それにスパイクシューズもか、言うなれば包丁一本の職人に見えた。野球を辞めたらどうするんだろうか、と不安を感じたな》&lt;br /&gt;　《中年のガールフレンドと裸で踊り狂っていた。その愛人は中学で英語を教えている。独身の彼女は野球狂で恐ろしく詳しい野球技術の知識を持っている。あの南部弁が強烈だったな》&lt;br /&gt;　《捕手のリードを受け入れない天才投手を懲らしめるために、打者に「次はストレートだよ」なんて教えてホームランを打たせる。あれは傑作だったな》&lt;br /&gt;　《まともな投手らしくなってきた天才に電話が入る。大リーグから昇格の通知が来たのだ。飛び上がって万歳を叫ぶところだが、彼は受話器を手にしたまま声も出ない。それから、「オレはショウに出られる！」とやっと声を出す。大リーグで試合に出ることを、ショウに出るという言い方をするんだな》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ある日、駿河は相手チームに向かうスクールバスの席でうとうとしていた。急に「Fears and arroganceか」と声を出したらしい。隣りに座っていたケンが驚いた。&lt;br /&gt;　「何か言ったか？」&lt;br /&gt;　「うん、半分居眠りしながら『Bull Durham』の映画を想い出していたんだ。ほら、クラッシュが大リーグに呼ばれたあの投手に対してアドバイスしただろう？それを想い出した。『大リーグで投げると、始めはピンポン球のように打たれる。それでもFears（恐れ）とArrogance（傲慢さ）を忘れるな』とね。なかなか含蓄があるね」&lt;br /&gt;　ケンはそこまで憶えていない、と言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　後日、日本では『ブル・ダーハム』というタイトルで上映されたと聞いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　１２．安心の中に感じる不安&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　日本で言えばこの町は津軽海峡と同じ緯度上になるが、帯広の冬の寒さになるだろうか。この町では１２月初旬から、年によっては１１月から４月まで冬が続く。シベリア特急と呼ばれる寒波が来ると摂氏マイナス２０度以下になることがある。&lt;br /&gt;　駿河が、日本企業からこの町ミッドビル市にあるアメリカの大企業グループの一部門に転職してから１０年が過ぎていた。あの思い出すだけでも緊張に冷や汗をかく８０年代の初め大不況の最中に、グループ全体がピッツバーグのコングロマリットによって買収された時、首はどうなるのだろうか、と同僚マネジャーと毎日のように話した。幸いなことに、占領軍本社から派遣されてきた新社長は、社長、副社長、財務役員の３人を首切りしただけで、マネジャークラスはそのまま生かしてくれた。&lt;br /&gt;　後で考えれば、前戦の戦闘隊長と言うべきマネジャーを切れば、日々の業務に支障を来すし、働き盛りの専門職をすぐに充足できないから、身分は安全なのであるが、その時には分からなかった。その上、日本を発つ前に、不況になれば外国人から首を切られるという話を聞いたことがあるので、駿河には神経戦の毎日だった。&lt;br /&gt;　それから間もなく、アジア市場の責任者を求めていたアメリカ企業から話が持ち込まれた。日系企業からも役員として要請があった。いずれも車で５時間はかかる町にあるので、引っ越ししなければならない。家族に相談すると、引っ越ししたくないから、単身赴任で行ったらどうか、と言われた。駿河は日本で３年くらいの任期と分かっていても、地方の町から家族を引き連れて東京に転勤したので、単身赴任の経験がなかった。それよりも、子供たちは大学に行けば家を離れる。なんと言ったって、子供たちとは１８年しか一緒に住めないのだ。結局、新しい仕事をあきらめた。&lt;br /&gt;　勤めていたアメリカ企業の顧問と、日系企業の非常勤役員で収入が増えた。&lt;br /&gt;　町の有力者が集まる奉仕クラブに、３人の推薦者を得て会員として認められた。毎週火曜の昼に例会があり、昼食を取りながら会話する間に人脈が広がった。クラブが主催する奉仕活動にも参加するようになった。&lt;br /&gt;生活に充実感があり、幸福な時代だった。妻と子供二人も生活にうまく順応していた。引っ越しを嫌がるほど順応し過ぎていた。&lt;br /&gt;　北海道の小さな町のように四季がはっきりしている、景観は美しい、冬の生活もまた良し、友達は多い、小さい町の割には郡の行政府で社会資本が豊か、形はまちまちでも地域産の肉や野菜もうまい、大学近くの住宅地に家も買った。&lt;br /&gt;　ゴルフはいつでも週末の早朝や夏の夕方に９ホールを回る。近所のコースなら７ドル、一級のコースでも３０ドル。車で３０分以内に２０くらいのコースがある。隣人の教授と時々テニスもやる。冬はスポーツクラブで泳ぐ。&lt;br /&gt;　《なんと快適な生活であることよ》と思う。&lt;br /&gt;　しかし、こんな快適な生活の中で、この頃ふと心によぎる不安を感じることがあった。&lt;br /&gt;　≪オレは人生に快適であることだけでよいのだろうか。それに、子供たちはとにかく、オレは長男としていずれ日本に帰らなければならない。日本で仕事をどうするのだ？人は快適だけでは生きられない》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　駿河には大事な課題がありながら、しばし忘れて野球に関わることは生涯に何度もあったことだった。&lt;br /&gt;　ミッドビル高校はリーグ戦の前半で首位だった。すべてうまく、いやうまく行き過ぎていた。&lt;br /&gt;　駿河は家のサンルームのソファでうたた寝をしていた。陽光が部屋いっぱいにさしている。半分は起きていて半分は寝ている状態が気持ちいい。部屋は居間に隣接した三畳くらいの広さで三方が窓になっている。横になっていると庭に並んでいる松の木しか見えない。時々小鳥の声が聞こえる。餌箱を吊るしていた庭の木の枝に数種の小鳥が来る。音を小さめにしたラジオからボップスの快い音楽が流れている。駿河には会社の仕事も執筆も忘れて、今は至福に感じる束の間のひとときだった。&lt;br /&gt;　ふとジョージのことを考えた。&lt;br /&gt;　≪もうあれから８年も経ったのか≫&lt;br /&gt;　駿河がジョージと初めて会ったのは、小さな町にも６チームあったリトルリーグ野球の専用球場だった。スポンサーの会社名を冠したチームでジョージがピッチャーをしていた小学６年の頃で、駿河の息子のヒロも一級下で選手だった。駿河は親として週末の試合を観戦した。ジョージの身長はすでに１７０センチを超える大柄で目立ったが、ピッチングでもバッティングでも手首を利かせたフォームが特徴だった。それでもコントロールが乱れて四球で自滅することはあっても、めったに打ち込まれることはなかった。駿河はこの時から彼はキャッチャー向きだと思っていた。&lt;br /&gt;　ある日、試合後にジョージを車で自宅まで送っていった時、彼の母親ケイが在宅していた。二人の息子と３人が暮らす借家の中は、貧乏な家によくあるように、家中が乱雑で、テーブルの上もソファの上も食器や衣類が散乱していた。&lt;br /&gt;　駿河とケイは同じ教会のメンバーで顔見知りではあったが、あまり話する機会がなかった。&lt;br /&gt;　彼女は駿河に礼を言って、コーヒーを出した。&lt;br /&gt;　「ハンク、子供たちは野球ばかり熱中してさっぱり勉強をしないことに頭を悩まされています。どうすればよいのでしょうか」と相談してきた。　&lt;br /&gt;　「うーん、中学になると急に授業のレベルが上がるから、今から机に向かう習慣をつけることにしたら」と言ってから、駿河は机もなさそうであることに気づき、続ける言葉に窮した。&lt;br /&gt;　《ああ、最近よく言われるようになった家庭格差の問題がここにあるな》と心の中で思った。&lt;br /&gt;　「ハンクは学生野球の選手だったと誰かが言っていました。せめて野球ではジョージをコーチしてやってほしい」と頼まれた。&lt;br /&gt;　「うん、野球ならコーチできるから、やってみましょう」と答えてこの日は別れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　１３．格下のチームに連敗&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　チームは順調に白星を重ねた。どの投手も大量点を取られることはなかった。&lt;br /&gt;　優勝を争うライバルのＣ高校を迎えての第一戦ではロニーが４：０で完封した上に、彼がツーランホームランを打った。ロニーのワンマンショウだった。&lt;br /&gt;　こんな時に思いがけないことが起きた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　土曜日の昼過ぎ、チームがスクールバスで対戦相手のＫ高校に向かっていた。&lt;br /&gt;　小一時間かかる目的地まで、バスの中では部員たちがはしゃいでいた。駿河は運転手のすぐ後ろ、監督のケンは通路をはさんで真横の席に座っている。彼らは最前列から数列の空席を置いて後ろにかたまって座っている。いつもの配置だった。&lt;br /&gt;　ケンは彼らの仲間内英語がわかるが、駿河には断片的にしか理解できない。駿河が運転手のビルに話しかけた。&lt;br /&gt;　「ビル、私は町に住んで１０年近くになり、仕事でも日常生活でも英語にはほとんど不自由しない。しかし、後ろから聞こえてくる彼らの会話はよくわからない。私の英語もまだまだだね」&lt;br /&gt;　ビルがわずかに顔を右に向けて言った。&lt;br /&gt;　「コーチ、心配しなくていいよ。私はこの町で生まれて６０年になりますが、その私でさえ彼らの会話はよく分からない。ハッハハハ」&lt;br /&gt;　ケンが口をはさんだ。&lt;br /&gt;　「私もすべて分かるわけじゃない。ヤツらは仲間だけ通じるような発音に変えるし、スラングも年ごとに変わるんだよ」&lt;br /&gt;　そして、小声で私に話かけた。&lt;br /&gt;　「今、連中はＫ高校の野球部をファーマー（百姓）などと呼んでなめきっている。危ないな」&lt;br /&gt;　私にもアーカンソー（南部の小州で、クリントン大統領の出身地）とかファーマーの言葉が耳に入った。&lt;br /&gt;　ケンの説明によると、Ｋ高校は郡部にある全校生徒２００人くらいの小さな高校で、ミッド高校が属する市部ＡＡＡリーグ６校の中で唯一のＡＡチームであるという。ミッドビル高校はＫ高校に一度も負けたことがない。&lt;br /&gt;　部員たちは相変わらずバスの中ではしゃいでいた。親分ロニーを中心に、彼らが野球映画『ブル・ドュアラム』について話していた。セックスについてきわどい会話をしていることは、駿河にも分かった。その中で、ジョージ、バーノン、デニーのピッチャー組は目を閉じて静かに座っていた。&lt;br /&gt;　試合は久しぶりにバーノンが先発投手、ジムが捕手のバッテリーで始まった。&lt;br /&gt;　中盤まで貧打戦の様相で、ミッド高校は荒っぽい打撃が目立ち、タイムリー打が出ない。４回表、外野守備についていた４番のロニーがツーランホームランを打ち、先行した。次の回にはマットがソロホーマーを打ち３－０。６回裏に入ると、突然バーノンが乱調になった。&lt;br /&gt;　フォームがばらばらでストレートでもカーブでもストライクを取れない。一死から続けて四球を出した。&lt;br /&gt;　駿河はここで左投げのスティーブに代えた。&lt;br /&gt;　「よいかスティーブ、右打者の右膝を狙ってストレートを投げるんだ。ストライクでもボールでもいい。右膝を狙えば、死球になるような球でも相手はよける。死球を気にするな。まあ大体ストライクでいい」&lt;br /&gt;　「はい、わかりました」&lt;br /&gt;　と、彼は言ったが、顔は緊張でいっぱいだった。&lt;br /&gt;　「腰を思い切って回転するんだよ。打たれないと思え。よし行け」&lt;br /&gt;　彼は唯一の左投手として３年間チームにいたが、気が弱い。駿河がコーチになってから、徹底して右打者の内角を攻める練習をさせてきたが、試合で投げると球が内角から真ん中に流れて打たれやすいコースに行った。　&lt;br /&gt;　彼はフルカウントから四球を出して満塁になった。隣りでケンが苛々していた。駿河が口に指を当てて、騒がないようにと伝えた。&lt;br /&gt;　スティーブの球に詰まってゴロがショートの正面に飛んだ。&lt;br /&gt;　《よし、これでダブルプレー、チョンだ》と駿河が内心思った。がっちりと腰を落としてショートからセカンドに投げればよいのだが、ピートは腰高のまま前進してくると、セカンドにランニングスローで投げた。&lt;br /&gt;これが暴投になって走者一掃で逆転されてしまった。&lt;br /&gt;　ピートはリトルリーグ時代から名を知られた選手で、いつも派手なプレーをしてきた。これが命取りになった。&lt;br /&gt;　最終回の７回、狂ったリズムに抗することができず、１点差でそのまま押し切られた。リーグ優勝するのに手痛い取りこぼしだった。連戦の第二試合でも相手のエースを打てずに負けた。手痛い連敗たった。&lt;br /&gt;　帰りのバスでは誰もしゃべらなかった。駿河もケンと口をきかなかった。練習でもピートの守備が気になり、走者が目に入るケースで、例えばツーアウト満塁で腰を落として球を取る練習をやらせてきた。&lt;br /&gt;　《オレが監督なら、あの時満塁になったところで内野手を集めて注意しただろう》と思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　１４．チームが乱れる&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　まあ言ってみれば、ブルドッグズ野球部は急増チームみたいなものだ。それも毎年のこと。苦境にしばし耐える持久力に欠ける弱さが表面化してきた。&lt;br /&gt;　格下の高校に予期だにしなかった２連敗から幸福の日々が崩れ始めた。坂を転げ落ちるようだった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　中間試験が終わると、成績不良のために自宅謹慎を命じられる部員が３人も出た。試合はどうにかなるにしても、バッテリー組の練習に支障を来した。&lt;br /&gt;　ファーストトラック（最優秀生徒組）のデニーとセカンドトラックのバーノンなど数人を除くと、他はサードトラックに属している。能力に応じてクラス分けされているが、薄い教科書が使われるサードトラックであっても、また試験の出題が他より易しくとも、どのクラスにも優良可の下に不可の成績評価があり、共通のルールが適用される。&lt;br /&gt;　いちばん痛かったのは正捕手のジムが謹慎の対象になり、練習にも試合にも出られなくなったことだ。他の２人は投手だった。謹慎はバッテリー組に集中した。&lt;br /&gt;　監督の希望で二番手投手と控え捕手のマットを先発捕手にした。マットは地域では高校レスリング部の主将として名を知られていた。卒業後、奨学金を得てピッツバーグ大学に入り、ここではレスリング選手として活躍した。後日聞いた話では、大学卒業後に陸軍幹部養成学校に入学した。陸軍でもレスリングを続け、卒業後少尉に任官したという。&lt;br /&gt;　良いこともあった。それは駿河の勧めでジョージが捕手として先発出場できる機会が増えたことだ。ジョージはインサイドワークという言葉を知らないほど捕手の責任を理解していなかったが、コーチのアドバイスをよく入れて急速に捕手らしくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ライバルとして優勝を争うＣ高校との試合ではエースのロニーが乱打された。&lt;br /&gt;　駿河にはこの超高校級の速球投手が打たれるとは思ってもみなかった。打者が一巡するとガンガン打たれ出した。速球が打たれると、ロニーはむきになり、投球がさらに単調になった。彼には自慢のナックルカーブの変化球がある。駿河は練習でナックルカーブは球速が遅すぎ、打者に読まれてひと呼吸置いて打たれる。だからチェンジアップを教えた。チェンジアップというのは、速球と同じフォームで１０マイルくらい球速を落として投げる球のことで、大リーグの投手が効果的に使っている。球の握りは三本指で投げる、あるいは手のひらに球を密着して投げるなどと聞く。打者は速球だと思って振るのでタイミングがずれる。駿河が３５年以上前、渡米中に初めて大リーグの試合を観た時、当時は変化球が少ない時代であったが、打者が不思議なほど空振りをするのに驚いた。それがチェンジアップだった。&lt;br /&gt;　監督はちらっと駿河を見て、ロニーの降板を促す表情を見せた。駿河はタイムを告げるとマウンドに向かった。捕手のジムを呼び寄せた。内野手たちも集まってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ロニー、なぜ打たれるか分かるか？」&lt;br /&gt;　ロニーはカッカッとして無言。&lt;br /&gt;　「ジム、なぜだ？」&lt;br /&gt;　「そうですね、球に伸びがないようです」&lt;br /&gt;　「それだけか？打たれるのはストライクばかり投げさせるからだよ。よく打者を見ろ」&lt;br /&gt;　「ロニー、ナックルはプロでは通用しない。大学でも通用しないと言っただろう。チェンジアップを投げろ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　相手チームの監督は前回完封された後、よく研究したに違いない。ロニーの単調な投球に対し、ストライクのコースの速球を予測して打者に振らせ、ナックルはひと呼吸置いて狙い打ちさせた。&lt;br /&gt;　「ロニー、相手はストライクゾーンに的を絞ってバットを振り回しているのだ。そこへストライクを投げるからバットに当てられる。ロニー、おまえはコントロールと言えばストライクを投げることだと思っているだろう？よいか、本当のコントロールとは打者が打ち気なら狙ったところにボール球を投げることなんだよ。今のままではプロには通用しない。いや大学でも通用しない」&lt;br /&gt;　駿河が珍しく早口でしゃべると、ロニーは顔を真っ赤にして怒った。駿河は殴られるかと思ったが、彼はこらえた。&lt;br /&gt;　ベンチに変えると監督が、「ロニーを代えないのか？」と言った。駿河は、軽く「完投させる」と答えた。　前半で５点も差をつけられて勝敗が決まったも同然なのに、監督は不満のようだった。&lt;br /&gt;　その後、ロニーは得点を許さなかった。チェンジアップを練習ではちゃらんぽらんに投げていたが、初めて試合でうまく投げて見せた。効果てきめんだった。&lt;br /&gt;　《うん、やっぱりこいつは天性の素質があるわい》と、駿河は日本語で独り言をつぶやいた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河にはもう一つ退治しなければならないことがあった。コーチとして選手からも親たちからも一目置かれ、万全の権威を確立した時を待っていた。&lt;br /&gt;　地域では自由形の水泳選手として活躍していたティジェイが投げていた。柔らかい身体の持ち主で腰が回転してから腕が出てくるフォームで、１８５センチの長身から投げ下ろす速球が打者の手元で伸びる。彼は継投の時期をつかみやすい投手だった。というのは、４，５回投げると腰が回らなくなるからだ。球が外角に行かなくなる、行っても伸びが無くなるか、打ちごろの真ん中に入る。&lt;br /&gt;　バックネットの後ろから喧しく騒ぐ男が居た。捕手ジムの父親があれこれと息子にアドバイスするのだった。駿河がベンチに引き揚げてきたジムを呼んだ。&lt;br /&gt;　「ジム、親父の声を無視して自分の考えでリードしろ」&lt;br /&gt;　「親父はリトルリーグでは監督だったし、家に帰ってもあれこれうるさいんですよ」&lt;br /&gt;　「いいか、このチームのコーチは私だ。私は投手には詳しい。先ず、私の指示を聴け。そして、もっと大事なことは自分の考えで投手をリードすることだ。分かったか？」&lt;br /&gt;　「よく分かりました」&lt;br /&gt;　それ以後、ジムが親父に話したのか、親父は静かになった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　　　　　１５．あっという間のシーズン&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　６月、玄関の階段脇に今年もシャクナゲが咲いた。町の街路樹は新緑から深緑に変わりつつある。葉が陽を浴びてきらきら輝いている。田舎町の空気は澄み、空は日本の都会では見られないような青さだ。日本なら５月の気候で爽やかな晴天が続く。&lt;br /&gt;　野球部はコーチ駿河の手腕も及ばず、リーグ２位に終わった。２年目には２社の取締役になったため、ホームゲームにしか出られなかったが、ごっそりシニアが抜けたチームにしては２位になり、健闘した。ジョージは投手、捕手、４番打者として活躍した。&lt;br /&gt;　４月から６月初めまでの短い高校野球シーズンがあっという間に終わった。そして卒業式。&lt;br /&gt;　部員たちはばらばらに散っていく。&lt;br /&gt;　卒業してもジョージが希望する就職は得られなかった。漠然と事務職を希望していたが、あまりにも準備ができていなかった。早く言えば、履歴書に特別に書くことがない。駿河が車の中でアドバイスしたことは何も生かされることがなかった。&lt;br /&gt;　彼はアルバイトをしていたハンバーガー・レストランで終日働いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　町に高校と隣接して通称ボーテックと呼ばれる職業訓練学校がある。正式にはVocational Technical School、つまり実業学校で、夜と週末に授業が行われる。郡の教育委員会が運営している公立施設である。高校生だけではなく、高校卒業生も無料で行ける。&lt;br /&gt;　実業学校と直訳すると、日本の商業高校や工業高校と誤解されやすい。アメリカでは高校卒業まで義務教育であり、一般教育の普通高校であるため、このように別に職業教育を受けさせる施設を設けている。教科には、機械加工、木工、製図、秘書実務、経理などがあった。まだ安価なパソコンが世に出る前で、コンピューターの科目はなかった。インターネットもなかった。町に官民共同出資のプロバイダーが設立されたのは、駿河が帰国する年の前年９４年のことで、全米では早い方だった。&lt;br /&gt;　駿河はアメリカ企業に勤めていた時、営業部の技術者として一品料理の専用機を担当していたので、見積もり設計にコンピューターを使っていた。しかし、議事録や報告書は秘書、と言っても、マネジャーが共有する秘書がコンピューターに入力していた。当時は何を入力するにもコマンドを英文で書いて作動させるので、駿河は出来合いのシステムを使うだけでよかった。得意とは言えなかったが、それでも個人でパソコンを買って使い始めた時には会社の経験に助けられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　２年目のシーズンには、ケンを説得してコーチの責任を一段下げてもらった。もう一つイリノイ州にある会社の取締役に就任して町に居る日が少なくなったからだ。練習とホームゲームにはできる限り出ると約束した。試合ではベンチに座ったが、ユニフォームは着なかった。ケンは高校には前年と同じく野球部コーチとして登録した。&lt;br /&gt;　癖がある個性的な最上級生が卒業してどこか物足りなかった。面白味が少なくなったと感じた。それでもチームはバランス良くまとまり、ケンには守備中心のチームにすることを繰り返し進言した。&lt;br /&gt;　ジョージが最上級生になり、投手兼捕手として中心選手になり、どちらかのポジションで全試合に出た。何本かホームランを打った。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河は試合後にはジョージを車で自宅まで送り、捕手のインサイドワークを教えた。「ジョージ、これは野球の駿河スクールだ」と言って笑わせた。彼はおとなしい性格のせいか、キャプテンに選ばれなかったが、攻守でチームの大黒柱として他選手からも認められていた。&lt;br /&gt;　足が遅くてドタバタと走るフォームを、徹底してつま先で走るように変えさせた。１８５センチの長身が立つ姿は格好いい捕手に映った。これで野球を終わらせるのは惜しい。しかし、成績が悪いので大学の奨学金をもらえそうにもない。はて、どうしたものか？&lt;br /&gt;　駿河は彼の進路について、ふと気がつくと名案を探すことに頭をめぐらしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　１６．頭が悪い、ジョージの思い込み&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　ジョージの口癖は「ボクは頭が悪い」だった。&lt;br /&gt;　この日も車の中で彼が言った時、駿河は持ち前の好奇心からその根がどこにあるのか探ってみようと思った。&lt;br /&gt;　「なあ、ジョージ、なぜ頭が悪いと思うのだ？」&lt;br /&gt;　「ＳＡＴのスコアは最低だし、定期試験でも頭が働かないです。特に数学は悪いのです」&lt;br /&gt;　ＳＡＴというのは大学進学適性を見る試験で、全国の高校に対し、数学、読解力、作文力の３科目で各８００点、合計２４００点が満点。進学しないジョージも受けたという。&lt;br /&gt;　「私は記憶力については悪くないと思っているが、例えば、どうしても花の名前を憶えられないことが多い。小鳥の名前は記憶できるのにおかしいな。つまりだね、人には頭の構造で得手不得手があるらしい。もう一つ例を挙げると、小学校時代から絵描きがへただった。特に立体の絵をうまく描けなかった。それがね、大学工学部に入ってから、物理でも数学でも立体、つまり三次元に関係する分野ではよく頭が働かない。しかし、理論には強かった。何を言いたいか、わかるかい？」&lt;br /&gt;　「ボクももともと数学には頭が働かない、ということですか？」&lt;br /&gt;　「半分だけ当たっている。残る半分はね、数学にもいろいろあるということだよ。私は得意な数学の中で幾何が苦手だった。幾何をやったか？」&lt;br /&gt;　「いいえ、取りませんでした」&lt;br /&gt;　「数学というのはね、高校レベルの範囲でも、代数、三角関数、微積分などと独立の体系に分かれている。&lt;br /&gt;この中では代数が基本だ。おそらく君は代数の初歩的な段階で理解につまづいただろう。代数という体系の中では、次の段階は前の段階を基礎にしているから、途中で理解できなくなると、もう次から付いていけない。だから頭が悪いという意識を持たせられる。こんなところだろう？」&lt;br /&gt;　「そうです」&lt;br /&gt;　「これではＳＡＴのスコアが悪いに決まっている。確かに頭のいい奴がいるよ。毎年数学で８００満点取る生徒が全国でたくさんるからね。ミッド高校でも７５０点以上を取る奴がいるよ」&lt;br /&gt;　信号で停車して一息ついた。出会った老婦人２人が歩道の途中で話を始めた。男たちが「女は歩道を赤信号で渡り、青になると安心して歩道の途中で話をする」と揶揄している通りだった。のどかな風景だった。駿河が続けた。&lt;br /&gt;　「頭が良い他人は君には関係がない。こういう連中は理学部か工学部、そして医学部に行く。早い話、ミッドビル高校ではシニア３３０人中、微積分の高等数学を取るのは３０人足らずで、残りは取らない。君はこの残りの多数グループと社会で競争するのだ。どんな職に就いても代数は役に立つものだ」&lt;br /&gt;　「ボクは勉強をほとんどしたことがないから、頭が良い悪いなんてものじゃない。そうですよね？」&lt;br /&gt;　「その通り。頭が良いかどうかはとにかく、頭が悪いと思わないことだ。数学が分からないから、みんなだめだと思い込んでいるのなら、敗者の道だよ」&lt;br /&gt;　ここで野球の話になった。&lt;br /&gt;　「キャッチャーとは記憶力と推理が要るポジションなんだ。天才は要らない。つまりだな、それまでの打者の得手不得手の球を記憶して、コースや球種を投手に投げさせる。同じ投手でも日によって球の調子が違う。これに合わせると同時に、打者の待っている球を推理する。状況によって球種を選ぶ。わかるか？」&lt;br /&gt;　インサイドワークなんて言ってもわからないジョージは黙っていた。&lt;br /&gt;　「いいかジョージ、野球だけの話じゃない。頭を使わないことと頭が悪いことは別なんだよ」&lt;br /&gt;　「コーチ、仕事でも数学は要らないと言っているのですか？」&lt;br /&gt;　「数学を知らなくても就ける仕事がいっぱいあるといことさ」&lt;br /&gt;　「代数だけは卒業しても勉強をやり直す必要があるということですね」&lt;br /&gt;　「なんと言っても、やると決めたらやり抜くことだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　カーラジオにボブ・ディランが歌う曲が流れている。駿河はステアリングの輪を叩きながらうろ憶えの歌詞を大声で歌った。ジョージがついてきた。&lt;br /&gt;　「ジョージ、日本の野球ソングを聞かせてやろう。ベースボール・キッズという歌だ」&lt;br /&gt;　こう言うと、駿河は古い灰田勝彦の「野球小僧」を歌い始めた。途中で歌詞が出てこないところは飛ばした。&lt;br /&gt;　「オー、マイボーイ、朗らかな、朗らかな、野球小僧」&lt;br /&gt;　遠い昔、駿河は大学野球部時代のコンパでもいつも歌ったことを想い出していた。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　１７．『ライ麦畑でつかまえて』&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　町は短い春から夏に入っていた。新緑の薄い緑が日に日に濃緑に変わり、気温が３０度を超えても湿度が低く、そよ風が吹くこの季節は最高だった。くっきりとした青空に道路の両側の並木が美しい。森林を切り倒して道路を通したのだ。&lt;br /&gt;　ジョージが卒業後働き始めたハンバーガー・レストランで夕方に会った。勤務時間が終わると、コーヒーを飲みながら片隅のテーブルで話した。&lt;br /&gt;　駿河には一つの考えがあった。&lt;br /&gt;　「ジョージ、今日は本を一冊持ってきた。 『Catcher　in the Rye』（邦題「ライ麦畑でつかまえて」）という本だ。退屈で文も読みやすいと言えない。我慢して最後まで読み切れるかどうか、自分を試すつもりで読め」　　&lt;br /&gt;　「野球の本ですか？」&lt;br /&gt;　「そう思うだろう？ところが、野球とはまつたく関係がない。実はね、ニューヨークに行った時に本屋で&lt;br /&gt;野球関係の本を三冊買ったのだが、帰ってから読むとこの本は野球とは関係ないことを知った」&lt;br /&gt;　ジョージが笑った。そして、続けた。&lt;br /&gt;　「ところがだ、これが有名な本で、間違い転じてラッキーだったというわけだ。なぜキミに読ませたいかと言うと、ここに出てくる主人公のホールデンは、世間の本によくあるような模範的なヒーローではない。恵まれた家庭に生まれながら、勉強意欲もない、将来の目標もない、何事にも真剣に取り組めないなど、およそ模範とするタイプではない。小説は、成績が悪くて金持ちの子弟が行く全寮制私立高校を退校させられた彼が、家に帰らずにニューヨークを三日間ぶらぶらする生活を描いている。キミから見たら彼の恵まれた境遇と生き方に腹を立てるかもしれない。それでも最後まで読んでほしい」&lt;br /&gt;　「最近の本ですか？」&lt;br /&gt;　「いや、驚いたことに、第二次大戦でアメリカが勝った直後に出版された。愛国心が高まった時代だったと思うが、こんな反体制的、反道徳的と言えるような本が若者世代を中心によく読まれたという。分かるようで分からないな」&lt;br /&gt;　「なぜボクに読めと？」&lt;br /&gt;　「反体制になれ、というのはジョークで、まあ、根気試しということだ」&lt;br /&gt;と、ジョージを笑わせた後で、駿河は真面目な表情になった。&lt;br /&gt;　「誰でも悩みを抱えている。将来に不安を感じる。これが当たり前のこと。キミがピッチャーなら打たれてピンチになってもそのイニングはとにかく投げ抜かなければならないだろう？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　２ヶ月が経った頃、彼が本を駿河の自宅に返しに来た。駿河は出かけるところで、玄関で立ち話をした。&lt;br /&gt;　ジョージは駿河と別れてから考えた。&lt;br /&gt;　コーチはオレに頭が悪いのではなく、頭を使っていないのだとよく言う。しかしだ、コーチは頭がいいから何とでも言えるのだ。それでもオレは数学がまったくできないから頭が悪いのだと決めつけていたことは確かだ。コーチは英語が大事だと言った。英語が思考力をつけるのだと言った。あれは意外だったな。これまで考えたことがない。&lt;br /&gt;　今まで機会がある度にコーチは野球以外のことでもアドバイスをしてくれている。なぜかオレのことを心配してくれている。きついことも言われたな。&lt;br /&gt;　「図書館に行ったこともないだろう？」&lt;br /&gt;　そう、オレは町の図書館にも学校の図書室にも行ったことがない。&lt;br /&gt;　「新聞を読め。隅から隅まで読むのだよ」&lt;br /&gt;　そう、オレはスポーツ面だけしか読まない。&lt;br /&gt;　「なぜ隅から隅まで読むのですか？」とオレが質問したらコーチはすかさず言ったな。&lt;br /&gt;　「最初は面白くないが、そのうち面白くなってきて世間の様子が分かってくる。途中で止めたらお終いだよ」&lt;br /&gt;　それにしても、『ライ麦』は退屈だった。コーチがオレの根気試しをしていると思ったから、意地で最後まで読んだ。考えてみると、生涯で読み切った最初の本だったな。&lt;br /&gt;　別れ際にコーチに訊いたんだ。「コーチはこの本をいつ読んだのですか？」と。そしたら、「私は半分を読んだところで根気が切れてまだ全部読んでいない」言う。&lt;br /&gt;　「あきれたよ。あの人は何を考えているか分からないところがある。本当に変化球ピッチャーだな」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　１８．フロリダに仕事の口&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後もジョージの就職は決まらなかった。&lt;br /&gt;　卒業後１年近くも経った頃、彼から電話がかかってきた。フロリダに行くことになったので、報告したいと言う。&lt;br /&gt;　そこで、ファストフード・レストランで待ち合わせしてハンバーガーを食べながら話を聴いた。彼は野球部監督のケンに紹介されてフロリダのレストランでウエイター見習いとして採用された。そこは普通のレストランで基本給よりチップが主たる収入になる契約だという。彼は毎年夏休みにファストフード・レストランで働いていた経験はあるが、ウエイターとして接客することは初めてで、不安を持っていた。&lt;br /&gt;　「ジョージ、卒業したら多くは初めての町、初めての仕事を経験するんだよ。みんな同じことさ」&lt;br /&gt;　「コーチはボクの仕事についてどう思いますか？」&lt;br /&gt;　「うーん、私は製造業しか知らないからよく分からんが、アメリカ中のレストランに行った経験から言うと、良いウエイター、悪いウエイターが居てさまざまだな。接客が良いウエイターにはチップをはずむよ。この仕事もプロの世界だな」&lt;br /&gt;　よく分からないという表情のジョージに対して駿河が続けた。&lt;br /&gt;　「ほら、今年の卒業式で卒業生総代(valedictorian)が、『どんな仕事でもいい、ナンバーワンになろう』とスピーチで言っただろう？今はその店でナンバーワンのウエイターを目指すことだ」&lt;br /&gt;　「どうやってやるのですか？」&lt;br /&gt;　「そりゃ、いろいろあるさ。例えば、キミは体型が大柄でごついが、顔つきは優しい。客と軽い会話ができるように意識することだ。日常でも人と会話するように心がけるといい」&lt;br /&gt;　ひと呼吸置いて、駿河が付け足した。&lt;br /&gt;　「客との会話にうまくなれば、ガールフレンドとの会話に役立つよ」&lt;br /&gt;　ジョークと受け止めたジョージが笑った。駿河は半分は真面目なことを言ったつもりだった。実際、彼のように口数が少なく、ジョークも言えない男は女にもてにくい。面白くない(N0 Fun)と言われる。&lt;br /&gt;　「ウエイターの仕事に将来はあるのですか？」&lt;br /&gt;　駿河はなんとも答えようがない。そこでキャリアパスの話をすることにした。&lt;br /&gt;　「キャリアパスという言葉を聞いたことがあるか？これはね、自分が将来なりたいと目標にする職業のために、一段ずつ仕事の経験を積み重ねていくことだ。キミの場合、ウエイターをしながらチーフ・ウエイター、さらにマネジャーを目指すということになるだろう。もっと大きなレストランに転職してゆくこともできる。そのために、フランス料理かイタリア料理の知識を勉強しなければならないだろうな」&lt;br /&gt;　「シェフはどうですか？」&lt;br /&gt;　「私の話をあまり信用するなよ」&lt;br /&gt;と言うとジョージが笑った。駿河が続けた。&lt;br /&gt;　「シェフには、野球選手と同じで、味に対するセンスとか手先の器用さとか素質が要るのではないか。どっちにしても、プロ野球で言うとマイナーリーグから上がっていかなければならない。これから働くレストランでよく観察してみるといい」&lt;br /&gt;　こんな話をして別れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　《あれから２０年か、あの時は危なかったな》と今思う。というのは、ジョージが、卒業前だったか、軍隊の話をした時だった。&lt;br /&gt;　「職がなければ、軍隊に入ることを考えています。マットは陸軍に入ることを考えているそうです」&lt;br /&gt;　マットは野球部で控えのキャッチャーをしていた。&lt;br /&gt;　「待て待て。彼と話したことがあるが、彼は州ではレスリング選手として有名だから、推薦で大学に行き、レスリング部に入る。それから卒業後陸軍に行くそうだ。陸軍の幹部候補学校で教育を受けると少尉に任官される。つまり、彼は将校になれるということだ。ほら、彼はキャリアパスを考えているんだよ」&lt;br /&gt;　「高卒では一兵士にしかなれず、戦死の可能性が高いということですか？」&lt;br /&gt;　「確率から言うとそうかもしれないが、みんなが戦死するわけじゃない。将校だって戦死するよ」&lt;br /&gt;　「軍隊ではコンピューターや通信技術の教育をしてくれると聞きましたが」&lt;br /&gt;　もうとっくにハンバーガーを食べ終え、コーヒーがわずかに残っているだけだった。気が重い。駿河は迷いながら、答えた。&lt;br /&gt;　「問題はキミの志望がかなうかどうかだ。国防として戦う兵士は誰かがやらなければならない。ベトナム戦争でも戦争が広がると若い兵士が戦場に行かされた。しかし、１９８３年のグレナダ侵攻のような小規模な戦争では新兵は派遣されないだろう。ジョージよ、大事なことは先生に相談すべきだ。空軍のリクルート責任者なら友達だから紹介するよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結局、ジョージは友達の空軍退役少佐の紹介も求めてこなかったし、軍隊にも行かなかった。&lt;br /&gt;　《危ないところだったな。不注意に軍隊に入ることに影響を与えなくてよかった。まさか湾岸戦争が起きるとは思わなかった》&lt;br /&gt;　１９９１年、イラクがクエートに侵攻した時、アメリカ政府は他の連合国とともに大規模な軍隊を送り、参戦した。湾岸戦争と呼ばれた。&lt;br /&gt;　町の鉄道線路を濃緑色から砂色に塗り替えられた戦車や兵員輸送車の何十両も連ねた貨物列車が通った。駿河の周囲の予備役が召集され、現役の大学生にも召集予告の通知が来た。駿河が初めて経験する戦時体制だった。&lt;br /&gt;　アメリカはさらに、２００１年、タリバンとの戦いにアフガニスタンに軍隊を送り、２００３年には対イラク戦争に踏み切った。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;　　　　　　　　１９．日本へ行かないか&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ここで話がさかのぼる。ジョージがまだ町のハンバーガー・レストランで働いている時で、フロリダに行く前のことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　出張の帰路、駿河は飛行機の座席でうとうとしていた。&lt;br /&gt;　シカゴからデトロイトまで飛び、ここでエリーまでは２０人乗りの双発プロペラ機に乗り換えて５０分の飛行。デトロイト国際空港は広大だ。滑走路が６本もある。&lt;br /&gt;　エリー便のゲートは広いターミナルの端に位置するので、飛行機がゲートを離れてから、延々と陸上を滑走して滑走路まで移動するのに１５分以上かかる。ある日、初めてこの地方便を利用する乗客がジョークを言った。&lt;br /&gt;　「まさかこのまま陸上を滑走してエリーまで行くのではないだろうな」と。他の乗客が「そうだよ」と返した。みんな大笑いしたものだ。&lt;br /&gt;　飛行機はエリー湖の上空を飛んでいた。島がいくつか浮かんでいる。どの島もおそろしく平坦で農地になっている。高波が来れば島全体に浸水してしまいそうだ。&lt;br /&gt;　《日本の島が山になっているのとはえらい違いやな》と駿河が独り言をささやいていると、とんでもない発想が閃いた。&lt;br /&gt;　《ジョージを日本の大学でプレーさせるか。プロ野球では日米間で選手の行き来があるのに、日本の大学でアメリカ人が野球部員になった話を聞いたことがない。うん、新鮮味があるな》&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　秋、一時帰国した駿河は、仕事の合間に時間を見つけて京都の大学を訪ねた。その後、地下鉄で４０分の新キャンパスにある野球部球場を訪ねる予定になっていた。この大学はジョージには敷居が高過ぎた。運動選手に対する推薦入学制を認めていない上に、外国人も日本語で入試を受けなければならない。交通の便利さでこの大学を選んだことは配慮不足だった。&lt;br /&gt;　球場に入ると、予め用向きを話してあったので、監督に会うと選手たちを集めていただいた。いかにも大学生らしい選手たちからも歓迎された。アメリカ人が野球部に入るという新しい発想を喜んでいるようだった。キャプテンから隣接する合宿所を案内され、生活振りを知った。みんなでジョージの順応を支援するという。　《アメリカ人の入部に少しも抵抗を感じない世代に驚くな。時代が変わりつつあるのか》と思う。&lt;br /&gt;　監督とキャプテンには入学の大きな壁について話し、ジョージの入学が難しいことを伝えた。&lt;br /&gt;　もう少し時間があったので、急遽、松下電器に電話を入れて野球部を訪ねたいと伝えた。&lt;br /&gt;　球場に出向くと、鍛冶舎監督が待っていた。挨拶で監督が名前を告げると、遠い日の記憶が甦った。《この人はあの鍛冶舎選手なのだ》&lt;br /&gt;　鍛冶監督は早稲田大学の４番打者、卒業後プロ野球からの指名があつたにも関わらず、社会人野球の雄、松下電器に入って強打者として活躍した。オールジャパンのチームでも４番だった。&lt;br /&gt;　監督にジョージを捕手として育ててもらえないかと打診してみた。いろいろ話し合った後で、彼は社員として入社させ、独身寮で生活すればよい。野球部では控えの捕手として練習させてみよう、と言った。将来、仕事を身につければ、アメリカの子会社に転籍することもできるかもしれない、と付け加えた。&lt;br /&gt;　《監督にそんな権限があるのだろうか？》と駿河は思ったが、直感で信頼を置けそうだった。《この人は異色の感覚の持ち主だな》&lt;br /&gt;　鍛冶舎監督は退任してから普通の社員に戻り、本社の役員にまで昇進した。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河は帰宅すると町でジョージに会った。&lt;br /&gt;　「先週日本から帰って来たが、仕事の合間に大学と会社を訪問してきた。なんのためだと思う？ジョージに野球を続けさせるためだよ。大学の方は入試を日本語で受けなくてはならないから無理。そこで、ほら、アメリカでも有名な松下電器の野球部監督に会ってきた。信じられないかもしれないが、キミを受け入れてもいいと言うんだな」&lt;br /&gt;　ここで、一息ついて日本の社会人野球の古い歴史について駿河が話している間、ジョージは顔がひきつるというのは多少オーバーかもしれないが、緊張の表情が露わだった。言葉もなかった。&lt;br /&gt;　「ジョージ、自分の生涯を拓くためには時にリスクを買わなければならない。せっかく持っている野球選手の素質を生かして、野球を利用して会社員になればいいのだ。松下電器のアメリカ子会社も大企業だから、将来キミをアメリカに戻してくれる可能性もある。要するに、チャンスを取るか取らないかの選択なんだよ」&lt;br /&gt;　やっとジョージが口を開いた。&lt;br /&gt;　「日本語を勉強しなければならないでしょう？ボクは外国語でスペイン語を選びましたが、苦手でした」&lt;br /&gt;　「当面日本語より英語の勉強をすることが大切だ。読み、書き、話し方で正しい英語を磨くことだ。日本では多くのアメリカ人の中には正当な英語をしゃべれないのも居る。松下電器にも居るアメリカ人社員は正統な英語を話すクラスだから、キミの英語を評価するだろう。日本語は日本に行くことが決まってから集中勉強すればいい」&lt;br /&gt;　「日本に行く金もありません」&lt;br /&gt;　「それはアメリカと日本で後援会をつくって用意する」&lt;br /&gt;　それから間もなく、ジョージと母親が駿河の自宅を訪ねてきた。母親はこの話に乗り気だった。&lt;br /&gt;　高校でケンに会って経過を報告した。かれも大賛成してくれた。&lt;br /&gt;　気が早い彼が、「うん、新聞社に話してみよう」と言ったので、駿河はあわてて「待て、待て、これから何が起きるか分からない。ジョージの出発が決まってからにしよう」と彼を制した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　２０．日本は遠かった&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河が離れの書斎で仕事をしていた。書斎と言っても実質事務所だった。ある日、アイデアが湧いて、２台の車が縦長に入るガレージの奥をつぶして、Ｌ字型になる事務所を建てることにした。日常家内の車はガレージに入れ、彼の車はほとんど私道に置いていたので、１台分をつぶしても不便はなかった。&lt;br /&gt;　市役所に建築申請書を出して間もなく、親しくしていた助役から電話で呼び出しがあった。彼から使用目的を訊かれて話すると、「それなら書斎でよいのではないか。あそこは住宅指定地域だから事務所は建てられない」と言われた。そこで、書斎に書き換えて再申請した。さらに助役は完成図を持って近所回りをすることを勧めた。&lt;br /&gt;　駿河の妻がデザインし、友達の大工が建てた書斎は周囲の森にマッチして隣人からも好評を得た。二方の窓から景色が見える約８畳の部屋に、大きなビジネスデスクと背もたれがある回転椅子を置き、来客用にソファを配置した。町にはまだ普及していない時に買っていたファックス機を本宅から移した。窓から見える木の枝に野鳥のために餌箱を付けて楽しんだ。小鳥音痴の駿河には数種以上来る小鳥の名前が分からなかったが、大柄なブルージェイが来ると餌があっという間になくなった。巧みに枝を伝うリスにも餌を食い荒らされた。&lt;br /&gt;　駿河にとって仕事や執筆をしながらステレオから音楽を聴く時には幸福感にひたった。&lt;br /&gt;　何事にも贅沢を戒める彼は、「これがオレの唯一の贅沢さ」と家族に言った。日本から入る深夜の電話やファクスに悩まされることがなくなった。&lt;br /&gt;　クリスマスのイルミネーションが雪に覆われた町中に輝いていた。駿河の家も近所に合わせて、玄関のシャクナゲの小枝に豆電球を連ねて飾っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　駿河はジョージ基金と名付けて、親交がある在米日本企業の知人に支援を要請していた。商社や新聞社の幹部も賛同して、基金に送金することを約束してくれた。日本側でも支援者を得られた。一口１万円の寄付でジョージが面接のために訪日し、滞在する経費は確保できそうだった。&lt;br /&gt;　事がうまく運び過ぎることにどこか不安を感じていた。&lt;br /&gt;　週末の午後にジョージと母親のケイが訪ねて来た。離れの書斎に通して、妻も加わった。しばし無言の後でケイが話し始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「ハンク、申し訳ありません。実は、ジョージが日本には行けないと言うのです。いくら説得しても自信がないと言って」&lt;br /&gt;　事の成り行きに駿河は意外なほど動じなかった。&lt;br /&gt;　「ジョージ、やはりチャレンジが大き過ぎたか」&lt;br /&gt;　「怖くなったのです」&lt;br /&gt;　ジョージは目に涙を浮かべて、後は言葉を続けることができなかった。&lt;br /&gt;　「オー、マイボーイ、ジョージ」と思わず声を出した駿河はその後絶句した。&lt;br /&gt;　《これで計画は消えたか。無理押ししてもどうにもならんな》と駿河は思った。がらがらと計画が崩れ落ちた。考えてみれば、駿河がアメリカ企業から誘われて渡米を決心した時は３８歳だった。身分が保障されていたとは言え、やはり怖かった。&lt;br /&gt;　「それで、これからどうするんだ、ジョージ」&lt;br /&gt;　ケイが代わって答えた。&lt;br /&gt;　「前に断ったフロリダのレストランに就職することに決めました。今度は行く決心をしたのです」&lt;br /&gt;　≪そうか、フロリダに行くことにしたか。ジョージにはフロリダに行くことさえ怖れたに違いない。日本よりは近いと思えたのか。まあ仕方がない》&lt;br /&gt;　この町の若者は少なからず州の外に出たことがない。出ても州境が近いオハイオ州かニューヨーク州くらいのものだ。飛行機にも乗ったことがない。まして町からフロリダまでは直線距離で１５００キロもある。ジョージには遠かっただろう。しかも初めて親元を離れて。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　エピローグ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　《あれから２５年が経つのか。オレも今は７０歳になった》&lt;br /&gt;　小春日和の日、駿河は大阪の自宅でミッドビルの生活を思い出していた。５年前、最後の機会のつもりで家内を伴って訪問し、旧知の友達たちにできる限り会ってきた。勤めていたアメリカ企業の同僚夫婦８人と会食した時には、みんな歳を取っていた。知り合ってから３０年以上になる、みんな自分の年齢前後だから引退していた。直接言葉で伝えることはしなかったが、彼らは会話の中で最後の晩餐だと感じていただろう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　駿河は問題を抱えていた。&lt;br /&gt;　執筆に根気がなくなり、集中力が長続きしないことに悩まされていた。書き手には好不調があり、執筆にブレーキがかかることはよくあることであるが、彼はもっと根本的な壁があると感じていた。それは、認めたくないが、歳を取ったことだ。７０歳になったのだ。気力だけではなく、体力も衰えていることは隠せない。何十年も身についた５時頃の早起きもできない日が増えてきている。起きても全身がだるい。夜な夜な夢にうなされる。夢と言っても悪夢ばかり。生涯に踏んできたリスクが再現のように出てくる。&lt;br /&gt;　しかし、《７０歳で最初の作品を書く作家もいる、オレだって身体はまだ強健だ。一時的な不調だ》と言い聞かせていた。&lt;br /&gt;　これまで時々気晴らしに国内や海外の旅に出かけた。友達に「ほら、昔ヨーロッパの作曲家が気分転換に旅に出かけたろう？オレもそうだよ」と言うと笑われた。&lt;br /&gt;　《この一節は今日中に書き上げるぞ》と意気込んでも一日一日とずれていく。決意してもやり切れずに終わってしまう。&lt;br /&gt;　《一日がただ流されていく。そうだ、これがジョージの苦しみだったのか》&lt;br /&gt;　《オレがジョージにしたことは、健康人が病人に健康を説くようなものだったか》&lt;br /&gt;　７０歳にして我が身が少し見えてきた。&lt;br /&gt;　ケンの話が救いだった。ジョージが人生の目標を立て、フロリダで自立していることに、駿河はいくらか貢献したのだと思うことにした。&lt;br /&gt;　今、思う。ジョージは高校で勉強もできなかった。家庭環境も悪かった、ガールフレンドもいなかった。面白くなかっただろう。それでいてぐれることもなく、真面目そのものだった。高校が一時乱れて大麻の捜査で警察が入った時も、ジョージには無縁だった。捕まったのはほとんどが金持ちの子供だ。&lt;br /&gt;　ジョージにとって野球が救いだった。駿河は今もそう思う。　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-5228803289522218885?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/5228803289522218885/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=5228803289522218885&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5228803289522218885'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5228803289522218885'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/07/blog-post_30.html' title='＃５４　小説『オー、マイボーイ』－－アメリカの高校野球'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4973088737918629880</id><published>2011-07-23T08:39:00.005+09:00</published><updated>2011-07-25T07:28:05.246+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><title type='text'>＃５３　中国の最新電力事情ーー上海たより（その２）</title><content type='html'>　日本の電力供給が危機状態になっています。今月「言論大阪」＃１５では関西電力について書きました。&lt;br /&gt;今回、時節にタイミング良く、上海のＩ氏から中国の電力事情について寄稿を届けます。この寄稿では日本のメディアが伝えない中国事情が詳しく書かれています。現地の日本企業は対応に苦しみながら、よく頑張っています。&lt;br /&gt;若者諸君の時代には、日本に対して中国の圧力がもっと重くのしかかってきそうです。&lt;br /&gt;　　　　　　――――――――――――――――――――――――――――――――&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この一ヶ月、中国でも電力・エネルギー関連の報道がされない日が無いと言っても良いくらい、各紙各様に喧しい限りです。&lt;br /&gt;　昨夏も電力不足の問題が急浮上して、江蘇省・浙江省などの我々の身近な関係先にも影響が及び、突然の停電による品質不良の発生や月間操業日数が20日を切るといった事態に至りました。その折に、全国の拠点に一斉調査をしたり、情報通に問い合わせたりしましたが、どうも状況がバラバラで腑に落ちない面がありました。東北地区や華南地区からは全く問題無しという、&lt;br /&gt;即答があり、何を大袈裟に騒いでいるのか？と言った反応。青島事務所からは、山東省では特定地域に一時的に被害が発生したという報告でした。&lt;br /&gt;その特定地域に顔の利く経営者や知人が日本から出張して、地元当局に捩じ込んだところ、電力供給が回復した、ということを異口同音に話してくれたことを思い出します。&lt;br /&gt;　電力という高度に公的であるべきものが、それほど恣意的な動きをするだろうか？という日本的常識に囚われていましたので、得心がいかないまま、電力問題は秋が深まるとともに沈静化しました&lt;br /&gt;　解せない問題意識が残ったまま、昨年末に参加したセミナーで質問したところ、講師は中国の電力は不足していない、問題発生は局部的な現象である、と明解に回答してくれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　年を越えた3月７日の時事通信が伝える各紙の記事によると、国家発展改革委員会の張平主任が記者会見で「国際的に明言した省エネ（単位GDP当りのCO2排出量削減）目標について、第11次五ヵ年計画の最終年度であった昨年末までの達成が危ういと見た一部の地域でのやり方に妥当性を欠いた」と発言しました。今頃になって、何だ？これは！と、感じて、昨夏に被害甚大であった日系の取引先に、その情報を伝えたところ、激怒するかと思いきや、「そんなことやったんか？そしたら今年は大丈夫ということやな！」ととても楽観的な反応だったので意外でした。&lt;br /&gt;　そんな日本的常識が揺らぐのに、余り時間は要りませんでした。&lt;br /&gt;　5月に入って湖南省で計画停電が始まったという報道や、寧波事務所からの1週間の供給停止が各工場で順番に実施されたという報告が嚆矢となり、次々と届く情報やスクラップのファイルが分厚くなっていきました。&lt;br /&gt;そしてついには４０００万キロワットという、過去最大の電力不足が発生する惧れもある、という送電大手からのコメントまで飛び出しました。その情報の渦に乗って語るには確信が持てず、自らが喧しい輩の一人になることは避けたいと思いました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　電力専門家である国家電網エネルギー研究院の胡兆光副院長によると、全体の電力需給は基本的にバランスが取れて、少し余裕がある程度である（中略）中国電力設備容量は、０９年末時点で８億７０００万ｋＷに達し、電力需給指数は均衡値の１を上回り、１．０５に達している（中略）要するに、現在、中国全域で電力需給は基本的にバランスが取れているが、華東、華中などの地域では厳寒気象と石炭輸送逼迫といった影響を受け、電力供給がやや不足している。電力供給不足は局地的・一時的な現象に過ぎない。中国では根本的な電力供給不足は発生していないと言えそうだ・・&lt;br /&gt;　『中国エネルギー事情』郭四志（岩波新書　２０１１年１月）の一節です。では何故、「電力不足」が現在このような大きな問題になってきているのか？&lt;br /&gt;上述の一節のなかの、「基本的に」「局地的」にというキーワードに先ず注意することが必要だと思います。また、鳥瞰図だけでは把握しきれない中国の難しさがあるのではないかと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　一般には電力制限問題が表面化していなかった４月末に届いた、上海日本商工クラブ会報の『Next Shanghai 上海明天』Ｖｏｌ．２７に掲載されたジェトロ上海センターの川合　現さんによる『「電力制限暴風」の再来を防止するために』という文章に啓発されました。&lt;br /&gt;同氏は、昨年の「電力制限」の際に各地の現場を回って得られた実態から、以下のように分析されています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;①　法的根拠なく個別企業の私権が制限された。&lt;br /&gt;②　エネルギー使用の「効率」に係わる目標が電力供給の「量」の目標に置き換えられたという手段の不適切　　性。&lt;br /&gt;③　地域間における不公正性。&lt;br /&gt;④　措置の恣意性。某国有企業の工場は問題なく稼働しているようだと言う話は何件か耳にしたのみならず、　　面会したある開発区の幹部は「電力制限は配分の問題である」と言い切っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　同氏が５月に公表した中国各地でユニークな経営を成功させている日系企業に関する報告書も、まさに足と頭をフル稼働させたフィールドワークによるもので、虫瞰図的な行動と鳥瞰図的分析の成果だと思いました。&lt;br /&gt;昨年の初夏に、日本製高級子供服店のテープカットを同氏と一緒にさせて&lt;br /&gt;貰ったご縁で、それ以来お世話になっています。炒飯や小籠包を食べながら、論文や報告書の解説をしてもらえるのは、実にありがたいことです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　電力制限の動向は予断を許しません。&lt;br /&gt;　２００２年１２月に国家電力公司を発電５社（華能・大唐・華電・国電・電力投資集団）と送電２社（南方電網；華南・西南４省１自治区、国家電網；その他の地域）に分割して、当時新設された国家電力監督委員会が料金を含む規制・監督する体制が基本的にできています。&lt;br /&gt;　ただ従来からの地域をカバーする民間の小型発電会社は約４０００社もあるといわれ、政府の発電効率重視策や環境対策に基づくとされる淘汰政策で統合閉鎖されていく模様です。&lt;br /&gt;　一方、火力；水力；風力；原子力＝７４．６％；２２．５％；１．８％；１％という電源構成、しかも石炭発電が火力電源の９０％を占める、（石炭発電が全体の７割近くを占める）事の弱点は石炭価格と輸送状態に大きく影響を受けることと、そして環境対策（とりわけＳＯ2）の面でも内陸部の脱硫装置強化が急務となることでしょう。そして、その石炭産業も政府系大型鉱山と多くの民間中小鉱山のせめぎ合いの場でもあります。&lt;br /&gt;　昨年末から表面化したインフレの加速（４月度は前年同月比５．３％上昇）に直面して、矢継ぎ早の金融引締めなど物価抑制策が採られるなか、産業用にせよ民生用にせよ電力料金の値上げは見送られてきました。&lt;br /&gt;一方、資源価格の上昇に伴って石炭価格が１０～２０％も上昇したため、多くの電力会社は採算割れに陥り、発電量を落としたことが「電力不足」の直接的な要因となったようです。6月1日から上記５大発電会社の一つ華能が送電会社への料金を２～３％値上げしました。これで、採算が良化するとは思えず、市場の反応を見るアドバルーン或いはモニター的動きではないかと&lt;br /&gt;訝っています。私見ながら、体力の無い民営発電を駆逐して、政府系大手の寡占化を進め、且つ「電力不足」を煽って料金の大幅値上げを正当化するキャンペーンが着々と進行中という予感があります。そしてその過程で電力業者と政府行政と政府系大型製造企業の連携が強化されていく構造が浮かび上がってくるようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　国民の声なき声が、ＩＴ普及により連帯化することへの対応を、政府が最重要視していることは、身近な市民生活や経済活動の端々に実感します。インフレは民にとって最大の関心事であり、様々なムーブメントを誘発しかねない問題であることは歴史に学ぶ政府は熟知しています。&lt;br /&gt;　今回の「電力不足」や電気料金の据え置きから値上げへの動きは、闇雲なインフレ抑制策の破綻の兆しではありますが、その背後にある「国進民退」の進行と、根を張りつつある民の異議申し立てへの潜在的な動きという二つの大きな流れは、何処かで摩擦を生むのではないかと想像します。&lt;br /&gt;　賢明な政府は、民間企業には圧力を加えられても、一人一人の民の思いを力づくだけで抑え込められるとは思っていないでしょう。そんな状況の中で、今後を左右するのは官の弱点である腐敗撲滅問題かも知れません。　（了）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4973088737918629880?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4973088737918629880/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4973088737918629880&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4973088737918629880'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4973088737918629880'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/07/blog-post_23.html' title='＃５３　中国の最新電力事情ーー上海たより（その２）'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4399061622682800663</id><published>2011-07-11T19:57:00.008+09:00</published><updated>2011-07-19T20:19:57.835+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１５，　７月，２０１１　　　関電、これでも民間会社かーー関西経済にダメジを与えた</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;br /&gt;　先日、関西電力が前触れもなく産業界に一律１５％の節電を要請することを発表した時、産業界も市民も、そして橋下知事も反発した。私も「普通の民間会社ならこんなやり方はしない」、「何か抜けている」と唐突に感じた。&lt;br /&gt;　関電はどこがおかしいのだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;関電の経営体質に問題がある&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　電力事業は、少数の例外を除いて、全国で地域独占の電力会社によって行われている。つまり、競争がない。当然社内では競争意識が育まれない。これが長く続くと経営者にも幹部にも世間からずれた感覚が持たれる。&lt;br /&gt;　他の民間会社と比較してみよう。値上げは一例であるが、顧客に犠牲を強いる時には、先ず有力顧客を回って打診と説得を試みるものだ。中でも代理店に対する説得から了解を得ることは欠かせないステップだ。ところが、関電には代理店がないし、通常の顧客意識も欠けているだろう。関電は社内の上意下達をそのまま外に持ちだしたも同然。&lt;br /&gt;　発表前に行ったはずの意思決定の会議でこんな意見は出なかったのだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「一体、正確にはどれだけの電力が不足するというデータの詳細を詰めたのか？」&lt;br /&gt;　「火力を緊急で復旧したら要請なしで行けるのではないか」&lt;br /&gt;　「東電による節電要請が出されて以来、産業と市民の間では、関西でも節電意識が高まっているから、大げ　さに節電要請を出さなくてもよいのではないか。もっと穏やかな広報で行くべきだ」&lt;br /&gt;　「ＬＰＧの火力発電を持っている大阪ガスや新日鉄の堺火力に容量拡大をお願いする手もある」（関電と大　阪ガスの仲の悪さはつとに知られていることで、関電が頭を下げるとは思えない）&lt;br /&gt;　「全面発表より個別に大ユーザーにお願いしてみるべきだ」&lt;br /&gt;　「震災対策として関東の大企業が本社補完組織や工場を西日本に移転することを考えている時に、こんな発　表をすれば水を差すことになる。これは関電の問題だけではなく、関西の経済に悪影響を及ぼすことになる　ではないか」（こんな思慮もできないのなら、会長は財界トップを辞任すべきだろう）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;停電した時の設備被害、復旧期間&lt;/strong&gt;、&lt;br /&gt;　もし電力使用オーバーで突然の停電により関電の全設備がストップした場合、直接被害がいくらになるのか、また復旧にどれだけの期間がかかるのか？&lt;br /&gt;　誰でも知りたいことであるはずなのに、新聞は伝えない。新聞の役目は、後追いで騒ぐテレビと違って、後追いだけではないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;新たに関電の経営問題&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　節電はこれまでの消費生活を見直す上で時代の要請であり、避けて通れない。関電の節電要請は自社の売上減につながり、緊急時とは言え、自分の首を絞めている半面がある。これまで「ガスより電気がお得」と全電化ハウスを勧められて新居を買った消費者こそいい迷惑だ。&lt;br /&gt;　短絡した節電要請の発表に対して経営者が責任を取るほかに、売上減に伴う社内コストを下げるためには、経営者と幹部の人事刷新を図り、気鋭の人材の登用が求められるだろう。&lt;br /&gt;　これだけの大企業でありながら、今も本社と呼ばずに本店と称している。古い体質の表れかもしれない。&lt;br /&gt;　かねて言われていた電力自由化や発電・売電の分離はまだ早い。先ず関電の自助努力に期待したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;関電小史の一つ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　関電の前身は１９１３年設立の宇治川電気である。関電は１９５１年のＧＨＱ指令によって電力再編が行われた時にこれを引き継いだ。西天満にある宇治川電気ビルは当時の本社だった。&lt;br /&gt;　ここから私事になるが、私の亡父は宇治川電気の本社から釧路郊外にあった子会社の庶路炭鉱に経理責任者として出向した。私はここで昭和１５年に生まれた。謄本によると、出生地は北海道白糠郡白糠村大字庶路村字庶路原野番外地となっている。原野番外地とはすごい住所だといつも思うが、当時は炭鉱のそばに社宅の一群しかなかった。私が生まれる時、父は馬に乗り、半時間かけて産婆さんを呼びに行き、帰りは彼女が馬に乗り自分は手綱を引いて歩きで１時間以上かかったという。&lt;br /&gt;　遠い昔、札幌で学生時代に寮の先輩に連れられてバーに行った時のこと、「オレは道産子だ」と言ったら、大阪弁訛りの北海道弁を話す私に対し、ホステスに「嘘ばっかり」と言われて信じてもらえなかった。&lt;br /&gt;　２歳で西宮に帰ったから、当時のことは何も憶えていない。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4399061622682800663?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4399061622682800663/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4399061622682800663&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4399061622682800663'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4399061622682800663'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/07/blog-post_11.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１５，　７月，２０１１　　　関電、これでも民間会社かーー関西経済にダメジを与えた'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-9024284649455429979</id><published>2011-07-02T07:02:00.013+09:00</published><updated>2011-12-28T09:10:39.686+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='小説エッセイ'/><title type='text'>＃５２　「私の台湾関係史３３年」－－小説『人間機関車・呉昌征』から転載</title><content type='html'>先日台湾の漁船が尖閣諸島魚釣島に近付こうとして、日本の巡視艇に阻止されました。乗っていた愛国活動 家たちに対し、同島の領有を主張する台湾政府も黙視しているようです。けしからん、と諸君は思いますか？&lt;br /&gt;　私は日本にとって悪くないなと思います。なぜなら尖閣諸島問題が日中間の二国間紛争になればいずれ衝突を避けられないので、台湾を含む三国の紛争である方が中国政府の反日運動に利用されにくいからです。&lt;br /&gt;　この三角関係が諸君たちの時代にはどうなっているか、日頃台湾に関する情報が少ない中、参考のために&lt;br /&gt;下記の一文を転載します。&lt;br /&gt;　これは、私が台湾に滞在していた時、グループ会食や講話の席で話したものに加筆して、小説『人間機関車・呉昌征』に「附篇」として収録された日本語原文です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　　　&lt;span style="font-size:130%;"&gt;「私の台湾関係史３３年――台湾はアジアのオランダ――」&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　経営評論家・岡本　博志&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私が初めて台湾を訪れたのは、１９７５年、日本企業の技術者として機械設備のアジア輸出担当に任命された時でした。その後１９７８年にアメリカ企業に転職するため家族とともに渡米し、９５年に帰国するまで１７年余りアメリカの地方の町で生活しました。アメリカ生活中の一度を含め、これまで３３年間に台湾訪問は２０回に及びます。&lt;br /&gt;　出会いとは不思議なものです。その極めつけは、最近の台湾出張でふとしたきっかけから、両国でほとんど忘れられていたプロ野球選手の呉昌征をモデルにし、小説を書いたことです。もともと日本の読者を意識し、私の小説を読むうちに、台湾について知ってもらうことを意図して書きましたが、出会いの因縁から台湾で先に刊行されることになりました。&lt;br /&gt;　台湾での刊行が決まった時に、その附篇として私がどうしても台湾の読者、特に若い世代の皆さんに対して書きたいと思うようになり、そして、この稿として願いが実現しました。&lt;br /&gt;　これは、私が台湾、アメリカ、日本の三国で会食や雑談の中で、問われるままに話してきたことをまとめたものです。他方、日本のメディアでは大陸中国については連日報道されますが、それに比べると台湾に関する報道ははるかに少ない。年々、両国の間で観光客が増えていても、その割には両国事情の相互理解は進んでいない一面があり、台湾について詳しく知る日本人は少ないのです。&lt;br /&gt;　他方、私が知る範囲で台湾の若い人たちも自国の歴史や世界における地位について認識不足があると感じています。&lt;br /&gt;　台湾の独立をめぐる中国との対立は、台湾の問題にとどまらず、台湾海峡の情勢は日本の安全保障にとって極めて重要でありますから、日本の若い人たちにも台湾のことをよく知ってもらうために、執筆を続けたいと思っています。&lt;br /&gt;　今年の５月２０日、台湾では国民党の馬英九総統が就任しました。台湾は民主主義が成熟した時代に入ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;台湾を見てきた３３年&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　私が初めて台湾を訪れたのは１９７６年のことで、もう３３年前になります。&lt;br /&gt;　当時、日本のメーカーで技術者であった私は、貿易部に転勤になり、アジア地域での技術支援と設備の輸出を担当していました。アジアと言っても、台湾と韓国が中心であり、私はこの２国の市場開拓を積極的に取り組みすることにし、その他の諸国は引合いに対応するだけで待ちの方針にとどめていました。&lt;br /&gt;　７６年は蒋介石総統が亡くなった翌年で、蒋経国総統への政権移行が慎重に進められていた時代でした。台湾史の中でも緊張が高まった時代の一つであったでしょう。&lt;br /&gt;　松山国際空港には薄茶色の背広を着た公安警察官が目につき、入国審査は今とは比べようがないほど厳しかったものです。通関の荷物を調べる女性検査官たちは、日本人の間で評判が悪く、私も初めての訪問でひどい目に遭ったことがあります。彼女は、スーツケースの中にある土産物の包装紙の上からいきなり棒を刺し、包装紙を破って中身を調べるのです。これにはびっくりして、「開け、と言ってくれれば自分で包装紙をていねいに開くではないか」と英語でやんわりと抗議しました。すると、厳しい目つきをし、薄茶色の制服を着た男女の公安警察官が近づいてきたので、私はさっとスーツケースに乱雑に荷物が積まれたままで立ち去りました。後で代理店の人に話すと、「引き際が良かった」と言われ、それ以上しつこくすると別室行きだったとのことです。&lt;br /&gt;　最近、桃園国際空港では、通関は早く、快適に通してもらえるように様変わりしています。通関はどこかな、と思っているうちに、もう外に出てしまいます。オランダのアムステルダム空港と同じで、時代が大きく変わったことを実感します。&lt;br /&gt;　また、かつて全国どこに行っても「大陸光復」という看板や垂れ幕が見られましたが、今やどこにも「大陸光復」は見られなくなりました。おそらく今の台湾では若い世代には理解できないような戒厳令の下での緊張感があったのです。&lt;br /&gt;　７０年代には台湾政府が日本からの輸入を規制しており、「アメリカ製品優先購買」政策（ヨーロッパからの輸入は規制なし）を取っていたので、軍工廠や官営大企業へ日本の設備を輸出することが閉ざされていました。そのため当時私が選択した方策は、高雄の軍工廠と大企業（トップは軍人や国民党幹部）には技術提携していたアメリカ企業の設備輸出を支援してコミッションを受け取り、民間企業には規制が緩かった台北地域の中小企業には日本メーカーの設備を輸出するというものでした。&lt;br /&gt;　当時は、商談には高雄では英語、台北では日本語を使い、民間企業の経営者とは直接日本語で話できましたが、今では７０歳以上の世代でないと日本語達者が少なくなりました。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　ここで一つ挿話を挙げますと、鉄道マニアの私は、台北から高雄に移動するのにいつも特急列車に乗ることにこだわっていました。当時は特急券が手に入りにくく、ダフ屋のおばさんから買っていました。わずかの釣銭は返してもらわなくてもよいのに、周囲の警察官の目を気にしながら、すれ違いざまに釣銭を私の手に渡してくれました。彼女たちはそれなりの仁義を持ちながら必死で生きていることに感心したものです。時代が大きく変わって、今では新幹線が走るようになりましたが、私は今でも当時と変わらない縦貫鉄路の特急を乗るようにしています。&lt;br /&gt;　７８年、日本メーカーと技術提携を交わしていたアメリカ企業から誘いがあり、この会社を円満退職して転職するために家族とともに渡米しました。８６年にはアメリカ企業を退職して独立、日米両国の数社で取締役を務め、同時に経営評論家として執筆と講演を始めました。大学で日米経営や通商問題について講義し、また、政府機関や経営団体が主催するセミナーで講演もしました。こうして当初の予定より長く、９５年に帰国するまで１７年以上もアメリカの小さな町（ペンシルベニア州）で生活しました。&lt;br /&gt;　この間には台湾で激変がありました。７９年米国と断交、８４年李登輝国民党副総統に就任、８６年民進党結成、８７年戒厳令解除、８８年李登輝総統が就任、などがありました。&lt;br /&gt;　８７年に、私は、アメリカの国際経営学会が台湾政府の招きにより台北で開催された時、台湾を訪問したことがあります。この時、開会式で挨拶した李登輝副総統（当時）を初めて近くで見ました。大柄な身体の全身からオーラが漂う副総統の姿に強い印象を持ったものです。台湾は確実に変化していました。&lt;br /&gt;　２００６年６月、会社用件と日米通商問題に関連して執筆するために台湾に出張しました。台北で行政院と新聞社を訪問した後、友人のはからいで嘉義に足を延ばし、会社や大学を訪問する機会を得ました。台湾はさらに大きく変わっていました。&lt;br /&gt;　ある日、台湾人の友達がぼやいたことがありました。&lt;br /&gt;「最近の台湾では犯罪が目立ち、不法移民が急増して治安が乱れている」と。私がにやにやしていることを「何かおかしいか？」と咎めたので、「そりゃ、日本も同じだよ。犯罪が多い、不法移民が増えるというのは、言うなれば、先進国の証しみたいなもので、避けられないもんだ。台湾に限らず、独裁国家はどこでも治安が良い。昔の台湾も治安は良かったじゃないか」と説明しました。譬えれば、移民は、水が高きから低きに流れるのとは逆に、低い国から高いところに流れるものだ、ということを示唆したのです。&lt;br /&gt;　実際、台湾は民度、経済力、民主社会のどこから見ても独立国で先進国に見えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;台湾はアジアのオランダ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　台湾は残念なことに独立国ではないが、それはあくまで「名」の上でのことです。&lt;br /&gt;　他方、「実」の上では独立国であるどころか、世界標準に照らせば大国です。読者の皆さんは驚かれるかもしれないが、私が「オランダは小国ですか？」と問えば、いや、ヨーロッパの有力な国の一つだと答えられるでしょう。そこで、台湾とオランダの比較表を下記につくってみました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　国土面積(㎢) 　人口(万人) 　　ＧＤＰ(億米ドル)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　台　湾 　　3 6 0 0 0 　　2 3 0 0 　　　　3 6 5 0&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　オランダ 　4 1 0 0 0　 　1 6 3 0 　　　　5 9 5 0&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　（台湾政府統計２００５年、オランダ２００６年政府公式ホームページ）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　これを見ればわかるように、台湾は「アジアのオランダ」であると言えるのです。名目ＧＤＰでは両国の間に開きがあるように見えても、オランダの物価は台湾よりはるかに高いことを考慮に入れるなら実質ではそれほど開きがない。そして、台湾にはまだ成長余力があります。かつて台湾への最初の侵入者として南部を支配したオランダと肩を並べるようになったのです。&lt;br /&gt;　同じ太平洋国家のニュージーランドは、国土では台湾の９倍もあり、ＧＤＰでは台湾の半分ですが、人口が台湾の１／５ですから一人当たりＧＤＰでは台湾の２倍以上になる豊かな国であります。台湾の成長余力とはこの点にあり、いずれ一人当たりＧＤＰでもニュージーランドの水準に近づいていくでしょう。&lt;br /&gt;　私が思うに、日本では、おそらく台湾でも、長年島国のハンディが言われてきましたが、今は島国の利点について注目する時代になりました。日本人も台湾人も肌で感じることはできないかもしれませんが、中国と陸続きの半島国家が受ける圧迫は大変なものでしょう。航空機が発達した今日では、人や貨物が往来するのに時間距離の上では、島国のハンディは問題ではないのです。それどころか、島国の方が大陸国家より国際的な国になりつつあります。&lt;br /&gt;　日本では何十年来、日本の国際化は遅れている、と自虐的に見えるほどの言論があふれています。国際化とは英語化のことではなく、人がどれだけ他国の事情を理解し、自分を主張すると同時に他国の尺度も考えてみることだ、と私は理解しています。今から20年前に書いた本の中で、「日本よりアメリカの方が国際化されていない」と書き、世論に一石を投げました。&lt;br /&gt;　実際、大陸国家の人々は、自国の尺度でしか考えない傾向が強いのです。特に、アメリカのように世界で自国語が通用するがゆえに、相手国について大して学ぶ必要がないからです。これから北京語が世界に通用する時代になるかもしれませんが、歴史的に中華思想(中国が世界の中心)に縛られているとするなら、この大陸国家が相手国との価値観について学ぶ姿勢を望むことは難しいのです。&lt;br /&gt;　そうです。世界の国に対し、自国の価値観を押し付けて自説を主張することでは、中国がアメリカを上回るでしょう。むしろ人の心を変えることでは、大陸国家における方が困難であり、これが世界の問題になるに違いありません。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　私はアメリカ生活中に、台湾からの留学生たちから、「台湾は小さい」、「台湾は小さな島」という言葉を何度も聞きました。誰もがアメリカに住めば自国が小さく見えるのは仕方がないことですが、台湾でも同じ言葉をどの世代からも聞いています。&lt;br /&gt;　台湾やオランダが小さく見えるのは、どちらも海洋通商国家であることを見落としているからです。海洋通商国家というものは、国土に比べると実体が大きいのです。台湾の人たち、特に若い人たちも実体を認識して意識を変える必要があります。&lt;br /&gt;　また、ある時アメリカの大学で日米通商問題や日本の経営に関して特別講義をした時、アメリカ人の教授から「日本人の留学生は日本に帰るのに対し、台湾人留学生はアメリカに残りたがるのはなぜなのですか？」と質問を受けたことがあります。私は「多分、台湾では政治の不安定要因もありますが、それよりも台湾ではまだ給料が安いからでしょう」と答えました。それから１５年以上経った今では、多くの留学生が台湾に帰って職に就くと聞いています。ここにも台湾の変化があります。&lt;br /&gt;　アメリカの話をもう一つしてみましょう。&lt;br /&gt;　私がアメリカ企業のマネジャーとして働き始めてから間もない８０年頃、週に２回夜に大学院に通っていました。１５人くらいのクラスにアフリカのＮ国からの留学生が一人いました。彼は３０代半ばの彼は自国政府からの官費留学生でした。親しくなっていたある時、私はジョーク半分で「なぜアメリカの大学に来たの？貴国の官僚として、何かアメリカから学べることがあると思いますか？」と尋ねました。そして、続けて「台湾とかニュージーランドの方がふさわしいのではないか。特に台湾はこれから政府主導で経済発展するし、民主化の過程に直面しているから」と言いました。&lt;br /&gt;　彼はしばし考えてから、「そうかもしれない。しかし、政府が決めたことであり、個人的には外国語も習得しなければならない重荷があるよ」&lt;br /&gt;　「いや、台湾ではね、北京語が標準語であるから、これから世界を展望すると北京語は価値が高まると思う」と私がやんわりと反論しました。私は建国を進める国情には英語一本で英米の価値観だけでは限界があることを感じていました。&lt;br /&gt;　その後、台湾では民主化でも経済発展でも大きく進歩することになりました。私は今でも、いや当時以上に政治でも経済でも世界の発展途上国が台湾モデルをもっと注目すべきだと思います。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　次に、国交という「名」のことです。&lt;br /&gt;　不幸にして世界政治の枠組みの中で、特に中国政府の政策によって台湾の独立が認められていません。国連への加入も認められず、台湾と正式の外交関係がある国は中南米、ポリネシア、アフリカの約２０ヶ国に限られています。日本とは「名」の上では正式の国交がありません。&lt;br /&gt;　しかし、東京には台北駐日経済文化代表處が置かれ、この「実」は駐日台湾大使館です。大阪には台北駐大阪経済文化辦事處が置かれ、これは総領事館と言えます。すでに台湾省が廃止された今、代表處の「実」を一歩進めて台北を台湾に変えてもよいと思います。代表處の代表（大使）に長年独立運動に関わってきた許世楷氏が任命された時にも、日中関係の大きな問題にならなかったので、今さら中国政府が目くじらを立てることはないでしょう。正式に台湾国でないとしても、地名の台湾は歴然として国際的に認知されているのですから、台北代表處というのは台湾代表處であるべきです。半官半民の機関である台湾貿易センターは台湾を名乗っています。大学も、國立台北大学、國立嘉義大学のように、現実に台湾國立です。&lt;br /&gt;　私は台湾の外交官に、改名の記者会見も行わず、台北を台湾に看板を静かに書きかえることを勧めたことがあります。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　台湾が、例えば、オリンピックへの参加が認められたように、先ず「準加入国」として国連への加入が認められることになるはずです。同様に、ＷＨＯ（世界保健機関）やＷＴＯ（世界貿易機関）にも加盟が認められるでしょう。いずれも世界の世論が決め手になります。言いかえれば、世界に貢献できる、そして世界が求めている「アジアのオランダ」を蚊帳の外に置く不合理がいずれ認識されることになります。&lt;br /&gt;　ここでも一つ挿話を入れましょう。&lt;br /&gt;　８０年代に「ランボー」というハリウッド映画がありました。その中でベトナム戦争の特殊部隊の一員として鍛えられた主人公ランボーが険しい山に逃げ込んでいる時に、地元の警察部隊が包囲したところへかつての上官が現れます。上官はそこで警察部隊の指揮官にこう言います。&lt;br /&gt;「私はランボーを助けるためにここに来たのではなく、あなた方部隊を彼から助けるために来たのだ」と。この上官の逆論理を借りるなら、「台湾が世界に助けを求めているのではなく、世界が台湾の助けを必要としているのだ」ということになります。独立国として自らは世界に敵を持たず、侵略する野心がない平和国家台湾が世界のために貢献できる分野が多いのです。「ランボー」のように世界が台湾を包囲して孤立させることは世界のためになりません。&lt;br /&gt;　台湾は着々と「実」を積み重ねていくことで世界に貢献できます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;「名」の独立は中国の安定待ち&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　台湾はどこから見ても「実」では独立国です。「名」の独立が実現しない障害は、台湾の努力が及ばない中国の国内統治事情にあります。&lt;br /&gt;　日本ではあまりに台湾に関する報道が少ないせいか、台湾の実状も知らずに台湾と中国の関係が論じられています。その結果、台湾派と中国派にグループ分けされています。&lt;br /&gt;　例えば、私は長年台湾独立を支持しているので、単純に台湾派、そして同時に反中国派と思われています。しかし、私は台湾派でありますが、反中国派ではありません。このことを理解してもらうことはなかなか難しいのです。&lt;br /&gt;　このことを説明しましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　今、中国に侵略しようとする国はありません。中国は第二次世界大戦後、局地的ではありますが、韓国・アメリカ（朝鮮戦争で）、旧ソ連、インド、台湾、チベット、ベトナムと戦争をしてきましたが、今ではこれらの国で中国と戦争（紛争）を意図する国はありません。台湾も中国と一見対立関係にあるように見えますが、「大陸光復」の目的を捨て、台湾省も全省代表議会も廃止した現在、台湾の側には中国と軍事対決を望むことは台湾政府もどの政党も政策に掲げていないのです。つまり、台湾は本来中国の敵国ではありません。&lt;br /&gt;　それでいて、私が台湾の友人から聞いた話では、台湾の対岸に１０００基以上のミサイルを配置しているそうです。これはアメリカに対する外交交渉力の維持と、台湾政府に対する脅し（牽制）だと言われています。私の友人の中には中国は脅し以上に本気だという意見もあります。&lt;br /&gt;　しかし、もし中国が一方的に――台湾から攻撃する理由は何もない――台湾を攻撃すれば、アジアの周辺諸国が反中国になり、また世界の世論が許さないでしょう。では、なぜ中国政府は台湾の独立を許さないのでしょうか？&lt;br /&gt;　それは、台湾の独立を許せば、その影響がたちまち新彊ウイグルなど、周辺イスラム圏と内モンゴールの独立に及ぶからです。チベット問題もあります。中国政府は沿岸部と内陸の所得格差、地方政府の長年の汚職腐敗、農村の荒廃、環境汚染、水不足、エネルギー不足、世界に比類なき２３０万人の人民解放軍の維持（アメリカでさえ１２０万人）と権力闘争、法律で抑制しても止まらない人口増加（１０年で１億人増えた）、などとてつもなく困難な内政問題に取組んでいます。その上に台湾独立による内政の混乱が起きれば統治能力を超えてしまう恐れがあります。&lt;br /&gt;　私は中国政府の今の政体を消極的ながら支持しています。彼らしか困難を克服し、１３億人の国を統治できないという「実」を見ているからです。彼らの政体は民主主義の標準から見れば外れているかもしれません。しかし、共産党の中でもさらに限られた組織の中とは言え、合議の上で任期がある指導者が選ばれ、そこからまた選ばれた英才のグループによって統治されています。ですから、中国を単純に独裁国家と決めつけ、北朝鮮、シリア、キューバなど長期の独裁者国家と同列に扱うことは誤りです。私は中国の政体を「会社民主主義」と呼んでいます。なぜかと言うと、大会社では株主の意を反映しながら、取締役会が社長を選ぶからです。社員が投票で社長を選ぶことはないのです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　１９８９年に天安門事件が起きた直後、私が住むアメリカの町で親しい友達数人と会食をしていた席で、彼らは厳しく中国政府の武力弾圧を批判していました。その中でただ一人、私は「やむを得ない現実的な対応だ」と発言したので、アメリカ人みんなから批判の声を浴びました。&lt;br /&gt;　そこで、「社会基盤も民心も成熟していない今、民主化は早すぎる。民主化教育も抑制されている。こんな状況で一部の民意を不用意に受け入れれば国全体が混乱に陥り、国を統治できなくなる。早い話、犠牲者は３００人の１０倍をはるかに超えたと思うよ」と説明しました。今も私の考えには変わりがありません。&lt;br /&gt;　後年、アメリカに亡命した当時の指導者たちは、あの時点での民主化運動は誤りであったことを認めています。&lt;br /&gt;　いつかは中国でも、台湾が民主化にたどった道にならって民主主義体制が実現するかもしれませんが、それには中国全体で均衡ある経済が発展し、教育水準を上げて民度を高め、人民解放軍の圧力を抑止できるまでは長い道程が必要です。&lt;br /&gt;　それでは、最近起きたチベット暴動に対してはどうでしょうか？&lt;br /&gt;　これには私も天安門事件の時のように中国政府には同情的ではありますが、容易に考えをまとめることはできません。なぜならかつて武力占領したとは言え、今は、中国が主張するように内政の問題であるという現実があります。&lt;br /&gt;　大国というものは、ロシアも中国も国境には小心なほどこだわりを持つように見えます。周辺地域に独立を認めると、新独立国が隣接する他の大国の進出を招く恐れがあるからでしょう。チベットの独立を認めると、国境を接するインドの影響を恐れているかもしれません。現にインドの影響が強いネパールとチベットが並ぶと、中国の国境線は大きく後退してしまいます。&lt;br /&gt;　数年前に完成した青海チベット鉄道は、日本でも観光コースとして人気が高まっています。しかし、中国政府は巨額の資本を投下して観光鉄道をつくったのではないでしょう。言われているように、目的はチベットの経済開発を名目にしてチベットを中国化することにあるとされますが、私はもう一つ、いざという時に兵隊と戦車を迅速に運べる軍用鉄道に使えると見ています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでは、「ソ連が解体した時に、周辺国の独立を許したではないか」という反論が出るかもしれません。しかし、ソ連というのは、言わば、親会社みたいなもので、ロシアも周辺諸国も親会社の傘下で独立した子会社であったのです。実際、今のロシアは自国内で独立を求める運動に対しては厳しく弾圧しています。チェチェンがその一つです。このように、ロシアも中国も自国領内と見なす地域での独立運動に対しては厳しい政策を取る点では共通しています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;中国人から台湾人への時代&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　もう一つの例を挙げます。&lt;br /&gt;　１９９７年にホンコンが英国から中国に返還される以前、アメリカで返還が話題になり始めた頃、ピッツバーグであった国際経営関係のセミナーで数人の講師の一人としてスピーチを行いました。この時、会食の講師テーブルでホンコン出身の女性大学教授と隣席になり、いろいろ世間話をしていると、話題がホンコン返還になったのです。その中で、私が「民意に関わりなく、返還が市民の雲の上で両国政府の間だけで行われていることに対し、市民がまったく表に出てこないことを不思議に思います」と発言しました。すると彼女は、「不思議はありません。ホンコンは市民が政治から遠ざけてこられた英国植民地支配の芸術品みたいなもので、平和な生活さえ保障されれば地主が誰であろうと気にしないのですよ」と、きついことを言いました。&lt;br /&gt;　アメリカで生活する外国人が自国について辛口で言うことは珍しくないので、慣れている私でさえ彼女の発言には驚いたものです。それでも、中国から独立して住民自決を訴える声は聞いたことがありません。しかし、ホンコンと同じ「一国二制度」の地位が台湾に与えられて、それで台湾の中国との統合がうまく進むとは思いません。ホンコンと台湾では、歴史、人口、民度、経済力、社会構造から軍事力、政治成熟度まであらゆる点で違いが大き過ぎます。&lt;br /&gt;　台湾の人々にとって、中央政府に国税を払う、教育を変えられる、人民解放軍が進駐して台湾軍がその指揮下に入る、ことなど誰一人として望まないでしょう。&lt;br /&gt;　彼女との会話の終りに、私は「理想としては、台湾、ホンコン、シンガポールの中国人系国家が、中国共益連邦として緩やかな連帯で結ばれることでしょう」と言いました。これは、今日でもかつての宗主国イギリスと旧植民地諸国が、女王が出席して集まる大英国連邦British Commonwealthからヒントを得た発想です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　台湾の人々は、ホンコンと中国周辺のイスラム圏と台湾の大きな違いを世界に明らかに、そして静かに知らしめていくことが大事だと思います。つまり、台湾は別格であることが理解されるように持っていくことです。これは日常努力の範囲です。&lt;br /&gt;　世界の世論に加えて、日本人が持とうとしても持てない世界にわたる組織である華僑ネットワークは、中国系人の一大パワーであり、台湾が彼らの世論を味方につけることも日常的に努力を積み重ねる必要があります。&lt;br /&gt;　最近、許世楷夫妻が書かれた著書『台湾は台湾人の国』（はまの出版、２００５年）を読みました。&lt;br /&gt;　在日台北経済文化處の許代表はこの本の中で、台湾人を四つのグループに分けています。ホーロー語系（９割を占める、いわゆる台湾人）、原住民系、客家系、北京語系（外省人）の四つで、この歴史的に違うグループの融合を説いておられます。これはまさに台湾内部の問題であり、台湾人が努力すべき問題です。&lt;br /&gt;　国際関係では政府や政治家が過激に動くと災いの種になることがよくあります。ですから、私の考えではこの問題については民間人が自主的に努力することがより賢明だと言えましょう。これに中国政府や台湾政府が干渉することはできません。&lt;br /&gt;　私は民族融和の問題は年月が解決すると思っていますが、また、一つの例を引いてみることにしましょう。&lt;br /&gt;　世界で２位の大製鉄会社である新日本製鉄は、八幡製鉄と富士製鉄が１９７０年に合併した会社ですから、３７年が経っています。当初は八幡族と富士族との社内融和が懸念され、社長も両社出身者が交互に選ばれました。当時、大学卒の新入社員は今では定年になり、社員のほとんどは合併前の両社の出身者ではありません。今年、新日鉄に入社した新世代から初めて社長が選ばれました。社内融合の問題は年月が解決してくれました。&lt;br /&gt;　新日鉄の話を出したので、もう一つ紹介したい話があります。&lt;br /&gt;　今や、新日鉄の売り上げを凌ぐ台湾の大企業があることです。この鴻海企業は半導体製造専門企業（ＥＭＳと総称される）の中で世界一になっています。また、長栄集団（エバーグリーン）も世界一の海運会社であり、最近では航空会社としても知られます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;熟柿は必ず落ちる――結び&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　台湾に国民党軍とそのグループ（外省人）が台湾に移住してきたのは、１９４７～９年のことですから、もう６０年近くになります。今では第２世代、第３世代の時代に入り、おそらく９割以上が台湾生まれです。彼らは大陸を知らない台湾人なのです。年月がさらに経てば、すべて台湾人になってしまいます。&lt;br /&gt;　私は独立急進派の支持者ではありませんが、陳水篇前総統の功績も評価しています。それは独立志向を強く訴える中で、台湾の世論を喚起して「台湾人の台湾」という意識を高めたことです。&lt;br /&gt;聞くところによれば、「台湾人」より「中国人」でありたいと思う人たちがいるそうです。そのために中国との統合を求めます。私はこの考えには道理がおかしい点があると思います。&lt;br /&gt;　私の理解では多数派の人たちはいつか独立して台湾人でありたいと願っているとすると、比喩的に言えば、少数派の人たちは台湾の島を中国に移動するようなものです。少数派の人たちが台湾人であるより中国人にこだわるなら、彼らには島を移動させるのではなく、彼ら自身が中国に移動する選択があります。これはあくまで道理の喩えであり、少数派の人たちに台湾から排斥することを意味していません。&lt;br /&gt;　台湾はChineseというより、Taiwaneseと誇りを持って言える人たちが統治すべきことは自明の理です。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;　最近、大阪の本屋で外国語学習の本が集められている棚を見ました。何十冊もある北京語学習の本の中に、一冊だけ「台湾の北京語」という本がありました。日本人にとっては、中国の簡略化漢字より台湾の正統漢字の方が分かりやすいのですが、そのためではなく、台湾理解を意識した北京語を学ぶ読者が存在するという証でしょう。日本でも台湾理解が広まり、世論に広がりが出てくることは望ましいことです。政治家や官僚には中国との関係で台湾については制約がありますが、民間人には制約がありません。台湾にとっては、日本の世論も重要なことです。&lt;br /&gt;　顧みると、私が日本企業で海外ビジネスに関わり始めた３３年前には、中国と国交が正常化されていなかったので、中国語学習の主流はビジネス用語としての広東語でありました。ここにも日本の中国語学習における大きな変化を見ることができます。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　今年の５月に国民党の馬英九総統が選ばれました。新総統は「独立しない、統一しない、武力を使わない」の「三つのない」を公約として掲げています。「この三つのない」は、裏返せば、中国も守らなければならないということです。つまり、両国には今直ぐの紛争を避けるという合意があり、柿が熟するまでの過渡期政策であると言えましょう。この政策は国際社会でも広く認知されています。&lt;br /&gt;　日本のメディアには、台湾で社会の世論が真っ二つに分かれて国が分裂している印象を与える報道があり、現実とは違います。むしろ、政策と選挙による政争は民主主義の証と見るべきです。この種の報道が見落としているのは、どんなに意見が分かれても、台湾には反共という強固な共通の基盤があるということです。&lt;br /&gt;　他方、日本にも近隣国と緊張関係があるにも関わらず、漫然と生活の安定と平和志向に浸り、どこか社会が緩んでいます。また、私が移住した７０年代後半のアメリカでも社会の緩みがあまねく広がっていました。民主主義の避けられない落とし穴は、個人が個人本位に陥り、国を考えなくなることにあるようです。&lt;br /&gt;私は、統一問題が台湾の社会に適度な緊張感をもたらしていると感じています。&lt;br /&gt;終りに、台湾の独立は年月と世界の世論が決めるに違いない、そして「熟した柿は必ず木から落ちる」ということを述べて結びとします。そのために「名」より「実」をひたすら積み上げることによって柿を落としてほしいと思います。&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-9024284649455429979?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/9024284649455429979/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=9024284649455429979&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/9024284649455429979'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/9024284649455429979'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/07/blog-post.html' title='＃５２　「私の台湾関係史３３年」－－小説『人間機関車・呉昌征』から転載'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6657214559379229721</id><published>2011-06-15T09:13:00.003+09:00</published><updated>2011-06-17T10:06:18.677+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='プロ野球'/><title type='text'>＃５１　将来に不安を感じる諸君へーー女子プロ野球の観戦から</title><content type='html'>　今の政治にはうんざりしています。「どっちみち政治について考えても逃げ切りセーフの年寄り世代には大した関係がない」という考えが頭をもたげます。しかし、若い諸君は、あきらめたらお終い、です。政治を変えるのは諸君にかかっています。&lt;br /&gt;　政治のごたごたに加えて、小説の執筆も絶不調、憂さ晴らしの気持ちで、先日、６月５日に女子プロ野球を観戦してきました。全力でプレーする選手たちを見ていていろいろ考えました。特に、選手たちの人生についてです。プロ野球は私の専門分野の一つですから、本稿でも「＃６　関西の野球市場」、「＃７　二軍と独立リーグ」、「＃１０　女子プロ野球の設立」など５回書いています。&lt;br /&gt;　ここでも関西の読者に限らず、全国の皆さんに向け、視点を変えていくつか書いてみましょう。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;プロ野球独立リーグとは&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　日本のプロ野球で一軍選手、二軍選手、育成選手は各球団に所属し、全体では日本プロ野球組織ＮＰＢの傘下にあります。これに対し、独立リーグはＮＰＢの傘下ではないので、独立と呼ばれるわけです。&lt;br /&gt;　日本で最初の独立リーグは、２００５年に元西武の選手で、オリックスの監督を務めた石毛宏典が設立した四国アイランドリーグです。それ以来新球団の出入りがありましたが、現在は四国４県に立地する球団と、三重県の球団からなる５球団で運営されています。&lt;br /&gt;　関西独立リーグは北陸信越のＢＣリーグに続いて、２００９年に設立されました。このリーグは当初の８球団構想が現在は大阪、兵庫、和歌山県の５球団が参加しています。毎年のように撤退があり、年俸を支払えない球団もあります。他の二つのリーグに比べて経営が安定しないのは、ＮＰＢプロ野球球団が存在する野球市場の中にに立地しているからでしょう。&lt;br /&gt;　３リーグのほか、各地で独立リーグ設立の動きがあるようですが、経営維持の成算が立ちますかどうか。アマチュアの社会人クラブチームとの混成リーグも考えられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;楽しませてくれる女子プロ野球リーグ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　京都市の実業家が２００９年に資本金３億円の株式会社として日本女子プロ野球機構を設立、京都アストドリームスと兵庫スイングスマイリーズの２チームが参加して昨年に開幕、今年が２年目のシーズンです。&lt;br /&gt;　前期と後期で各２０試合計４０試合を週末に主として行い、前期と後期の勝者が対戦して年度優勝を決めます。男の野球と違う点は７イニング制が取られていることです。&lt;br /&gt;　その他、シンデレラシリーズと称して全国各地で巡業しています。&lt;br /&gt;　さて、私が出かけた試合は、京都わかくさ球場で日曜日６時からのナイターでした。わかくさ球場はかつての西京極球場で学生野球や偶にプロ野球の試合も行われる立派な球場です。当日入場券は１５００円ですが、６５歳以上の年寄りは無料で私もその恩恵を受けました。ネット裏の席に座って周囲を見回すと約１０００人の観衆の中にタダの客が目立ちます。昨年の実績では平均入場者数が１５００人とか、関西独立リーグの倍になるそうです。&lt;br /&gt;　試合前の練習でも試合でも、やはり女子の非力を感じます。&lt;br /&gt;　投手の球速は推定１１０キロそこそこで、カーブもよく曲がらず、投げ下ろすフォームの違いからカーブと分かります。打者のスイングは鋭くてフォームは良いのですが、打球はめったに外野を超えることはありません。しかし、守備はうまい。兵庫チームのサードとショートが見せた強肩は大したものでした。&lt;br /&gt;　総じて言えば、高校野球の下位チームの実力でしょうか。&lt;br /&gt;　他方、興行面での努力は素晴らしい。試合前には、特別アドバイザーの太田幸治（甲子園のヒーローで元近鉄投手）が挨拶し、プロ野球オールスターで行われるように、選手一人ひとりずつダイヤモンドに整列してゆき雰囲気を盛り上げます。スタンドには約２０人のブラスバンドが演奏します。マスコットガールやチアガールも応援に参加します。&lt;br /&gt;　色とりどりのチラシを出し、動画による同時中継もやっています。スタッフやボランティアの支援も厚い。ビールと弁当で野球観戦する楽しみに変わりはありません。野球に限らず、コンサートでも何でもライブは楽しいものです。&lt;br /&gt;　さて、女子リーグの将来はどうなるのでしょうか？&lt;br /&gt;　選手に年俸２００万円を払う資金は続くか？話題性は落ちないか？引退後の選手はどうするのか？各地の女子ソフトボールチームがプロリーグ化されて競合するのではないか？いくつか心配はあります。しかし、大学や高校に女子硬式野球部が増えているので、選手の供給に不安要素はないようです。なんと言っても、女子プロ野球リーグは日本で女子選手の頂点なのです。&lt;br /&gt;　主催者はリーグ規約として、選手たちに試合がない日には職業教育を義務付けしています。選手生活は一時の楽しみであり、引退後の生活についてよく考えています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;私も独立リーグか&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　私は生業を持ちながら週末やバケーションの地で執筆業を始めてから２５年以上になります。今年から執筆専業に入りましたが、これで小説の執筆がはかどると思ったのは誤算。多忙な仕事の中で時間を見つけて書く副業時代の方が調子良かったのです。いずれ順応すると思います。&lt;br /&gt;　さて、考えてみると、デビュー当時はアメリカの地方都市生活者としてメディアに新鮮味を持たれたのかもしれません。月刊誌二つに一年間の連載企画が取り上げられる、高名な出版社から本の刊行もされる、全国誌にも投稿や寄稿が採用されました。大きな講演にも招かれました。プロ野球で言えば一軍で活躍したのです。&lt;br /&gt;ところが、１６年前に帰国してからは打率が下がり、二軍落ち、さらに今は戦力外通告を受けたようなもので、ブログで選手生活を続けています。言わば、ブログは独立リーグになりますか。&lt;br /&gt;　ここで比較をしてみましょう。独立リーグの野球選手と私の共通点と相違点についてです。&lt;br /&gt;　先ず、共通点は、わずかな収入で銭にならない、そしていつかスカウトに注目されたいと思っていること。&lt;br /&gt;　次に、相違点は、私には地道な生活をすれば将来の不安がないことと、年齢制限がないこと。他方、選手たちにはこれからの人生に不安を抱え、２５歳の年齢制限があります。&lt;br /&gt;　今年、大学や高校を卒業して志望の職に就けなかった諸君も、独立リーグの選手たちと似通っています。将来不安に悩まされていても、打席に立てばヘストを尽くすほかありません。いかんせん、人生は不安定であることが常態なのですから。&lt;br /&gt;　アメリカ人の友達は、「人生も信仰も不安定の上の安定」と言いました。&lt;br /&gt;　私は言いました。「揺れ動く波頭の上の安定」と。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6657214559379229721?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6657214559379229721/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6657214559379229721&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6657214559379229721'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6657214559379229721'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/06/blog-post_15.html' title='＃５１　将来に不安を感じる諸君へーー女子プロ野球の観戦から'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4409671967046648509</id><published>2011-06-05T07:37:00.003+09:00</published><updated>2011-06-06T07:29:39.725+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃５０　政治体制が袋小路に入ったーー菅首相辞任でも変わらない</title><content type='html'>　６月２日に菅内閣に対する不信任決議案が否決されました。&lt;br /&gt;　管首相は鳩山前首相と覚書を交わして党内造反派を抑えたことは、延命策だと取られたが、他方、日変わりどころか時間変わりに変心した鳩山（敬称略）は保身の逃げ道を求めていたのでしょう。&lt;br /&gt;　私は、管首相が覚書なんて努力目標に過ぎないと考え、震災復興をてこに利して国の重要政策にリーダーシップを発揮してもらうことを望みました。重要政策とは、経済再建による雇用の創出、社会保障制度の確立、財政改革などです。これらは目前に姿形が見える震災復興や原発事故対策より困難を伴い、若者世代に大きく関わることです。&lt;br /&gt;　しかし、敵軍に加えて味方陣営からも、そしてメディアからも管降ろしの火の手が上がり、残念ながら持ちこたえられない情勢になってきました。ひどい話だな、まったく。&lt;br /&gt;　前稿に続いてもう一回だけ政治について書いてみます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;不信任決議案は何だったか？&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　「菅首相では震災復興は絶対不可能」と言い続けた自民党谷垣総裁は、結局、「菅は首相を１年やったのだから、次はオレにもやらせろ」という意識があるから、自民党長老の主戦派に乗せられた。見込み違いの戦をしたからには、敗軍の将として総裁を辞任することが、政治家として、武士としてけじめをつける道だ。&lt;br /&gt;　まだ懲りずに参議院に問責決議を出すとか、次の法案を阻止して菅首相を退陣に追い込むとか言っているのは邪心というべきだ。民主党と自民党、どちらが国を危うくしているのか？&lt;br /&gt;　もし不信任決議案が可決され、菅首相が衆議院を解散していたら、総選挙で有権者は両党に怒りを持ち、どちらも支持を得られなかっただろう。私も困っただろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;小沢元代表の騒乱病がまた出た&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　もう小沢（敬称略）は政治感覚が狂っているとしか思えない。&lt;br /&gt;　党員資格停止という謹慎中の身でありながら、闇将軍どころか表に立って造反を扇動した。「国民の声に応える」、「国民の生活が第一」、「本来の民主党に戻す」、「挙党体制」、「マニフェストを守れ」という彼の発言は空々しい。&lt;br /&gt;　例えば、周囲で民主党支持者も、私のように自民党から民主党に鞍替えした半支持者も、マニフェストによって民主党に投票したわけではない。中には読んでいない投票者も少なくなかった。彼らは政権交代を求めて投票したのだ。私は始めからあんなものは政権を取れば変わるだろうと思っていた。子供手当て、高速道路無料化、農家への利益補填などどれも火急の課題ではない。&lt;br /&gt;　要するに、総選挙を指揮した小沢幹事長が大衆有権者を釣るためにつくった小沢マニフェストだった。それを今も彼はこだわる。彼には日々変化する国難の課題が見えない。&lt;br /&gt;　今回の騒動では、造反者は７０人以上になると豪語していたが、終わってみれば、造反、棄権、欠席を含めてたったの２０人足らず。鳩山の保身チョッカイによって大敗した。反乱の責任を取って民主党を去るべきだ。彼は懲りずにまだ次の一手を考えるという。&lt;br /&gt;　小沢も造反から変心した小沢派にも「オレに首相をやらせろ。オレならもっとうまくやれる」という野心を持つ議員がいる。しょせん過信か自惚れだろう。&lt;br /&gt;　周囲からこの二人は国賊だという声が出ている。私は政治の癌だと思う。&lt;br /&gt;　国賊という言葉が少数の極論であるにしても、警察は二人の警護を強化した方がよいのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;若者諸君に問う&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　菅首相は突然中部電力の浜岡原発を即刻休止することを要請した。なぜ電力需要のピークを超える９月まで待てなかったのか？それまでに防波堤を急ぎ建設させることでよかったではないか？&lt;br /&gt;　先日、大阪で友達と会食した時、このことが話題になった。菅首相の決断を支持する彼は、「人命のために必要なことだ」と言い、「大地震が起きたら被害が出ることをどう考えるのか？」と私の考えに反対した。私は「地震がそれまでに起きるとは限らない」と答えると、さらに、「起きたらどうするのだ？」と問うから、「その時は南無阿弥陀仏と合掌して、当然、首相は辞任する」と言った。彼はひどいことを言うという表情を見せた。&lt;br /&gt;　私は、例えば、遭難している船から一人でも残らず人命を救う、という場合とは違い、比較にならないと思う。&lt;br /&gt;　さて、諸君、私の考えについてどう思うか？多分、非難の意見が多いだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;ガラポンの解散、総選挙&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　国民の信任を受けていない内閣だとさんざん批判をされてきた。菅首相は思い切って解散すればよい、という意見がある。ところが、総選挙後も安定多数を取れる政党はなさそうだ。ドイツのように大連立が行われることになるのか。そうなら、菅内閣が総辞職しても同じことになるだろう。&lt;br /&gt;　日本の政治は袋小路に入っている。次世代にとっては、震災復興後の対策が国難以上に大きな課題だ。&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4409671967046648509?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4409671967046648509/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4409671967046648509&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4409671967046648509'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4409671967046648509'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/06/blog-post.html' title='＃５０　政治体制が袋小路に入ったーー菅首相辞任でも変わらない'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6262310499163343009</id><published>2011-05-29T09:33:00.005+09:00</published><updated>2011-05-31T08:09:05.341+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃４９　震災対応の混乱は当然ーー首相の評価はこれから</title><content type='html'>　私の知識では、大戦を除けば東日本震災は世界最大の災害ではなかったかと思います。&lt;br /&gt;　政府の対応に対して、神戸震災から学べ、スリーマイル事故から学べ、四川地震から学べ、という声がありました。しかし、どれも単一の災害事例です。つまり、東日本大震災のように地震、津波、原発事故がほとんど同時に起きた複合災害ではありません。日本では、いやどの国においても経験がないのです。震災直後に政府の対応が混乱することは当然です。&lt;br /&gt;　しかし、これまで政府は後手後手、泥縄、場当たり、もぐらたたきと批判の嵐を浴びてきたが、考えてみると、これらの批判はそっくり東電に当てはまることです。こと原発事故に関しては本来東電が対応しなければならないのに、すべて政府の責任にされている面があります。メディアもよく考えてみるべきです。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;新聞は取材の原点に立ち返れ&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　福島原発１号機で東電は首相官邸の圧力で海水注入を中断したことが大きく報道された。国会でも追及され、首相は圧力をかけた事実はないと否定した。原子力安全委員会の班目委員長が「再臨界の危険がある」とも「危険はゼロではない」とも発言が混乱した、と新聞が伝えた。その後原発所長が中断をしなかったと東電が情報を訂正した。東電の情報は信頼を失っているが、これは運転記録があるはずだから信用できるだろう。今こそ所長に記者会見を要求すべきだ。&lt;br /&gt;　これでも批判の標的は主に首相に向けられた。「首相は嘘をついている」と言われた。&lt;br /&gt;　さて、２７日の新聞記事では、「東電と政府の訂正会見は、調査のずさんさと、公開された情報に対する不信感を強く残した」と書かれていた。よくもまあ新聞は他人事のように書けたものだ。どういうことか説明してみよう。&lt;br /&gt;　海水注入の中断が情報として出た時、なぜ新聞各社の記者は原点である発電所長か所員に対する取材をしなかったのか？手練手管を使って所員から聞き出して検証をしなかったのか？&lt;br /&gt;　今や、私が信頼を置く新聞すら、ガセネタ並みの情報を得てそのまま流すことに疑問を持たない。ほかにも例はいくらでもある。&lt;br /&gt;　新聞の担う使命は重い。なぜならええ加減なテレビのガチャガチャ番組に出演する多くは、主な情報源を新聞に頼っているからだ。そして、大衆に対しては新聞よりテレビがはるかに影響力が大きい。時に世論が当てにならないのはこのためだ。&lt;br /&gt;　新聞人よ、報道の原点に戻ってほしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;西岡参院議長の辞職を望む&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　西岡議長は菅首相の辞任を要求する発言を繰り返し、『文芸春秋』誌に寄稿した。さらに、高級誌の影響力に限界があると見たか、先月２０日の読売新聞にも寄稿、読売は同調して論説にも取り上げた。論説では西岡議長の中立であるべき立場を批判するどころか、「首相退陣勧告の意味は重い」として彼を支持したのである。私の推測では、保守政治の巨頭である渡辺恒雄会長・主筆の意向が背後にあるのではないか。&lt;br /&gt;　他方、同日の朝日新聞は西岡議長の言動と読売への寄稿について批判する記事を載せた。他の全国紙は取り上げなかった。これを新聞の見識と言うべきだ。&lt;br /&gt;　新聞に対し厳しいことを書いたが、見識を見せた最近の例がある。それは原発事故に関する政府委員会を東大教授が突然辞任した時、各紙が本人の要請による記者会見に応じなかったことだ。委員会に対する誹謗と任務放棄の弁明に決まっているから、メディアも相手にしなかったのだろう。&lt;br /&gt;　そもそも西岡議長の任命が間違っていた。彼の政治歴を見ると、１９７６年に自民党を出て新自由クラブを結成、１０年後自民党に復党、その後新進党→自由党→民主党と渡り歩いてきた。彼も常に政局志向で、小沢一郎や田中真樹子と同じ系列の騒動屋なのだ。彼は議長席にちんとして座っている御仁ではない。&lt;br /&gt;　因みに、彼は長崎を地盤にする二世議員でありながら、かつて衆議員選挙に落選、長崎県知事にも落選、再度衆議員選挙に落選して辛酸をなめた。２０１０年の参議員選挙で民主党比例区候補に立てられ、やっと政界に復帰した。自民党海部首相の時には、出戻りながら政調会長の要職に就いた。この時に小沢が幹事長だった。彼の行動力と遊泳術は筋金入りなのだ。&lt;br /&gt;　議長席から首相の背後から撃つことは、西部劇のガンマンにも許されない非道の行為だ。即刻辞任するのは首相ではなく、議長ではないか。&lt;br /&gt;　自民党も西岡議長の寄稿を、菅降ろしの支援になるという党利だけにとらわれている。なんと見識がないことよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;首相は直接仕事をするな&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　顧みるに東日本大震災が起きる以前から政府も省庁も手一杯課題を抱えていた。そこへ震災対応のための莫大な仕事量が増えた。大変なことだと思うが、せめて首相は実務に追われることなく、リーダーとして大局に立ってほしい。&lt;br /&gt;　首相は市民運動家の出身だから、自ら何でも先頭に立って実行したいという習性から離れられないようだ。これが裏目に出ている。今は一歩引いてこれからの改革本番に取り組んでほしい。&lt;br /&gt;　第一に、広げ過ぎた本部と委員会を整理して実行の権限を与える精鋭組織にすること。&lt;br /&gt;　人材の見極めもついただろうから、人材を整理する。&lt;br /&gt;　第二に、首相はすべての本部長と議長を辞め、最適のリーダーに指揮を任せること。&lt;br /&gt;　首相は任命罷免の人事権を持っていればよい。&lt;br /&gt;　第三に、政府と党の総括と内外の課題に目配りし、次世代のための政治を考えること。「首相は何もしない」という批判は気にしない。大きな組織では何もしないリーダーシップがものを言うこともある。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6262310499163343009?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6262310499163343009/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6262310499163343009&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6262310499163343009'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/6262310499163343009'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/05/blog-post_29.html' title='＃４９　震災対応の混乱は当然ーー首相の評価はこれから'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-2132890880946636944</id><published>2011-05-23T11:21:00.010+09:00</published><updated>2011-07-12T15:59:42.353+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１４、６月、２０１１　　大阪府知事と大阪市長の同時選挙ーー大阪大改革のチャンスを逃がすな　</title><content type='html'>◇&lt;span style="color:#000000;"&gt;　&lt;strong&gt;大阪市長の限界&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　橋下知事が率いる大阪維新の会が過日の統一地方選挙で圧勝した。独自の政策を構想し、実現する知事の力はすごい。&lt;br /&gt;　維新の会は府議会で過半数の議員を当選させ、大阪市議会と堺市議会で第一党になった。さらに、吹田市長選では維新の会候補が現職を破り、私が住む茨木選挙区でも前回民主党市議から自民党に鞍替えして最下位当選した候補が維新の会候補としてトップ当選した。維新の会の勢いは止まらない。さて、橋下知事はどう動くか？&lt;br /&gt;　当然、掲げてきた大阪都構想の実現に向けて動くだろう。&lt;br /&gt;　そのために大阪府より大阪市が抱える問題が大きい、しかも平松市長による改革は足踏み状態だ。労組対策も同和対策も関前市長の方が果敢だった。それどころか、今も幹部はたるんでいる。例えば、市が市長選の支援団体にもなっている地域振興会への３９００万円の不適支出を指摘されたにもかかわらず、一年以上も返還を放置してきたこと、各区長が娯楽と見なされる旅行に同行した時の給与返還も、今年３月の期限までになされていないことが新聞で報道された。これは市役所内の綱紀がまだ締まっていないことの表れだろう。&lt;br /&gt;　もっと大事なことは、勧告する委員会の決定事項であれ、市長の改革命令であれ、幹部がまともに実行していないことだ。会社なら更迭されるだろう。言わば、市長の権威がないがしろにされているのだ。&lt;br /&gt;　喩えてみれば、平松市長はかつての商家のおっとりとした旦那のタイプであり、商売人というより教養人みたいなものだ。毎日放送のアナウンサー出身で、役員室長を務めたが、経営責任を負う役員経験がない。その上６３０人の毎日放送と４万人の大阪市役所では組織の違いが大き過ぎる。論理を基礎にしなければならない改革の仕掛け人としては適していないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 府知事と大阪市長の同時選挙&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　次の市長選挙が今年、知事選挙が来年と言われるが、実は一ヶ月余りしか離れていない。知事が唱えるように同時選挙は現実的なのだ。単に何億円の選挙費用が節約できることより、全大阪改革のためには歴史的な意義がある。&lt;br /&gt;　知事は全大阪の改革上、府より大阪市の問題が大きいととらえている。私もそう思う。だからこそ、知事は権限が及ばない大阪市の改革が進まないことに苛立っている。ここから知事が大阪市長に立候補すると言う。私は単なる牽制ではなく、本気だと思っている。&lt;br /&gt;　しかし、だからと言って、大阪市を解体して大阪都一つに統合する、いわゆる大阪都構想には論理の飛躍がある。大阪市の改革は緊急課題であるが、その先には大阪都のほかに私が提唱する大阪市と隣接の市と合併して大大阪市にして再び名実ともに日本第二の都市にする構想もある。まだ選択肢があるかもしれない。&lt;br /&gt;　知事の器量を持ってすれば、本稿＃６で詳しく書いたように、大阪府が小さ過ぎるのだ。だから知事は苛立つ。&lt;br /&gt;　次世代のためには、橋下知事が大阪市長になるべきだ。そして、大阪都構想も選択肢として考えながら、一旦白紙から大阪市の改革に取り組んでほしい。&lt;br /&gt;　それでは平松市長は？私は知事になってもらえば良いと思う。４年間の市長経験を生かし、府行政を継承してもらうことは全大阪改革に望ましい。両者が大義のために協力できるはずだ。改革の仕掛け人と改革継承者の組み合わせはなかなか妙味がある。どこにも過去に例がない？そう、例がないからこそやるべきなのだ。&lt;br /&gt;　知事が次の候補としてテレビの司会者を挙げている。もうテレビマンは要らない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 大阪府と奈良県の合併&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　奈良県は人口１４０万人、このうち奈良市が３６万人。奈良県と大阪府の間では交通網が広く敷かれている。奈良県から大阪への通勤者が多く、経済も一体だと言ってよい。&lt;br /&gt;　本稿＃６では和歌山県を含めて関西県をつくることを提唱している。先ず第一歩として平松新知事が持ち前の温厚さを生かして奈良県知事と静かに協議を重ね、大阪府と奈良県の合併を進めてほしい。合併しても歴史的な奈良市の名称が消えるわけではない。&lt;br /&gt;　全国を見ると、廃藩置県以来１４０年も経つのに、県の合併が一つもないことに驚く。&lt;br /&gt;　参考までに、片山善博前鳥取県知事（現・総務大臣）はテレビによく出演したことで、改革派知事としてよく知られた。自治省出身のエリート官僚から鳥取県知事を２期務めた。彼は岡山県出身であるから、岡山県との合併を期待したが、手をつけなかった。よく知事経験を語るが、鳥取県は人口がわずか５９万人の全国最小県だ。隣りの兵庫県は瀬戸内海から日本海までの広域県である好例があるにもかかわらず。行政のプロとは言え、失礼な話、鳥取県知事の経験が全国他県の改革に通用するとは思わない。&lt;br /&gt;　将来いつか、道州制が実現するかもしれない。先ず、隣県との合併が現実的だ。そして県の合併は道州制の障害にはならない。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-2132890880946636944?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/2132890880946636944/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=2132890880946636944&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2132890880946636944'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/2132890880946636944'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/05/blog-post_23.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１４、６月、２０１１　　大阪府知事と大阪市長の同時選挙ーー大阪大改革のチャンスを逃がすな　'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-6004878944163940629</id><published>2011-05-14T08:34:00.006+09:00</published><updated>2011-05-19T09:55:34.336+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><title type='text'>＃４８　中国鉄道事情の今ーー外資・民営企業と国営国有企業</title><content type='html'>　震災の報道はテレビのガチャガチャ番組や週刊誌に任せて、今回はがらっと内容を変えます。久しぶりに中国事情を取り上げます。&lt;br /&gt;　私の友達で定期的に交信しているＩ氏からの便りを寄稿の形で書いてもらいました。彼は上海駐在で中国子会社グループを統括する商社のトップであり、若い頃から中国に関わってきました。彼は中国語の読み、書き、話しに堪能だから自由に情報を取れます。&lt;br /&gt;　中国の鉄道について、メディアがここまで詳しく伝えたことはないので、若者諸君の参考に供します。さて、皆さんは何を発想しますか？&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;寄稿「中国鉄道事情」&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　「我国高速鉄路快速発展的主要原因」という雑誌記事を読みました。高速鉄道発展の要因は①党中央、国務院の正確な政策決定、②国家関係部門と地方政府の大きな支持、③鉄道体制の優秀さ、④自主創造による高い目標追求、⑤戦闘的な幹部と職工の隊伍、と書いてありました。&lt;br /&gt;　重点対象として「四縦四横」が上げられていました。&lt;br /&gt;　四縦；①北京⇔上海　　　　　　　　　　　１３１８ｋｍ&lt;br /&gt;　　　　②北京⇔武漢⇔広州⇔深圳（香港）　２３５０ｋｍ&lt;br /&gt;　　　　③北京⇔瀋陽⇔ハルピン（大連）　　１６１２ｋｍ&lt;br /&gt;　　　　④上海⇔杭州⇔寧波⇔福州⇔深圳　　１６５０ｋｍ&lt;br /&gt;　四横；①青島⇔石家庄⇔太原　　　　　　　　９０６ｋｍ&lt;br /&gt;　　　②徐州⇔鄭州⇔蘭州　　　　　　　　１３４６ｋｍ&lt;br /&gt;　　　③上海⇔南京⇔武漢⇔重慶⇔成都　　１９２２ｋｍ&lt;br /&gt;　　　④上海⇔杭州⇔南昌⇔長沙⇔昆明　　２２６４ｋｍ&lt;br /&gt;　これら８路線を核に２０２０年までに客運専用線を１．６万ｋｍに、営業総距離を１２万ｋｍ以上にする計画です。まさに縦横無尽に世界一の鉄道事業規模を目標とする計画です。いや、計画でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　鉄道・交通事業を高度成長のバロメーターの一つとするのは、１９６４年に東京オリンピックと東海道新幹線と名神高速道路の開通が同時に為された例を見るまでもなく、一般的な分かりやすい見方だと思います。&lt;br /&gt;それで、この一年は、中国の交通関係の動きを追いかけてきました。&lt;br /&gt;　今年の１月７日付け北京時事の佐藤雄希記者による「中国、世界一の交通大国に。鉄道・道路を急ピッチで整備」というレポート。&lt;br /&gt;　４兆元景気対策の後押しを受けて、建設が計画を上回るペースで進展。例えば、北京と上海を結ぶ京滬線は、２０１２年完成の計画を１年前倒しして開通の見通し。所要時間は現在の１０時間が半分以下に短縮、とあります。劉志軍鉄道相は「高速鉄道の総延長距離は１０年末時点で、８３５８ｋｍとなり、今年一年だけで、更に５０００ｋｍ延伸される見通し」との談。&lt;br /&gt;　ところが、２月２５日、全人代常務委員会はその劉志軍氏の鉄道省書記の党籍を剥奪、続いて鉄道相の職からも解任しました。理由は「重大な規律違反」。３月２日付けの京華時報を転載した北京時事によると、劉氏の側近で高速鉄道プロジェクト責任者の張曙光運輸局長も停職処分となり、妻子が長期間米国に住み、単身で北京に暮らす「裸体官僚」だと報じています。&lt;br /&gt;　家族を海外に居住させ、資産隠しや逃亡先の手段を確保している汚職官僚のことを「裸体官僚」と呼び、中国政府も近年こうした動きを厳しく監督している、と補足しています。&lt;br /&gt;　４月１４日の「新京報」には、「最高時速、３００ｋｍに引下げ」というタイトルのもと、鉄道省は安全面の考慮から、新幹線速度を従来の３５０ｋｍから３００ｋｍに引下げると発表した、これまでの高速化、整備推進を見直し、消費者のニーズに併せた安全化、細分化へ方向転換をしている、との報道です。&lt;br /&gt;　更に、４月２９日の北京ロイターが伝える「経済観察報」によれば、鉄道インフラ投資を７，０００億元から４，０００億元にカットする方針が出されたとのこと。当該投資は政府歳出の３％を占め、川下分野への間接的波及を含めると大きな影響が懸念されます。後任鉄道相の盛光祖氏（元鉄道部次官）は、劉氏策定の投資計画について、あまりに野心的でリスクが高いと判断したため、投資額は削減されたと語っています。&lt;br /&gt;　以上、春節以降に気付いた報道を整理してみると、そこから幾つかの問題点が読み取れます。&lt;br /&gt;４兆元景気対策の功罪については、各種各論があり、中には日本留学経験も豊かな知識人から穏やかな口調とは言え、「この政策は１９６０年代初めの大躍進政策の現代版ではないだろうか？」といった疑義を呈されたことも想起しました。&lt;br /&gt;　オリンピックの運動競技ではないのだから、より早く・より高くばかりを目指すことはないのに、武漢→広州の新幹線開通直後の運転手は、定刻より１５分（？）早く到着したことを自慢して、顰蹙を買っていたことなどにも、鉄道事業全体の安全意識の低さを感じていました。&lt;br /&gt;　また建設工事の負荷が上がることによって、多発している事故の犠牲者は浮かばれないという思いが強くあります。&lt;br /&gt;　その対極で、国家の将来を左右する高級官僚の私生活の実態が垣間見えることも、１９１９年の５月４日運動や１９８９年の教訓に基づく改革が進んでいないことを示唆しており、庶民の不公平感の増幅に繋がることでしょう。&lt;br /&gt;　しかし、何よりも交通行政は安全第一が使命であるべきでして、安全化は消費者のニーズではなく、最低限の権利であると思います。&lt;br /&gt;　一握りの幹部による「野心的計画」によって建設段階に不安が残り、開業後も安全軽視が危惧され、更には一部で声が上がり始めた投資回収不能説（例えば、京滬線の総投資額２，２０９億元の内、銀行借入と起債が、１、１００億元。年利６％で６６億円の利息と運行経費のみは、まだ運賃収入でまかなえるとしても、元金返済や減価償却費用までは困難という指摘）という課題もあります。&lt;br /&gt;　新任の鉄道相による計画見直しは、ＧＤＰにも影響する側面は誰もが注目すると予想されますが、それよりも、あらゆる意味で健康的な事業化の再出発の面を今後とも注視したいと思います。&lt;br /&gt;　現下の中国では禁忌に近かった「スピードダウン」ということを公にした当たり前の勇気の持続を期待します。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　同じく昨年来のテーマとして、並行して注目している中国の電力・エネルギー問題については、別途纏めるつもりです。&lt;br /&gt;　外資・民営企業の牽引力への期待値が低下している中国経済の中で、鉄道・交通にせよ、電力・エネルギーにせよ、大きな流れとして国家直営事業の比重が上がり、官民格差（例えば、３日発表の１０年度平均賃金は官が民の１、８倍と変わらず）が今後さらに大きくなるのではないか？&lt;br /&gt;　まさに「国進民退」の傾向が増長する気配を感じます。その行き着く先には、中央集権を背景にした、特定利益共有集団による属人的・恣意的な施策が多くなるのではないか？という懸念も大きくなります。社会主義計画経済への回帰、と言ってしまえばそれまでのことですが。&lt;br /&gt;　外資・民営企業がお役目ご苦労ということで、「元の木阿弥」のような存在になるのは、面白いことではありません。&lt;br /&gt;　木阿弥とは戦国武将の影武者で、武将の死を隠す期間、地位と禄を上げてもらって代役を果たすが、武将の死が公表され、新たな後継者が決まると、地位も禄も下がって「元の木阿弥」となる、ということですが、念のために語源大辞典（東京堂出版　堀井令以知　編）で調べたら、筒井順慶の父親が死んだ際、声の似ていた木阿弥が代わりに病床に臥して影武者を務め、順慶の成人後に木阿弥は元の僧に戻ったと書いてありました。&lt;br /&gt;　外資の人間としては、国営国有企業が強くなるか、民間企業が粘り腰を見せるか、「洞ヶ峠」で眺めて待つことなく、それぞれの強み弱みを見極めながら健康的な機能を磨いていきたいと思っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;私の感想と発想&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　中国政府にすれば、新幹線建設が国民に対して国威発揚をアピールできる手っ取り早い手段であるにしても、計画の大きさがすごいな。投資額は銭食い虫と言われる空母の建設費が霞むほどの大きさだ。&lt;br /&gt;　鉄道建設は、短期的には建設労働者の雇用を生み、長期的には運行や保守に必要な雇用を増やすことになる。さて、国家の財政が持ちこたえるだろうか？&lt;br /&gt;　私にはかつての日本の国鉄を想い出させた。&lt;br /&gt;  因みに、現在中国の鉄道総延長は９１，０００キロ、日本のそれはＪＲと私鉄合わせて２７，０００キロ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-6004878944163940629?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/6004878944163940629/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=6004878944163940629&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' 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type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１３，　５月，２０１１　　浪速国の国際化とは？ーー「うめきた」はいただけない</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;梅田北ヤードの正式名称が「うめきた」に決まった&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　大阪駅北地区まちづくり推進協議会（会長、平松大阪市長）が北ヤードに代わる正式名称を一般公募によって「うめきた」に決めた。これが次世代に残す名称として本当にふさわしいのか？&lt;br /&gt;　このニュースを知った時、私はいかにも大阪らしい泥臭さと、浪速国の外を見ない大阪人の習性を感じた。「うめきた」は飲み屋の名前のようだ。あくまで瞬時の直感だ。そして、考えてみた。&lt;br /&gt;　先ず、北ヤード地区は大阪市民と府民に限られた財産ではない。全関西から全国にまで知名度を高めて経済資源として、また観光資源として生かすためには、それにふさわしい施設と名称が備わらなければならない。&lt;br /&gt;　第二には、北ヤードの名称「うめきた」は梅田新道を「うめしん」と呼ぶ地名とは重みが違う。私は誰がなんと言おうが、浪速の国内でも国外でも「梅田公園」と呼ぶ。南から天王寺公園、大阪城公園、中之島公園に続く梅田公園まで大阪を代表する公園の布陣が整う。大公園が多いと言われる東京の日比谷公園、新宿御苑、神宮外苑、上野公園などにも遜色がない。　&lt;br /&gt;　第三には、さて、「うめきた」はどこまで含むのか？梅田北ヤードを超えて大阪駅の北一帯を含むのだろうか？しばらくの間は、「梅田北ヤード」を引きずり、二重ブランドになるだろう。この際、マーケティングの観点から「梅田公園」にブランド統一するべきだ。二重ブランドについては、天王寺と阿倍野の例から本稿に昨年の１１月号で詳しく書いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 人気投票の功罪と危うさ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今回の北ヤードに代わる名称は市民公募によって決まった。&lt;br /&gt;　市民公募という形は市長にとっても、支援する財界にとっても安全だ。「勝手に決めた」と言われる批判を受けないからだ。それ以上になんでも公募で決められることが慣行化している。本当に公募が良いのか？&lt;br /&gt;　公募とは、大衆に判断を委ねることだろう。選挙はその最たるものであるが、ここでは触れない。&lt;br /&gt;　公募の危うさは人気投票になりやすいことだ。批判を承知で言うと、大衆は深く考えない。この場合、浪速国を超えて、梅田北ヤードを全国に通用する名称は何か、と考えない。浪速国内で自分たちが使い易い名前でありさえすればよいのだ。要するに、大阪人大衆は国際化されていないと言ってよいだろう。&lt;br /&gt;　次世代に継がれることに関しては、時に一過性の選挙より大事なことがある。先人はこうして大阪の歴史に貢献してきた。&lt;br /&gt;　リーダーには民意を説得するか、あるいは人気に左右されずに決断する覚悟が必要だ。そうでなければ、リーダーの資格はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;大衆とは何者か&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　私はほかに適当な表現がないので大衆という言葉をよく使う。「人を見下げている」とか「自分を高く置いている」とか批判を受けている。しかし、広辞苑で「大衆」を引くと、「多数の人」と書かれており、蔑視の意味はない。そして、私は自分を大衆の中に入れることもあるし、批判の通り大衆の外に置くこともある。&lt;br /&gt;　言うまでもなく、私は日常の生活では１００％大衆である。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-734516074573838310?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/734516074573838310/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=734516074573838310&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/734516074573838310'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/734516074573838310'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/04/blog-post_25.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１３，　５月，２０１１　　浪速国の国際化とは？ーー「うめきた」はいただけない'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-5862821137833405003</id><published>2011-04-18T07:32:00.004+09:00</published><updated>2011-09-07T09:29:15.416+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃４７　原発事故対策は福島原発公社へーー東電から分離しよう</title><content type='html'>　ＪＲでも私鉄でも駅に行くと被災地支援のために数人のボランティアが並んで寄付を呼びかけています。ハイ、千円。地元の高校吹奏楽部演奏会に行くと、出口で募金箱を持っている高校生。ハイ、千円。家内が我が家を代表して郵便局から一万円を送金。こうして今日までに一万五千円を寄付しました。&lt;br /&gt;前回に職が決まらない若者を被災地に送るという特定目的の基金をインターネットで創設することを提案しましたが、組織はせめて１０人でもいいと望んでも私には方法が分からない。力が及ばないので、結局、寄付することしかありません。&lt;br /&gt;　前回の私の稿も含めて、災害の報道にはうんざり、という意見が寄せられました。それでも、メディアとは違う視点から書きたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;　管理者はしっかりしろ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１）東電が放射性物質（確かセシゥム）の濃度を規制値の千万倍と発表した。素人の私でさえ間違いではないかと思った。後に１０万倍に訂正された。発表前に「ちょっと待て。なんぼなんでもおかしいんじゃないか」と疑う管理者はいなかったのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２）東電が原発事故が起きた翌日、経産省に次の原発を建設する事業計画書を提出したという。この無神経さよ。提出する前に待ったをかける管理者はいなかったのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;３）事故直後に燃料プールを冷却する目的で、自衛隊のヘリコプターが原発に向けて散水した。テレビの映像では、安全高度からまかれる水は広範囲に散ってほとんど原発に届いていなかった。自衛隊こそ迷惑なことだった。なんでもやればいいというものではない。事前に効果がないと言った管理者はいなかったのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;４）駅前で立つ募金箱を持つ支援者の一人に、「身分証明書を持っていますか？」と尋ねた。「持っていません」と言うので、「誰かリーダーなら持っていますか？」と問うと、「リーダーは居ません。私は市の消防士です」と答えた。消防士を信用して寄付した。市役所でも他の団体でも一人の責任者には身分証明書か、団体の証明書を持たせるべきだ。寄付者が持つ不安を感じる管理者はいないのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;５）ＮＨＫテレビの記者が避難所で被災者にインタビューしている。画面の下の表記文（聴覚障害者のため）には「～してくれる」と書かれる。被災者は「～していただく」、「してもらう」と言っているにもかかわらず。これは以前から毎度のことだ。敬語の誤りに、しかも話し手の言葉を正確に書かないことに管理者は気付かないのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;６）４月２０日、原子力安全・保安院（以下、保安院）が原発事故の国際標準でレベル５から最悪のレベル７に変更した。レベル７と言えば、チェルノブイリ原発と同じで、原子炉そのものが大爆発したケースだ。福島原発では原子炉の外の格納容器でたまった水素が爆発したので比較にならない。上げるとすればレベル６でよかったのだ。この非合理について保安院の管理者は疑問を持たなかったのか？保安院は経産省の下部機関であるから、決定には経産大臣の許可が要るはず。大臣も三役も納得したのか？&lt;br /&gt;　こういう道理に合わない時には裏の背景があることが多い。私はヨーロッパ系の国際原子力機関がレベル７に異論を唱える一方、アメリカの原子力委員会がレベル７の決定に賛成した。八卦見の憶測では、日本に原発事故処理の専門部隊を送り込んでいるアメリカ政府の圧力ではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;福島原発公社に統合されるだろう&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　誰が見ても、今回の事故を収拾するには東電の人材だけでは無理。保安院の人材も大学教授も現場を知らない。疲れきっているはずの現場実働者に交代チームがあるのかどうか。&lt;br /&gt;　そこで、私の提案は東電には電力対策と補償問題に専念させ、原発事故の対応は国の機関とする「福島原発公社」に分離して一元化することだ。公社には東電のほか各電力会社とメーカーから原発関係の技術者に出向してもらう。経験ある退職技術者にも参加してもらう。請負をしている保守専門会社からも技術者と作業者を出してもらう。自衛隊にも専門家がいる。&lt;br /&gt;　こうして公社は日本の英知を集めて原発事故対策の最強チームをつくるのだ。これからの長期戦で得られる技術と知識は日本の国家資産になるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;世界はなかなか厳しい&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　中国を始め、各国が日本への観光をキャンセルしている。また、各国が東北産地の農産物を輸入禁止にした。中でも中国は東京都を含めて対象を関東一円の１２都県に広げた。下司の勘ぐりで言えば、これはかつて日本政府が一部の中国農産物の輸入禁止措置を取り、国民が過剰に中国製品を拒絶したことに対する報復かもしれない。&lt;br /&gt;　さらに、ヨーロッパやアジアの諸国が、原発汚染とは関係がない西日本からの工業製品について安全証明書の発行を要求してきた。これに対し、大阪商工会議所が「検査機械を追加して買わなければならない」と発言。彼らも過剰反応しているのだから、まともに対応する必要はない。機械も買わず、人員も増やさず、商議所が従来している原産地証明書に「この産地は被災地から遠く、材料に汚染はない」と一行を書き加えればよいのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;若者諸君、感性と論理思考を磨く機会&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　溢れる災害報道の中で、「おかしいな」と感じる感性と、論理思考を磨こう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-5862821137833405003?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/5862821137833405003/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=5862821137833405003&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5862821137833405003'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5862821137833405003'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/04/blog-post_18.html' title='＃４７　原発事故対策は福島原発公社へーー東電から分離しよう'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-4386348283790897239</id><published>2011-04-02T08:56:00.025+09:00</published><updated>2011-07-12T15:57:45.589+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１２、４月、２０１１　　　国文都市の計画見直しーー決着が本当に難しい</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;◇ &lt;strong&gt;市長選挙でも市民は関心を持たなかった &lt;/strong&gt;　   &lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　私が住む茨木市には、前回で書いた安威川ダムのほかにもう一つ大阪府の公共事業がある。それは国際文化公園都市・彩都（国文都市）の建設。　９５年にアメリカから帰国して間もなく、この計画について調査研究を始めた。結論は、とても事業として成り立たないということだった。ある与党の市会議員もオフレコで「成功見込みがないかもしれないが、お上が決めたことは止めようがない」と言った。それから私は地元ジャーナル紙で「なぜ事業が成り立たないか？」の理由を書いた。さらに詳しく書いた冊子を発行し、同志を募って市民の会を組織した。あげくに持ち前の実践病が出て、２０１０年の市長選挙に出馬した。&lt;br /&gt;　&lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　結果は投票率が前回の２９％から５％増えただけで、共産党候補とともに１万票をもらったが、両候補合わせても現職の４万票には届かなかった。久しぶりの民間人候補が出たことで、わずかに選挙を騒がせたに過ぎなかった。もともと投票率が５０％を超えないと勝機がないことは分かっていた。それでも投票率に賭けた。　&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　支持者の中から、私が掲げた地域経済振興、安威川ダム建設中止、国文都市計画の見直しの三つの主要政策から後の二つは取り下げるように忠告されたが、大阪府にとっても茨木市にとっても将来に禍根を残すことを知っていて取り下げるわけにはいかない。選挙が盛り上がらなくて、落選してもなんの意味もない。屁みたいな選挙になってしまう。　　&lt;br /&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　選挙運動中には、安威川ダム建設地域の掲示板ポスターが破られ、その他にも何枚か破られた。嫌がらせ電話も来た。その度に支持者に対して「存在感が出てきた」とジョークを言っていた。選挙後、支持者の一人に数人のゲストとともに慰労会を持ってもらった。会食の中で一人のゲストが言った。「公共事業より専門の経済政策を出しはったらよかったのに」と。私は経済政策を第一に訴えていたのにだ。街頭演説で訴えた政策は存在感どころではなかった。　&lt;br /&gt; &lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　今も多数派の市民は両事業について関心を持っていない。２００８年の市長選挙では、現職以外に候補が出ず、この規模の都市では異例のことで、現職が無投票当選した。選挙崩壊だった。　 &lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;◇ &lt;strong&gt;２５年後の国文都市 &lt;/strong&gt;　   &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　１９８６年に本計画を推進するために国際文化公園都市建設推進協議会（協議会と略）が設立されてから２５年が経った。次いで８８年には事業主体になる国際文化公園都市株式会社（会社と略）が設立された。協議会は府、２市、民間企業が毎年寄付することで運営され、寄付者は会社の出資者と同じ。　その後どうなったか？　最近では協議会も会社も府民と市民の税金を使っているのに、ホームページに決算書を出していない。&lt;br /&gt; &lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　丘陵地にある三つの離れ島からなる国文都市は彩都と呼ばれ、西部地区は住宅地として開発された。ＵＲ都市機構が全体区画を担当、実際の住宅建設は民間不動産開発企業が行ってきた。人口５千人、一戸建てとマンションが建ち並ぶ景観が美しい。ニュータウン開発としてはまあまあの成功と言えるだろう。&lt;br /&gt; &lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　次に中部地区。国際交流施設、文化施設、研究所の建設に加えてホテルやデパートも誘致し、高名な学者の華々しい推薦文で謳われた計画は頓挫した。誘致した国のバイオ研究所には土地がなかったので、西部地区の外れに急遽変更して建てられた。ここ西部地区にベンチャー企業が数社進出しているが、まだ集積力が出るには至っていない。　土地を所有する会社が資本金３０億円を増資したという話を聞かないので、資金がない。土地はまだ造成もされていない。&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　１０年ほど以前、茨木駅前にある札幌ビール工場のトップであった知人から工場を案内してもらったことがある。工場は手ぜまで、設備は古かった。閃いた発想を彼に投げてみた。「新立地で近代化工場にすれば従業員１２０人のままでもっと増産できるだろう。思い切って国文都市の中部地区に進出しないか。今は住居地域指定になっているが、準工業地域に変更させることは難しくないと思うよ。今の特等地を売れば投資資金にお釣りがくる」と。　その後、ビール類似の新製品の売上が伸び、本ビールの生産が減少した。彼は役員定年で退職した。私の提案は消えた。&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　さらに、数年前ビール工場は閉鎖された。&lt;/span&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;　前太田知事が退任する年に、武田薬品が新しく建てる中央研究所の誘致に動いた。すでに首都圏に自社土地を持ち、人材も手当てしていた同社の計画は決まっていただろう。同社は前知事の働きかけに対し、お付き合いしたのだと私は推測した。当然、西部地区への誘致は流れた。しかし、議会は準工業地域への変更を承認し、前知事の置き土産になった。これでいつでも工場を誘致できる条件になった。無害型の工場なら地域の発展を願う住民も反対しないだろう。&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　最後に東部地区。三つの離れ島の中で最大であり、まだ自然の山林のままだ。　土地を先行所有した阪急グループは開発をあきらめた。土地の減価処理もしただろう。ＵＲ都市機構も開発から撤収した。完全に開発計画は中止になった。私は市民環境債という名前で市民が山林を買う形の公債を買ってもらうことを提案していたが、いずれ償還期が来る公債は、相次ぐ大企業の撤退で税収が減った茨木市では財政が許さないだろう。　&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　さて、橋下知事はこの二つ目の府営公共事業をどう処理するのか？&lt;/span&gt; &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;◇ &lt;strong&gt;住民訴訟が出た &lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt; &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　最近、住民の一人が府と会社を相手取り、国文都市の計画倒れにより住宅価格が下落した損金の損害賠償を求める訴訟を起こした。計画では５万人の人口を謳いながら５千人にとどまることを知らなかったという。私の相場感覚では、良質のマンション３ＬＤＫが２５００万円くらいで安い。だから完売した。投資による損失補填はできないことが原則としてある限り、気の毒ではあるが、この訴訟には勝てないだろう。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-4386348283790897239?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/4386348283790897239/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=4386348283790897239&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4386348283790897239'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/4386348283790897239'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/04/blog-post.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１２、４月、２０１１　　　国文都市の計画見直しーー決着が本当に難しい'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-473685785531227370</id><published>2011-03-16T08:43:00.012+09:00</published><updated>2011-04-13T10:08:08.396+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='メディア'/><title type='text'>＃４６　東北大震災の報道ーーテレビ局はバカじゃないか</title><content type='html'>　３月１１日に東北の大地震が起きた一週間前、クリント・イーストウッド監督の映画『ヒアアフター』を観ました。冒頭、大画面にすさまじい大津波が押し寄せる迫力に圧倒されました。しかし、イーカトウッドはアクション映画に主演した時代とは様変わりし、監督として人間の死と、死者との霊感による交信をテーマにして描いています。私が最高傑作と思う去年の前作『グラントリノ』も死にざまをテーマにした宗教劇でした。　さて、こんな呑気なことをさておいて、東北関東大震災について腹立ち入りで感じたことを書いてみます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　 ◇&lt;strong&gt; ひどかったテレビ報道&lt;/strong&gt; &lt;br /&gt;　当日１１日の夜、１２日の終日にテレビのチャネルをぐるぐる回してみたところ、テレビ全局が延々と震災の中継放送を流していた。地上デジタルとＢＳの全局が通常番組をキャンセルして災害報道に集中したのだ。これならＮＨＫの５チャネルも民放テレビも今のような数は要らない。全国ネットの地上と衛星を合わせて１５チャネルが終日災害番組をやった。バカじゃないか。　世界や日本全国のニュースはすべて排除された。流される映像に残酷さとしつこさを感じた。被災地の人たちは停電でテレビを観られなかった。　ただ、神戸と京都の地元テレビ局は災害ニュースを随時流したが、他は予定通りの番組を放映していた。一体、全国局と地元局のこの違いはなんだろうか？全国局ネットはいつまで同じ映像による残酷ショウを続けるのだろうか？　他方、ＮＨＫのラジオでは繰り返し被災者家族の安否確認をする情報を流していた。災害報道ではテレビよりラジオが役に立つ。電池で聴ける携帯ラジオは災害に備える必携品だ。　蛇足を一つ。地震直後のある民放局のニュースでは、アナウンサーと解説者の三人がヘルメットをかぶり、背後で働く社員の十数人は誰もヘルメットをかぶっていなかった。こんな作為は空々しい。管理者は見え透いたやらせを止めさせろ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 原発事故への対応 &lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　事故当事者である東電の対応はお粗末に尽きる。同じ設計による３機の同型炉が相次いで同じ事故を起こした。地震当日から４日もあったのに対応できなかったのだ。理由は津波対策の非常電源まで使えなくなり、冷却水の供給ができなかったからだという。確か一日目に東京から電源車を送ったとつたえられたが、役に立たなかったのか？　さらに、休止中の４号機でさえ放射能漏れの事故を起こした。　この種の事故を含めてすべての事故に対応できるマニュアルを、製造したメーカーと使用者である東電が総力を挙げてつくったはず。これが使えたのかどうか。両社による事故対策の緊急チームもあるはずだ。原発内部には入れないから、各々の事故を想定したシミュレーションによって訓練もできたはずだ。　しかし、これらがあったにしても、保守チームの士気を日頃高めておくことは難しい。なにしろめったに起きない事故に対する訓練に高度な真剣さを求めるには限界がある。 &lt;br /&gt;　その上、保守技術者は、新プロジェクトや技術開発に関わる職種に比べて社内で地位が高いとは言えない。　今回、４０年の稼働実績を持つ原発先進国である日本の事故緊急チームが、世界に実力を認知される機会を逸したのはなんとも惜しい。中進国にも原発が広がりそうな今、いざ事故があれば日本チームが呼ばれることになっただろうに、国際貢献のチャンスを逃がした。　東電、地域独占事業で関東の殿様会社はいずれ内部組織にメスが入るだろう。さしあたり社長辞任と役員社員の減給は避けられないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; ◇ &lt;strong&gt;政府批判が相変わらず &lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;　「政府の危機意識が弱い」、「菅首相が混乱」、「政府は後手」などと相変わらず政府批判の決まり文句をメディアが伝える。ならば、自民党政権ならどんな対応ができたか。　&lt;br /&gt;　もともとこんな非常事態にはどこでも政府の対応は混乱するものだ。大事なことは、混乱から学んで適切に対応の態勢を確立することだ。　今回のような炉心溶融の事故には前例がある。私と家族がペンシルベニア州に移住した翌年の１９７９年に、州都に近いスリーマイル島にある原発が事故を起こした。自宅の町から３００キロ離れていたので安全だった。　世界初の原発事故であったから、州政府の混乱は大変なもので、知事はメディアから批判にさらされた。知事は一時の混乱を収拾し、近隣住民の避難を素早く実行したことで、後に高く評価された。事故原因は地震でも何でもなく、現場において日常の慣れと士気の低さによる初歩的なミスだったと言われた。　&lt;br /&gt;　繰り返すが、混乱は避けられないことであり、菅政権はこれからの対応が評価される。　与野党一体で国難に対処し、神戸大震災の復興で見せた日本人の底力を再現したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt; ◇ &lt;strong&gt;首都移転はどこへ行った？&lt;/strong&gt; &lt;br /&gt;　&lt;span style="color:#660000;"&gt;かつて国会で取り上げられ、移転か分都かで議論された。首都移転候補地まで選ばれたにもかかわらず、今では忘れられてしまった。今回の大地震の地域から遠く離れている東京でさえ、電力不足だけで大混乱が起きた。まして東京に大地震が起きたら、政府機能が停止することは明らか。　現実的に、首都移転はいつのことか分からない。そこで、私は関西国際空港問題の解決策として、国管理の八尾空港を売却、その機能を伊丹空港に移転すると同時に東京災害時の臨時政庁にすることを年来提案してきた。近隣の陸上自衛隊には滑走路がないので、伊丹を災害時の支援基地としても使える。　時間がどれだけ残されているか？&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;若者ボランティア基金&lt;/strong&gt; 　&lt;br /&gt;　今回の震災ではボランティアの応援はこれから出番が来る。ボランティアに対しては食料と宿泊を用意しなければならないからだ。他方、自衛隊、警察、消防隊や外国軍隊のプロ集団は衣食住すべて自給自足できる。　腰痛持ちの私は直接身体で支援できないが、さしあたり、信頼できる団体に支援の寄付をするしかない。現役の就労者と余裕がある年金生活者が５千万人とすると、一人１０００円を寄付するだけで５００億円を集められる。　さらに、若者ボランティアのために旅費とわずかでも日々の生活費の支援に、用途を特化する「若者ボランティア基金」を若者の手で設立してはどうか。インターネットを通じて送金できるといい。こういう時には火事場の泥棒が横行する恐れがあるから、寄付者の目に信頼される団体にするために知恵を絞ってほしい。　&lt;br /&gt;　若者よ、特に職に就いていない若者よ、災害地の現場で働くことから多くの人生の糧を得られる。世間を知り、人を知ることはこれからの人生において貴重な財産になるだろう。決して人生の、そして職業キャリアの空白にはならない。　私はこの歳で思う。&lt;span style="color:#660000;"&gt;人生とは、大半が無駄、無念、失敗、不運、苦闘などの集積であり、その間にわずかに成就の満足と安らぎがあるものだ、と。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-473685785531227370?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/473685785531227370/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=473685785531227370&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/473685785531227370'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/473685785531227370'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/03/blog-post.html' title='＃４６　東北大震災の報道ーーテレビ局はバカじゃないか'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-8351476148813622370</id><published>2011-02-26T09:07:00.010+09:00</published><updated>2011-03-13T08:19:21.497+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』＃１１，３月、２０１１，　    大阪府営の二つのダム――なぜ市民の関心は低いのか？</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;大阪府が和泉市に建設中の槙尾川ダムの建設中止を決定した。総事業費１２８億円の半分は国が負担するとは言え、この府営ダムはすでに５８億円がつぎ込まれてきた。本体ダムが着工されているダムが中止される点で全国初のケースだという。地元関係者は、当然のことながら、府が付け替え道路工事に着手後２０年も経ってからの中止決定に強く反発している。&lt;br /&gt;　他方、もう一つの府営ダムである安威川ダムは、茨木市北部に建設が進行中であるが、まだダム本体工事には着工されていない。計画から３５年、総事業費は槙尾川ダムと一桁違う１３７０億円で、これまでに用地買収と付帯工事に約８４０億円が使われた。８４０億円の数字はにわかに信じがたい。&lt;br /&gt;　槙尾川ダムの建設中止によって安威川ダムがどうなるのか？&lt;br /&gt;　私はこのダムについて１０年以上継続して勉強してきた。市民有志が主催する集会にも都合がつく限り出てきた。さらに、２０００年の市長選挙には、１）地元経済の振興、２）国文都市建設（次回で詳述）の縮小、３）安威川ダム建設中止の三つの政策を掲げて出馬した。２）と３）については市民の支持が広がらなかった。&lt;br /&gt;　そこで、今日までの建設推進派と反対派の意見をまとめてみたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;〈建設推進派の意見〉&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;① これまで何十年間も取り組んできて今さら止められない。&lt;br /&gt;　意地、面子、執念など非論理的な要素が支配しているため、反面の考えが頭に入らない。災害への対応も変わり、国の財政も困難に直面しているのに、時代の変化を見ようとしない。常識で、あるいはビジネスの論理で考えれば、３０年以上昔の計画を見直ししないことは考えられない。&lt;br /&gt;② 移転してもらった農家に対し、申しわけが立たない。&lt;br /&gt;　これも非論理的な考えだ。多少強要されたにしても、代替地や移転補償がなされて合意された農家も時代の変化を見ない。元の農地で府の土地は農家に無償で貸与する、府営農地として若い世代に農業経験をさせる、など有用な使い方を考えればよい。&lt;br /&gt;③ 他の治水事業よりダムがいちばん安い。&lt;br /&gt;　国交省の比較データには、二つの公正さを欠くことがある。一つは、ダムのコストにすでに使った費用が含まれず、「これから使う費用が安い」のである。他は、ダムを建設しても河川改修費が必要なことを伏せていることだ。 さらに、ダムを建設した後も専門職員を張り付け、施設の維持費もかかる。これまで金を注ぎ込んだと言っても、要らないものは要らないのであり、こんなコストを負う次世代には迷惑なことだ。&lt;br /&gt;④ ここで中止すると国からの助成金が入らない。&lt;br /&gt;　府の財政負担が増えることを建設の理由にするのなら、ダム見直しの時代において制度欠陥と言えよう。要らないダムを中止するのに障害になる制度の見直しをすべきだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;〈建設反対派の意見〉&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;① ダムを建設しても洪水をすべて防げない。&lt;br /&gt;　天災には上限がないことは認識されるべきで、いつかダムの能力を超える大雨は起きるものだ。事前に警告を出すことにより、住民を避難させることができる台風や大雨の災害は、地震と違う。万が一堤防決壊で損害が出てもダム建設より安い。&lt;br /&gt;　因みに、これは私が長年住んでいたアメリカ政府と州政府の考え方だ。&lt;br /&gt;② 洪水を防ぐには河川改修の方が有効。&lt;br /&gt;　最近の河川工学の研究によって、さまざまな技術が開発されている。国交省のコスト比較では河川改修に土地買収費を大きく取っているが、適用する技術には土地買収費が安くて済むこともあるだろう。&lt;br /&gt;③ ダムは生態系を壊す。&lt;br /&gt;　ダム建設が自然環境に及ぼす影響については研究も実証も進んだ。３０年前と言えば、環境意識がまだ低い時代だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最近、武庫川流域委員会委員長の講演を聴く機会があった。この流域市民の民意を高めて武庫川ダムを中止させた運動には、二つの特徴があることをを知った。成功要因と言えることだ。&lt;br /&gt;　一つ目は、新聞記者出身のリーダーも他の会員も特定の政党を絡ませなかったこと。１０年間に１３０回もの会合を持ったというから、その根気には敬服する。&lt;br /&gt;　二つ目は、他の反対運動のように、「反対」や「中止」の言葉を使わずに「武庫川づくり」と呼び、ダムだけではなくダム以外の広いテーマも含めたこと。全国の運動に貴重な参考例になるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　結びとして、安威川ダムに関して市民運動の障害をまとめてみよう。&lt;br /&gt;　茨木市の市会議員は少数を除いて自民党、民主党、公明党の与党会派すべてがダム建設推進派だ。さらに茨木選挙区選出の３人の府会議員すべてが推進派だ。ダム反対の市民は少数派かもしれないが、議会が民意をこれほどまで代表しているとは思えない。流域市民のダム信仰と、一般市民の無関心がこういう議員を選んできた。&lt;br /&gt;　頼れるのは論理思考の橋下知事の決断しかない。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-8351476148813622370?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/8351476148813622370/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=8351476148813622370&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8351476148813622370'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/8351476148813622370'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/02/blog-post_26.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』＃１１，３月、２０１１，　    大阪府営の二つのダム――なぜ市民の関心は低いのか？'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-3453418394492966606</id><published>2011-02-18T11:02:00.006+09:00</published><updated>2011-03-16T14:15:29.434+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='雇用'/><title type='text'>＃４５　決まって世にはびこること――若者よ、惑わされるな</title><content type='html'>　経済が停滞し、世の中に不安が広まると、決まってはびこることがあります。私の記憶では１０年くらいの周期があるようで、言いかえれば、人が忘れた頃に繰り返されます。&lt;br /&gt;　諸君たちも煽られて心安らかにおられないものです。こんなことに惑わされてはいけません。しっかりと自分の信念を持って我が道に立ってほしいと思います。&lt;br /&gt;　二つの例を挙げてみましょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt; 栄養補助品の氾濫&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;　従来の地上波テレビでも衛星テレビでも栄養補助品（錠剤と汁）のコマーシャルが すさまじい。これだけ攻勢をかけられると、諸君は栄養補助品を飲まないと健康維持のために遅れを取るような気持ちにさせられるかもしれない。しかし、こんなものを取ることは金持ちに任せて、食事でバランスを取ることが大事だ。しかも割安だ。&lt;br /&gt;　私は学生時代に野球部員だったが、学寮で朝夕二食９０円の粗末な食事の上に量も足りなかったので毎日空腹で５時間の練習に耐えなくてはならなかった。それでも怪我以外には医者にかからず、体重も減らなかった。寮で出るカレーライスには肉の代わりに缶詰の鮭しか入っていなかった。ご飯は麦飯、箸で突っついても固形物に当たらないみそ汁。当時は食料不足ではない時代だったのに。&lt;br /&gt;　１６年前にアメリカから帰った時、当市が年に一度市民に対して行う健康診断を受けたところ、脂肪肝、高コレステロール、大腸ポリープなど５種目にイエローカードをもらった。アメリカでは仕事の関係で会食の機会が多かったため、肉を始め美食に偏っていたせいで、当然の結果だった。それから１０年間、市の施設の栄養管理士からこと細かに受けた指導を忠実に実行して全種目をクリアした。学生時代の粗食と節食に帰り、空腹にも間もなく慣れた。ある日、国民の間で人気がなく、日米安保条約を強行締結した岸信介元首相が１９８７年に亡くなった時、彼は戦犯として拘留されていた巣鴨拘置所での粗食を生涯続けたという記事を想い出した。「昭和の妖怪」と呼ばれた彼は亨年９１歳。&lt;br /&gt;　現在７０歳の私、９１歳は無理にしてもこれから栄養補助品の助けなしの粗食で１０年は生かしてほしいと願っている。しかし、いかに節制しようとも病気にならないことは幸運に頼るしかない。&lt;br /&gt;　諸君はテレビでコマーシャル専門の俳優やスポーツ選手が消費者を演じる中で、栄養素のグルコサミン、ヒアロインサン、コラーゲン、コンドロイチンなどのカタカナ語に惑わされてはいけない。栄養補助品は法律で定められる医薬品ではないから、病名への効能を謳わなければなんでも宣伝して法的にセーフなのだ。価格が高いのは安くすると人は買わない心理があるからだ。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt; わんさと電話してくる投資話&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　金や宝石から、外貨、株、投資信託まで今が投資のチャンスなどと勧める電話がかかってくる。これも住んでいたアメリカの不況時と同じ。時間も朝昼にとどまらず、夕食時を狙って電話してくる。私も、多分諸君も,投資するような資金を持たない者には腹が立つ。電話セールスというのはセールス手段の中でも最も難しいのだが、ほとんど打率が上がらないのによく頑張っている。彼らも職務だから仕方がないだろう。&lt;br /&gt;　私は腹立ちを抑えて「投資の余裕がないから見込み客リストから外してくれ」と言うことにしている。わずらわしいな、本当に。&lt;br /&gt;　大小の詐偽も忘れた頃に必ず復活してくる。なぜ性懲りもなく人はだまされるのだろうか？敵は巧みに人の性である強欲につけ込んでくる。彼らは年寄りや主婦を主に狙ってくるから、祖父母には注意してあげたらいいよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt;《情報交流》質問に答える　&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;　前回で若者の雇用に書いたことについて、「それではどうすればよいのですか？」という質問を受けた。これは私の弱いところだ。というのは、私自身は就職口を紹介することもできないし、雇用をつくる実行力もないからだ。むなしい気持ちを持たされる。&lt;br /&gt;　しかし、一つだけ発想したので披露してみよう。&lt;br /&gt;　行政法人の一つに中小企業基盤整備機構というのがある。長ったらしい名前であるが、元は中小企業事業団で、昔も今も中小企業の支援が仕事だ。ここの事業の一つとして中小企業大学校があり、北海道から九州まで全国に９ヶ所の施設を持っている。大学校という名前を使っているが、前回で紹介した大学校とは違い、フルタイムの学生を対象にしていない。中小企業の管理者や社員を集めてセミナーを行う研修施設だ。各施設は小型の大学のような立派なキャンパスに講義室、ホール、食堂、娯楽室に加えて１００～３５０人を収容する宿泊施設が整っている。ホテル並みの講師用宿泊ビルもある。&lt;br /&gt;　私の発想は、この大学校を３年くらいの期限付きで、職に就いていない若者を対象にする実務教育の研修施設として衣替えすることだ。この間、中小企業関係者には我慢してもらう。中小企業向けの研修セミナーは他の施設でできる。&lt;br /&gt;　既存施設と現有の職員をそのまま使う、そして経験ある定年退職した専門家に講師を務めてもらうなら大した予算は要らない。次のような内容を研修者に課すれば、その成果でこんな予算は容易に元を取れる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　① 半日の実務講義。&lt;br /&gt;　　② 一斉に早起き。&lt;br /&gt;　　③ 美味くなくとも栄養バランスが取れた三食。&lt;br /&gt;　　④ 体力強化。&lt;br /&gt;　　⑤ 施設内外の協働清掃。&lt;br /&gt;　　⑥ 健康診断。&lt;br /&gt;　　⑦ 就職指導。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、この実現にどうするか？&lt;br /&gt;　諸君たちは地元選出の国会議員事務所に要望するなんてことをやらないだろう。どうせ実現しないだろうから。&lt;br /&gt;　そこで、周囲の仲間に呼び掛けてインターネットで民主党と政府の広報窓口に対し、例えば、上記のような具体的計画案を要請するのだ。さらにこのネットの輪を広げていく。これはエジプトのようにネットで大統領辞任を求めるような大それたことではない。&lt;span style="color:#660000;"&gt;先ず一点突破で実行すれば、その間に出来上がっていくネット組織を他の要求に使えることが大きな成果だ。&lt;br /&gt;　私も何かしたいが、年寄は出ない方がよい。若者が自らの努力で求める政治課題を実現する方がかっこいいではないか。諸君、やれるか？&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-3453418394492966606?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/3453418394492966606/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=3453418394492966606&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3453418394492966606'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3453418394492966606'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/02/blog-post.html' title='＃４５　決まって世にはびこること――若者よ、惑わされるな'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-677854773004723546</id><published>2011-01-29T07:41:00.008+09:00</published><updated>2011-09-16T08:12:16.006+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='政治'/><title type='text'>＃４４　菅首相は覚悟したか――今は総選挙の時期ではない</title><content type='html'>　通常国会が召集されました。離れて見れば、小沢資金問題が国会の予算案審議に影響を与えることが分かるのに、予算案が成立してからなら政治倫理審査会に出ると言い、事実上出席を拒否しました。あれほど出席に条件をつけないと公言していたにも関わらず。&lt;br /&gt;　対する岡田幹事長と菅首相は、長期戦の城攻めで包囲しながら説得を続けてきました。ここにいたり菅首相が野党の要求に応えて証人喚問に覚悟を決める時でしょう。&lt;br /&gt;　今は、言わば、国難の時です。政府は若者の雇用対策、デフレ脱出と景気対策、年金・税制の一体改革、農業改革の緊急課題に全力を傾ける時。どれも自民党政権がやれなかったことですから、菅首相は覚悟を決めてやり遂げてほしい。政権をひきずり降ろされるより、果敢に実行して討ち死にすることが武士の処し方でしょう。&lt;br /&gt;　若者諸君、良きにつけ悪しきにつけ、世界の若者はインターネットで連帯を深めている。諸君もデモはできないにしても、インターネットで民意を動かそう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 若者の就職を取り巻く環境&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今春の大学卒業生の３人に一人が就職できない。政府はさまざまな緊急対策を講じているが、このような短期的対応は時の政府としてやらなければならない。&lt;br /&gt;　他方、中長期的には政府より民間が対応すべきことだ。&lt;br /&gt;　先ず、企業の独善。これからは採用者の８割を外国人にするという方針を掲げる大企業がある。主に海外の進出先で勤務させるためであろうが、それでも多すぎるのではないか。これからも就職氷河期が続くと言われる状況下、企業は日本人学生の雇用をもっと増やすべきだ。&lt;br /&gt;　「日本の学生より海外の学生の方が優秀」と公言する経営者が居るが、このように日本と海外を分けて括弧でくくることには危険があり、また根拠に乏しい。本当に日本の学生は優秀ではないのか？　私はこれを信じない。なぜなら、日本企業を今日あるまで海外事業を発展させるのに主体的に貢献してきたのは日本人社員であるからだ。海外の人材であれ、日本人の人材であれ、育て方には大きく変わらない。&lt;br /&gt;　他方、卒業後３年まで新卒者扱いにするという企業が出てきた。やっとのことで就職できた人材は、幸運に感謝して忠誠を尽くし、よく働くだろう。&lt;br /&gt;　二つ目は、大学の無責任。就職を希望する卒業生の３割が仕事にありつけないほど学生を入学させてきたことは大学の責任でもある。景気が良くなっても当分２割は就職できないだろう。&lt;br /&gt;　大学は私が言う過剰供給業界の一つだ。これまで少子化の時代を知りながら、巨大私立大学は学部や学科の新増設を続け、供給過剰を招いてきた。その結果、都市近郊に蛸足のようにキャンパスを建設したことが中小大学の存立を危うくしている。まさに大学は弱肉強食の業界だ。&lt;br /&gt;　認可をしてきた文部科学省にも責任がある、という声もあるが、国は基準を満たせば認可することは正しいことであり、国はこれ以上の介入をすべきではない。どの私立大学にも経営学部があり、経営学の専門家が居るにも関わらず、彼らは時代を読む経営の予見を持たないのか？&lt;span style="color:#990000;"&gt;４年制大学だけでも今年の新卒者約５５万人中１７万人がまだ就職できないという異常さ。大学は責任がある。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　三つ目は、学生自身の問題。大学を選ぶ時に就職することを決めているなら、大学にこだわらず専門学校を選択肢に加えることを再考したらどうか。さらに、省庁や国の機関が設立している航空保安大学校、気象大学校、水産大学校などがあり、実務主体の教育をしている。インターネットで「大学校」を検索するといっぱい出てくる。「校」がつくのは文部科学省が出す学士号の資格が得られないからだ。「高等専門学校」でも検索すると、国立、県立、私立のリストが出てくるよ。&lt;br /&gt;　&lt;span style="color:#660000;"&gt;「大卒」にこだわらず、昔から言われる「手に職をつける」ことは今も有用だ。教養や専門知識を勉強することはいつでもできる。大学を名で選ぶ前に、何になるか、何を目指すか、が問われている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;◇ &lt;strong&gt;小沢資金問題&lt;/strong&gt;、（敬称略）&lt;br /&gt;　小沢資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金問題が取りざたされてから約５年が経つ。なんと長いことか。今に始まったことではない。&lt;br /&gt;　最初は、２００６年に陸山会がマンションを１０戸、６億円以上の資産を所有しており、しかも小沢個人の名義になっていることを週刊誌が報道したことで資金疑惑が明るみに出た。&lt;br /&gt;　２００８年に麻生政権の時、西松建設が海外から現金で日本に持ち込む不法行為により元幹部が逮捕された。検察による捜査の過程で西松建設が東北のダム工事を受注するための工作資金に使われた疑惑が持たれ、元幹部の証言から小沢の名前が出た。その後検察が小沢事務所の秘書と石川衆議院議員を逮捕した。時期が参議員選挙の前で、メディアは政治的意図による国策捜査だと騒いだ。しかし、他の捜査の過程で小沢の名前が出たら検察が捜査に乗り出すことは当然のこと。この時にはメディアには小沢擁護の報道があった。&lt;br /&gt;　もし諸君の上司か友達が刑事事件の容疑者として、取り調べの中で諸君の名前を出したら警察は諸君の捜査をする。我々誰でも日常こんなリスクに取り囲まれている。ところが、今のメディアは様変わりして、まるで小沢を国賊扱いするかのように叩いている。&lt;br /&gt;　私は悪乗りしたくないが、彼の論理と世論に対する認識は狂っていると思う。敢えて政治的戦術を取っているかもしれない。その例が「身の潔白は裁判が決めてくれる。国民か判断してくれる」と繰り返し発言していることだ。&lt;br /&gt;　要するに、周囲の声も私も、彼が刑事事件として有罪になるのかどうかは、最大の関心事ではない。彼に説明してほしいことは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　① 昨年度の彼の政治資金が２位の３億円の３倍、９億円と突出している。どうやって集めたのか？&lt;br /&gt;　② 小沢チルドレンにどのように選挙資金を配布したのか？&lt;br /&gt;　③ 自由党解散時に政党助成金をどう処分したのか？&lt;br /&gt;　④ 陸山会が金を受け取ったことは検証されないにしても、ゼネコンに便宜を与えたからこそ東北でダム工事を受注したのではないか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の記憶では、かつて自民党の藤波孝生（故人、元官房長官）は収賄疑惑で、加藤紘一（元官房長官、幹事長）は秘書逮捕で議員辞職し、後に選挙で返り咲いた。金丸信、村上正邦の大物議員も疑惑の捜査で議員辞職した。小沢議員も、選挙のみそぎはとにかくとして、議員辞職すべきだろう。&lt;span style="color:#990000;"&gt;多数の国民は、刑事上の有罪無罪より政治家としての倫理と身の処し方を問うているのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;◇&lt;strong&gt; 自民党もずれている&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　国会の冒頭、代表質問で自民党の谷垣総裁は繰り返し解散・総選挙を要求した。彼も「国民のために」と言う。他の野党も解散を要求している。&lt;br /&gt;　何が「国民のため」か？国民の多数は今解散を望んでいないのだ。総選挙をしたところで、参議院のねじれは変わらないし、民主党も自民党も過半数を取れない。政党再編も小選挙区で現職候補がぶつかるから容易ではない。その間政治が混乱して空白になるだろう。&lt;br /&gt;　緊急対応として若者の就業支援策を実行することと、年金・税制の制度改革に道筋をつけることに自民党は与党に協力すべきだ。若い世代は将来の年金の担い手であり、消費者経済の担い手でもある。そのために予算を付けることは確実に投資を回収できる。&lt;br /&gt;　&lt;span style="color:#990000;"&gt;年度予算も民主党のバラマキ予算の中で緊急でないものはカットするなど修正を求めた上で、速やかに成立させることが次の総選挙で評価される。&lt;/span&gt;自民党はかつての野党のように言葉尻をとらえる挙げ足取りを止めて大人(たいじん)の対応を見せるべし。&lt;br /&gt;　私は本来自民党支持者である。しかし、今は与党を支援している。ようやく民主党は野党後遺症から脱して政権政党が分かってきたところだ。年内は菅政権に国政を委ねたい。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-677854773004723546?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/677854773004723546/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=677854773004723546&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/677854773004723546'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/677854773004723546'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/01/blog-post_29.html' title='＃４４　菅首相は覚悟したか――今は総選挙の時期ではない'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-407870246072332667</id><published>2011-01-23T20:09:00.007+09:00</published><updated>2011-04-25T07:14:45.060+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌『言論大阪』#1０，２月２０１１，大阪市政改革は進んでいるか――新規まき直しの時</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000000;"&gt;　昨年１２月、平松大阪市長が就任後３年になった。第４コーナーを回ってホームストレッチに入った。情報発信や情報公開の言葉を多用し、テレビマン出身らしいが、さて大阪市改革はどれだけ進んだのか。&lt;br /&gt;　先日、２０１１年度予算の素案が発表された。生活保護費の増加など苦しい要因もあるが、３年連続で年度予算の増加を止められない。公債増に頼る財政赤字だ。他方、１年遅れて就任した橋下知事は府年度予算の黒字化を実現した。&lt;br /&gt;　財政危機は大阪市、大阪府ともに最大の問題だった。この一点については、大阪市の改革はまだ手ぬるい。実例に沿って検証してみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;地域ネットワーク推進員と民政委員&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　ごく最近に報道されたことで、大阪市には独自の「地域ネットワーク委員会」という組織があり、推進員３１６人に一人当たり年間１２０万円、計３億６千万円を支出している。&lt;br /&gt;推進員の任務はボランティア活動の組織化や市民の相談だという。推進員は過半が自治会や町会の幹部が兼務しており、これが歴代市長の選挙を支援してきたという一面が指摘されている。&lt;br /&gt;　詳しくはさておき、問題は厚労省が知事の推薦により任命する民生委員との待遇の違いだ。私の身近に民政委員がいることから知ったことは、民政委員の任務は多岐にわたり、高齢者や障害者への支援、生活保護者の相談、その上児童委員を兼務しているので子育て支援や虐待対応の仕事がある。さらに打合せ会や報告会への出席を求められて常勤に準ずるような日常で、単に名誉職ではなく、実務者なのである。これで手当ては大阪市推進員の１／２０に過ぎない。&lt;br /&gt;　結論を先に言えば、推進員は要らない。即刻廃止すべきだ。これで３億円以上の予算を削除できる。制度廃止にはそれなりに根拠が必要だから、先ず両委員の職務内容を細かにリストアップし、一週間の活動記録を比較してみればよい。&lt;br /&gt;　まだ他にも大阪市独自の厚遇（?）制度があるのではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;地下鉄の民営化&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　市長の公約では市営地下鉄を民営化するために住民投票条例を議会に諮ることだった。その後どうなったのか？&lt;br /&gt;　地下鉄が私鉄に比べて職員が多すぎると指摘されてから久しい。経営方式がどう変わるにせよ、現状のままでとどまってよいはずがない。私は相互乗り入れしている阪急と近鉄からの出資を得て第三セクター方式の大阪地下鉄株式会社にすることが現実的と思う。その上で地下鉄と私鉄の間で幹部から一般職員まで相互出向により人材交流をすることだ。&lt;br /&gt;　これで地下鉄会社に清新の空気が生まれ、経営改革につながるだろう。巨大化した組織には常のことで、組織を揺さぶることが停滞に刺激を与えるものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;外局の環境局、港湾局、水道局&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　市役所本丸から離れている外局の管理が弱いのだろうか、改革が不充分であるようだ。例えば、環境局ではまだ不祥事が出ている。事実上、他の大都市と比較して現在の職員数と給料を公開してほしい。しがらみに守られた組合と向き合うには確固たる論理的根拠 が必要だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　港湾局も大阪経済の活性化には思い切って改革することが必要だ。国のスーパー港湾構想より、大阪独自に堺港から尼崎港にいたるまで大阪湾港公団として再編する方が次世代に残すにふさわしい。私が高校生であった時代から、尼崎の市外電話番号は大阪市と同じ（０６）だった。当時の電電公社には先見性があったと言えようか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　市水道局と府水道局の合併は頓挫している。歴史が古い市水道局は技術も高いと自負心を持っており、主導権にこだわる。市町村に給水している、つまり卸売りの府と市民に直接給水している小売りの市との間に事業性格が違う。こんなことが統合の障害になっているという。民間会社なら解決策を見つけることは当たり前のことだ。&lt;br /&gt;　昨年、大阪市内であった水道に関するセミナーに出席した時、スクリーンに映された大阪全体の水道施設地図を見て改めて驚いた。府と市の浄水施設が隣りにあったり、排水菅網が並走したり交錯しているのだ。よくもまあ、こんなことをいつまでもやっているものだ。その上、水余りで両水道とも技術者も施設も過剰になっている。私は水道施設地図を見て一つの発想を得て質問した。「この地図はどこか鉄道の路線図と似ています。当面統合する前に、地下鉄と私鉄が相互乗り入れしているように、府と市の給水網の間で相互乗り入れすることで余剰設備を最適化することはできないのですか？」と。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　昨年１１月、大阪市と府下全市町村で構成する「大阪広域水道企業団」が発足した。これで企業団は府庁から独立したことで見かけの府職員数が減ることになる。大阪市水道局とは関わりがないので、肝心の抜本的改革にはならないが、変革の第一歩であることは評価できる。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;　現状の無駄は宝の山みたいなものだ。人員と施設を合理化すれば水道料金が下がる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt; 市議会定数&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　議員数と報酬のカットはいくらか実行されたと聞く。議員一人ひとりに月額７０万円も支給されていた政務調査費も削減されたという。しかし、まだ８９人も議員が居るのでは申し訳のレベルだろう。&lt;br /&gt;市長が任命する内部組織である監査委員会は廃止して議会に移すことで議員の仕事を増やしてはどうか。&lt;br /&gt;　最近大阪市、神戸市、京都市の３市で協議会がつくられた。私があちこちで書いているように、京阪神は交通が便利であるだけで、お互いに風土も市民気質も違うので協議会で話合いをしてもまとまらない。もっとも違いが分かるので参考になるという理屈はあるかもしれない。&lt;br /&gt;　平松市長さん、今は外交より内政の改革に全力投球してほしい。ふんどしを締めなおして攻めのリーダーシップが求められているのですぞ。 つまり、協議よりも実行に迫力を見せてほしい。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-407870246072332667?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/407870246072332667/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=407870246072332667&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/407870246072332667'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/407870246072332667'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/01/blog-post_23.html' title='ネット月刊誌『言論大阪』#1０，２月２０１１，&lt;br /&gt;大阪市政改革は進んでいるか――新規まき直しの時'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-1255191509880685996</id><published>2011-01-09T09:07:00.011+09:00</published><updated>2011-09-16T08:14:27.207+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='医療福祉'/><title type='text'>＃４３　子供の名前、親は子供の将来を苦しめるなーー年金ミスに親の責任</title><content type='html'>　子供の名前に使われる可能性もある常用漢字が内閣告示によって追加されました。例えば、骸、怨、股など約９０字です。&lt;br /&gt;　諸君は知らないかもしれないが、今から１７年前に長男の名前を「悪魔」として、東京の昭島市に届け出たふざけた親がいたことが全国的に話題になったのです。この時には市役所が拒否して認めなかったので、生涯重荷を背負うことになりかねなかった子供が救われました。&lt;br /&gt;　ここまでの悪例は別にしても、追加された難しい漢字を子供の名前に使う親が出てくるかもしれません。&lt;br /&gt;　諸君には子供が苦しむような名前をつけないように自戒してほしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;親は子供の名前に責任がある&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　&lt;span style="color:#660000;"&gt;子供の個性は名前で表現するものではなく、子供が成長を通じて自身で形づくっていくもので、子供に任せるべきだろう。&lt;/span&gt;生まれながらにして変な名前をつけられる子供こそいい迷惑だ。&lt;br /&gt;　変な名前だけにとどまらない。最近の流行では、読むにも書くにも難しい漢字の名前、漢字は易しくても親が勝手な読みにさせる名前、ひらがなだけの名前などがある。ひらがな名前の前後に助詞のひらがなが続くとどこが区切りか分からない。まるで俳優かタレントの芸名のような名前が氾濫している。 　　文部科学省の審議会は、今やパソコンのワードが普及して漢字を手書きする必要が少なくなったという考えらしいが、それでも個人の申請書を始め、子供たちが成長する過程では手書きの機会は多い。&lt;br /&gt;　小学校の教育改革を、例えば、英語を教えるなど先生に負荷がかかることを進めているが、もっと大切なことがあるはずだ。政府はこんな改悪にも感じるような改革に労力を割くよりももっと重要な改革に力を集中すべきではないか。&lt;br /&gt;　ここでは、すぐ実行できる改革を一つ挙げてみよう。&lt;br /&gt;　なんでも公的申請書の中から取り上げて、子供に書類を完全に記入する訓練を繰り返し課すことだ。何度でも完全になるまで書き直させることで根気と集中力を身につけさせる効果がある。子供がこれを身につければ成人になってから、書式をきちっと書けることになるだろう。この効果は末広がりに大きくなり、社会コストの無駄を省くことができる。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;ずさんな年金管理の他の要因&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　ずさんな年金管理の実態が世に知られて、社会保険庁が社会保険機構に独立行政法人化された。自治労の一部不良組合員が職務怠慢をしたり、ヤミ専従が常態化したり、真面目に仕事をしなかったとかメディアが批判した。自民党政権で舛添元厚労相が「最後の一人まで年金受給者の名簿を正す」と見えを切ったが、結局、改革半ばで挫折した。官僚からのいい加減な情報を鵜呑みにして、実態を知らなかったと批判された。このようなメディアによる批判はすさまじかったが、受給者側の責任については報道しなかった。&lt;br /&gt;　年金制度の混乱は、社会保険庁の管理低下と受給者側の怠慢による合作なのだ。こう言えば受給者側の皆さんから叱られるだろうが、敢えて言いたい。&lt;br /&gt;　親の死亡届を出さず、子が長年年金の不正受給をしていたことが明るみに出たように、ずさんな年金名簿の管理が正されるまでには１０年がかかるだろう。これはこれとして、&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt;もう一つ重要なことは、今後ミスを出さないことだ。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;これには受給者側にも責任があり、これを改めないことには同じ問題が起き続ける。できることを四つ挙げてみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１）&lt;strong&gt; 読みにくい名前がコンピューターの入力ミスを招く&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;　振り仮名を書いているではないか、と反論されるかもしれないが、通常は使われない読み方の名前の振り仮名を一字でもコンピューターに入力ミスすれば本人の正しい登録にならないか、別人として登録される。要するに確率の問題なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２） &lt;strong&gt;追加の手続きを怠らない&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;　厚生年金から国民年金に変わる度に、またその逆でも、新しく年金手帳が発行されるので、受給者がその都度市役所に届け出て一冊にしなければならない。さもなくば、年金名簿に二重登録されることになる。&lt;br /&gt;　諸君か、親は年金手帳を二冊以上持っていないか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;３）&lt;strong&gt; 家族支援を見直してみよう&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;　お年寄りには諸手続きが分からない、根気を出せない、知っていても傷害者はできない人が多い。子供が遠くに住んでいても確認することは一回で済む。まして近くに住む子供なら責任が重い。なんとかしてほしいものだ。&lt;br /&gt;　独居の場合は、外部の機関を利用できる。例えば、内容によって、社会保険労務士や私が時々世話になっている司法書士事務所は、安いサービス費でこういう人たちの世話をこまめにしている。子供が自分でできなければこういうサービスを親に与えるのは子供の責任だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;４）&lt;strong&gt; 年金番号・納税者番号の統一&lt;/strong&gt;。&lt;br /&gt;　政府がやっと統一番号制度を法制化することに動き始めた。やっとというのは、ずっと以前に自民党政府が提案したことがあるからだ。この時には、民主党を始めとする野党が「国民背番号制」だと反対して実現しなかった。&lt;br /&gt;　１９９７年に刊行された小著『大阪がかわる　地方がかわる』の中でも統一番号制の実施を訴えた。それから１３年、提案したことで変わったこともあるが、統一番号は今も 実現していない。これが実施されればどれだけ年金管理のミスを少なくできることか。&lt;br /&gt;　導入した住民基本台帳を利用すれば統一番号をつくる助けになる。ところが、個人情報保護という理由で当初は反対意見が多かった。近隣の町では市民の一人が台帳に記載されることを拒否する訴訟を起こした。当初、市長はこれを受け入れたが、この例外を入れるためにコンピューターソフトを変えるのに２千万円もかかると報道された。その後市長はどうしたのか分からない。&lt;br /&gt;　多数派の制度管理がより正しくなされるには、時に少数の民意を超えて政府が決断しなければならない。これが政治というものだろう。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-1255191509880685996?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/1255191509880685996/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=1255191509880685996&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/1255191509880685996'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/1255191509880685996'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2011/01/blog-post.html' title='＃４３　子供の名前、親は子供の将来を苦しめるなーー年金ミスに親の責任'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-933384272755102369</id><published>2010-12-29T07:21:00.005+09:00</published><updated>2011-01-01T08:57:11.529+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌「言論大阪」＃９，１月、２０１１　　２０１０年、大阪問題のおさらいーー問題の先に見える希望　　</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#000000;"&gt;よくもまあこれまで放っておいたものだ、と嘆息するような問題がいっぱい大阪にあります。しかし、逆に言うなら、一つずつ改革していけば大阪が良くなる希望を持てます。そう、問題が多いことは改革のネタが多いことなのです。今年書いたこと以外に、まだまだ改革課題があり、元経営者の目から見ると楽しみを感じるほどです。&lt;br /&gt;　今年の終わりに当たり、これまで改革提案を書いてきたことをおさらいします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;大阪のメディアは弱い&lt;/strong&gt;、創刊号&lt;br /&gt;　何も変わらない。１３年前に刊行された小著『大阪がかわる　地方がかわる』で指摘した時からも何も変わらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;大阪市立&lt;/strong&gt; &lt;strong&gt;近代美術館&lt;/strong&gt;、６月&lt;br /&gt;　天王寺の市立美術館に統合することを提案。その後、天保山のサントリーミュウジアムが閉鎖され、大阪市に譲渡されることになった。用途は決まっていない。次善の策として、ここを近代美術館にしてはどうか。&lt;br /&gt;　周囲の声、「大阪市は何をもたもたしているのや。こっちは余命がいくばくもないのや。絵画を長年保管してきたままでいつまで続けるのか。早く見せろ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;大阪市と周辺都市との合併&lt;/strong&gt;、７月&lt;br /&gt;　「大大阪市」構想は昔からあり、最近賛同者も出てきた。周辺都市の市長や市会議員は職を脅かされるので容易には賛成しないだろう。しかし、手前の小さなエゴを捨てて、次代のために大きく脱皮すべし。かつて東の横綱東京、西の横綱大阪であった。大関から横綱へカムバックしよう。&lt;br /&gt;　橋下知事から仕掛けられた大阪市の区長と区会議員の公選は時期尚早。現状に刺激を与えるために、市会議員数を減らすこと、試みとして区長に一人か二人の民間人を任命することから改革を進めてほしい。　&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;関西の空港問題&lt;/strong&gt;、８月。&lt;br /&gt;　国交省が関空と伊丹両空港を一体化する経営組織をつくり、民営化も計画に入れた構想を具体化した。とにかく何かやらなければならない、という意識は理解できるが、関空に国内線を集約しないことには抜本的改革にならない。&lt;br /&gt;　私は国営の八尾空港を伊丹空港に移転することを提唱している。旅客空港としての伊丹を廃止することで、関空がハブ空港になり、神戸空港も国内線補完の機能が生きてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 四つのオーケストラ&lt;/strong&gt;、９月&lt;br /&gt;　経営難にある大阪センチュリー交響楽団は、その後日本センチュリーに改名し、全国的に演奏会を行うことに決めた。しかし、大阪での定期演奏会でも赤字が出るのだから、経費がかさむ他の都市で演奏会を増やしても収益改善にならないと思う。また、地方の主催者から赤字補填を要求されるかもしれない。私の考えが間違っているのだろうか。&lt;br /&gt;　私は神戸、奈良、和歌山のいずれかにオーケストラを移転することを提唱した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;大阪都構想&lt;/strong&gt;、１０月&lt;br /&gt;　橋下知事さん、あなたの器量からすれば、大阪府は舞台として狭すぎる。何を改革するにも大阪市の壁にぶつかり、苛々することは当然だ。だからと言って政令都市の大阪市と堺市をばらばらにすることには論理の整合性がない。&lt;br /&gt;　他方、関西広域連合ができたが、これは企業が得意分野を持ち寄る部門合併のようなもので、滋賀県から徳島県まで含む府県の上部機関としては限界がある。奈良県は参加していない。&lt;br /&gt;　私は大阪府、奈良県、和歌山県の三つが合併して新しく関西県をつくることを提唱した。&lt;br /&gt;　奈良市を新県庁所在地にすれば全県の中央に位置する。大阪－奈良、大阪－和歌山間の鉄道はＪＲも私鉄も完備しているので、奈良－和歌山間の鉄道を補強すればよい。もっとも、この時代には人が県庁まで出向かなければならない用件を減らすことが求められる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;strong&gt;天王寺と阿倍野の二重ブランド&lt;/strong&gt;、１１月&lt;br /&gt;　大阪外向けの市場戦略のために、地域を「天王寺」で統一することを提唱した。当然、初期抵抗として反対されるだろうが、地域市民、市会議員、近鉄の総意がものを言う。近鉄は自社のビジネスにプラスになると判断すれば協力してもらえるはずだ。&lt;br /&gt;　大阪市には市内観光バスがない。そこで、天王寺駅を起点として、動物園・美術館、新世界・通天閣、四天王寺、夕陽丘を巡回する小型バスを運行して観光客を呼ぶ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 梅田北ヤードとサッカー場&lt;/strong&gt;、１２月&lt;br /&gt;　日本が戦略不足のためと言われワールドカップ招致に失敗した。私に言わせれば失敗ではなく、もともと目がなかったのだ。いずれアジアに順番が回ってくる１６～２０年先にあの強引な中国が出てきたらどうなるのか。&lt;br /&gt;　今回、サッカー協会が８万人以上を収容できる主会場を北ヤードにしたのはまったく便宜的なものだった。負け戦と分かっている第一回目に名乗りを上げるために北ヤードが充て馬に使われた。大阪が災難をかぶらずに済んだ結果は良かった。&lt;br /&gt;　ところが、平松市長はその後８万人以下に規模を下げたサッカー場を建設すると発言している。ワールドカップの主会場にこだわらない考えだ。どう考えてもおかしい。おかしい時には必ず裏があるから、私の推測では、ガンバ大阪が経営改善のために今の万博競技場から梅田移転を狙っているのかもしれない。&lt;br /&gt;　さらに、最近、サッカー協会は東京に主会場を建設することを提案した。なんとも節操がない連中だ。&lt;br /&gt;　そもそもサッカー場によって北ヤードの賑わいを狙い、あるいは経済効果に期待することは、「広いスペースを無理になんでも施設で埋める」というのは苦し紛れだと言ってよい。全国にいくつもある環境やアジアについて研究する施設をさらに建設するという案も同じ考え。これでは魅力ある北ヤードつくりにはならない。&lt;br /&gt;　今月、広大な２期計画地について橋下知事は森つくりを提案し、財界の一角である関西経済同友会は緑地公園にする提案を発表した。この流れになることを望みたい。その上で、すでに計画されている施設は、東側（ヨドバシカメラ側）に一列に並べて、残る全域を公園にすれば西側（ツインタワーやウエスティンホテルがある）の新梅田シティと一体化させることができる。次代に本当に有用な施設が出てくるなら、東側の施設ビル列に追加していけばよい。&lt;br /&gt;　最初から施設で埋めようとする考えは捨ててほしい。　　　　　　　（完）&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-933384272755102369?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/933384272755102369/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=933384272755102369&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/933384272755102369'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/933384272755102369'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2010/12/blog-post_29.html' title='ネット月刊誌「言論大阪」＃９，１月、２０１１　　２０１０年、大阪問題のおさらいーー問題の先に見える希望　　'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-5159679450462631887</id><published>2010-12-13T11:18:00.007+09:00</published><updated>2011-09-16T08:09:56.881+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='医療福祉'/><title type='text'>＃４２　誰にも他人事ではない医療・介護制度――若い世代にも突然降りかかる</title><content type='html'>　今月、９７歳の母が亡くなりました。５年前のある日、近所に独り住まいしていた母は畳の上で転倒して腰を強打して歩けなくなり、病院に運ばれて治療とリハビリを受ける入院生活を始め、その後老人ホームに入りました。それからも肺炎と併発症で再び入院、以来亡くなるまで自宅に帰ることはありませんでした。&lt;br /&gt;　施設探しと申請手続きに振り回され、見舞いに訪問を繰り返すなど大変でしたが、苦しかったことは「苦しい」と人に言えないことでした。なぜなら私の周囲に自宅介護で何倍もの苦労をしている親戚や友達が居るからです。諸君には、苦しい胸の内は友達に言って外に出してほしいと思います。&lt;br /&gt;　諸君には将来の遠い日のことかもしれませんが、誰にも親の病気が生活に降りかかることなのです。今回は私の経験から知った国の制度について書くことにします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt;医療・介護施設の種類&lt;/strong&gt; &lt;br /&gt; 予備知識として利用できる施設を説明してみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;《特別養護老人ホーム（特養と呼ばれる）》　&lt;br /&gt; 介護保険付きの施設で、３ヶ月の滞在期間制限があり、ここで手厚い介護を受けた後に自宅に戻り、介護ヘルパーの助けを受けながら自立させることが目的。６５歳以上で「要介護」の認定が入所資格。しかし、入居者の中には長期滞在の老人ホームに入るために待機している人が少なくない。介護保険のお陰で月額約４万円なので家族の負担にはならない。入所一時金不要。どこでも１００～１５０人の待機者が居る。&lt;br /&gt;《養護老人保健施設（老健と呼ばれる）》&lt;br /&gt;　滞在期間の定めがなく、介護保険付きで月額４～５万円、一時金なし。ここも多数の待機者が入所待ち。&lt;br /&gt;《有料老人ホーム》&lt;br /&gt;　民間経営の老人ホームで月額１５～１６万円、介護保険適用なし。一時金１５００万円（京都市の一例では２５００万円）、滞在制限なし。&lt;br /&gt;《療養型病院》&lt;br /&gt;　療養病棟がある病院で、健康保険や老人保険は利くが介護保険なし。期間の定めなし。空き病室がないことが多いので待機期間がある。普通１０万円以下であるが、中には衣類やタオルの持ちこみを許さず、リース料を高くして月額１３～１４万円もかかる病院がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;　母がたどった経過&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　参考までに、母の例に即して振り返ってみよう。世間にはどこにもある。&lt;br /&gt;　①９０歳になっても実家で一人自活にこだわり、老人ホームへの入所を受けつけなかった。週３日介護食を受けても好き嫌いがあり、自分で料理する食事は必ずしも栄養バランスが充分でないため、だんだん体力を失っていくことが見えても自活を主張。（世間ではこれが多い）。&lt;br /&gt;　② ある日、畳の上で転倒、腰を打って病院に緊急入院。リハビリと、他に腎臓の治療も受けて三カ月期限の規制を超えて退院引き延ばしする間に順番待ちの老健にうまく入れた。&lt;br /&gt;　③ 老健も三カ月期限を超えて延長してもらった後、特養に入れる幸運。&lt;br /&gt;　④ これでずっと居れるはずが、３年半経った頃、深夜に肺炎の症状で高熱が出て病院に緊急入院。この時日曜深夜のため救急車が近隣の病院６軒から断られた。（年寄り仲間との会で、みんな急病になるなら日曜を避けよ、とジョークを言った）&lt;br /&gt;　⑤永住できるはずだった老健ホームから、入院が３ヶ月を超えると戻れないという規約によって退所させられた。&lt;br /&gt;　⑥病院で１０日延長する間にソーシャルワーカーが移転先を探し、療養型病院に入った。病院は治療対象が無くなると出される。３ヶ月後ここで亡くなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　こんなに母を転々とさせたが、目も見えない、耳も聞こえない障害者だったからよく分からないせいか、苦にしていないことが救いだった。合掌。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;政府介護保険と医療保険の制度&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　母が介護保険と老人医療保険の手厚い支援を受けられたお陰で、家族の経済的負担は少なくて済んだ。どれだけ国の制度による経費を使ったことか。&lt;br /&gt;　国に感謝する一方で、世界の先進大国の中で唯一の最長寿国になった日本では、老人医療保険の予算が毎年増え、介護保険も赤字で制度が追いついていけない上にまだ施設が不足している現実を考えた。自民党政権時代にそれなりの制度改革を行い、民主党政権も取り組んでいる。人口構成に高齢者がますます増える今、改革は容易ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt;　アメリカの老人ホーム&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　私の顔が金持ちに見えるらしく、母が施設を転々とすることを知った友達から、「有料老人ホームがいちばんええ。なんでもやってくれる」と言われた。どうしても入所先が決まらない時には、実家を担保にして銀行から金を借りて入所金を払うことも考えて一軒だけ見学した。良い施設だった。&lt;br /&gt;かつて住んでいたアメリカの町にある老人ホームを想い出した。&lt;br /&gt;　一つはキリスト教の関係団体が経営する有料老人ホームで、その施設の立派さに驚いた。近隣の州にも知られる有名な施設だ。広大な公園のような敷地に建屋がいくつも並び、病院もある。中には一戸建ての家もある。ここに入れるのは金持ちだけで、財産を拠出しなければならない。子供は相続できる資産が無くなるから、多くは反対するという。&lt;br /&gt;　他は、郊外にある州立老人ホームで、子供は割安なここに入れたがる。自ら望んだ親は別として、無理に入れられた親はたいてい半年で亡くなると看護師の友達が言っていた。&lt;br /&gt;　「老後も金次第」とはこのことだろう。悲しいかな。　　（完）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-5159679450462631887?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/5159679450462631887/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=5159679450462631887&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5159679450462631887'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5159679450462631887'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2010/12/blog-post.html' title='＃４２　誰にも他人事ではない医療・介護制度――若い世代にも突然降りかかる'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-3565039182643670979</id><published>2010-11-20T08:34:00.020+09:00</published><updated>2011-07-23T18:33:36.158+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='言論大阪'/><title type='text'>ネット月刊誌「言論大阪」＃８，１２月、２０１０　</title><content type='html'>　　　&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="font-size:130%;"&gt;　&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="font-size:130%;"&gt;　　　　梅田北ヤードに巨大サッカー場？&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="font-size:130%;"&gt;　　　　　――次代の遺物になりかねない&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="font-size:130%;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;span style="color:#000000;"&gt;経営評論家・岡本博志&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;span style="color:#000000;"&gt;１２月２日にサッカー・ワールドカップの２０１８年と２０２２年の開催地が決まる。&lt;br /&gt;　１８年には有力視されるアメリカに決まると、２２年はヨーロッパになるだろう。２２年に立候補している日本になる可能性は低い。&lt;br /&gt;　日本の弱点は、開会式と決勝戦に使われる８万人収容の施設がないことだと指摘されている。そのために、日本サッカー協会は梅田北ヤードに目をつけ、これで計画書をＦＩＦＡ（国際サッカー協会）に提出した。&lt;br /&gt;　資金の一部を負担することが重荷の大阪市は、当面お付き合いしているだけに見える。平松市長も本当は乗り気でないと憶測する。何よりも梅田北ヤードに巨大なサッカー場は景観のぶち壊しになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;大阪のサッカーはバランスが取れている&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　大阪のＪリーグには南部のセレッソと北部のガンバの二つがあり、立地面でうまく棲み分けされている。もうサッカー場は要らない。ただし、２００２年の日韓共催ワールドカップの時にセレッソの本拠地長居サッカー場が大改造されたが、ガンバの本拠地である万博公園競技場は陸上競技と併用であるため、観客席からピッチまでが遠い問題がある。&lt;br /&gt;　そのため、万博公園内に新しいサッカー専用場が提案されている。しかし、建設資金の めどが立たないのでどうなるか。私はそれよりも、最近プロ野球の球場で内外野のファウルスペースを狭めて観客席を増設した例にならって、万博競技場でも陸上トラックに近付けて観客席をせり出す改良工事をする方が現実的であると思う。８万人収容は考えない。&lt;br /&gt;　梅田北ヤードに巨大サッカー場を建設しても一過性の使用にとどまり、常時使われることがない。建設費も巨額なら、維持費も大阪市の財政を圧迫することになる。次代には巨大な遺物を残すことになろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇&lt;strong&gt; 梅田北ヤードの全体計画を見直す機会&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　梅田の新ビル建設がすさまじい。阪急百貨店の高層ビルと富国生命ビルが相次いで完工したのに続いて、大阪駅ノースゲートビルも近く完成する。どれも美しいビルで地域の景観に融けこんでいる。まだ大阪駅近くの特等地にオフィスビルが建設中だ。&lt;br /&gt;　この建設ラッシュのために、梅田のオフィスビルの供給が過剰になり空き室率が高い。その中で中央郵便局の高層ビル建設が２年延期された。すでに大阪駅前ビルに一時移転して業務を行っているにもかかわらず、郵便事業会社はよくぞ英断したものだ。&lt;br /&gt;　他方、梅田北ヤードの一期計画は進んでいる。研究所や大学の出先機関などを中心にするナレッジキャピタルと、ホテルやオフィスビルの建設も含まれる。二期計画はまだ定まっていない。&lt;br /&gt;　私が住む茨木市には国際文化公園都市「彩都」と呼ばれるニュータウン建設が今も進行中だ。１９８２年に計画されてから２８年、「始めに開発ありき」の典型のような計画で、結局、東部、中部、西部地区が飛島に分けられる立地であり、メインは住宅開発だった。それに国際文化施設、研究所、ホテル、デパートなどで色付けし、大阪府が主体、財界、茨木市、箕面市を巻き込んだ。学者も「人類史的な貢献を目指す知的生産と文化の拠点づくりを」と謳った。&lt;br /&gt;　結局、今日では、阪急グループが最大の東部地区開発から撤退、文化・研究施設の建設が計画された中部地区は土地造成もされず、西部地区だけが住宅と、中部地区に建設されるべき研究施設が建てられている。５万人の予定人口は５千人にとどまった。&lt;br /&gt;　私は９５年に帰国間もなく、この需要も見込めない開発計画は経営が成り立つはずがないと思い、小著『大阪がかわる　地方がかわる』（三一書房刊、１９９７、年）の中で書き、市民の会のホームページで論陣を張り、さらに冊子までつくって配布した。市民の関心が広まらないので、さらに２０００年の市長選に出馬した。行政が経済振興と都市計画を国文都市に依存することなく、独自の地域経済の振興と投票率６０％を訴えたが、知名度も組織もない悲しさ、メッセージが届かないまま投票率は前回の２９％から５％押し上げただけだった。共産党候補と互角に善戦したと言われたことには大した意味がなく、実践する評論家として自己満足に終わった。国文都市について詳しくは改めて書くつもりだ。&lt;br /&gt;　さて、余談に流れたが、梅田北ヤード計画は、国文都市と共通する点もあるが、違う点は梅田北ヤード計画を成功させなければならないことだ。&lt;br /&gt;　現行のナレッジキャピタル計画を支持するが、全体計画は見直さなければならない。オフィスビルは過剰供給だから、全体を梅田公園として再計画し、ナレッジキャピタルのビル群はヤードの両側に配置し、真ん中を大公園にしてほしい。池もほしい。芦屋や箕面に住んでいる財界人が引っ越しに魅力を感じるような高級マンションも片側に建設する。&lt;br /&gt;　かつて大阪の市民が寄付して大阪城を再建したように、梅田公園も市民の浄財によって資金を集められると信じる。私も大した足しにならないが、次代に感謝されるために寄付したい。大阪には有力な建築家や都市計画専門家の人材が得られる。彼らの構想をもう一度聴いてほしい。&lt;br /&gt;　市民が昼さがり、あるいは夕方に散策し、屋台のハンバーグやアイスクリームを食べながら談笑する、ビルの一階にあるオープンレストランでは食事を楽しむ光景が浮かぶ。ジョギングの名所にもなるだろう。実現可能な夢だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;strong&gt;大阪は発展を遂げた&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　先日、生駒山上から大阪平野を一望した。遠くに梅田の高層ビル群が見える。そう遠くない昔、飲食や衣料小売りの店が掘立小屋のように軒を並べた梅田からよくここまで発展したものだ。先人の努力に敬意を払いたい。&lt;br /&gt;　今度は今の世代が大阪の次代をつくる時ではないか。　&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-3565039182643670979?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/3565039182643670979/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=3565039182643670979&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3565039182643670979'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/3565039182643670979'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2010/11/blog-post_20.html' title='ネット月刊誌「言論大阪」＃８，１２月、２０１０　'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-5246103281408957883</id><published>2010-11-14T10:38:00.006+09:00</published><updated>2010-12-13T08:11:21.421+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='移民'/><title type='text'>＃４１　日本への移民受け入れをどうするか? ーー政府のビザ規制が弱い</title><content type='html'>　先日、日本人の血縁があるという中国人約５０人が関西国際空港入国管理局事務所の審査で簡単に入国を許されました。彼らは入国するやいなや全員が大阪市に生活保護を申請して一旦認められたが、新聞報道などにより大阪市は驚き、入国審査のやり直しを求めたが、その後どうなったか？&lt;br /&gt;　大阪市は脇の甘さを突かれて、生活保護者の申請増加に悩まされています。市民２０人に一人の生活保護者を抱え、それでなくとも財政危機にあることから、国の支援を増やすことを要請しています。実際、周辺市の行政から大阪市は生活保護を受けやすいと言って、大阪市に引っ越しすることを勧めています。それどころか、四国のある市は生活困窮者に対して大阪までの高速バスの片道料金を支給して大阪市に追い払っているというのだから、ひどい話です。&lt;br /&gt;　さて、今回は大阪の問題ではなく、日本政府の移民管理政策について書いてみます。また面白くない文ですが、若者諸君の時代に大きく関わることです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;span style="color:#660000;"&gt;&lt;strong&gt;情を捨てて原則につかなければならない&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;　前述した中国人はみんなお年寄りであり、おそらく中国にはまだまともな福祉政策がないので、生活に困窮していたことは想像がつく。日本に来ることは最後の望みであったかもしれない。中国側にも日本側にもこういう困窮者に限らず、日本に不法移民を送る組織があると言われている。利用される困窮者は本当に気の毒な人たちと思う。&lt;br /&gt;　しかし、国家の統治を担う政府は、法律に従って厳しく原則を貫かなければならない。原則とは、内戦などによって国外に逃げなければならない&lt;strong&gt;内戦難民&lt;/strong&gt;と、政治活動によって命を脅かされる&lt;strong&gt;亡命者&lt;/strong&gt;を除いて、経済的な理由による&lt;strong&gt;経済難民&lt;/strong&gt;を受け入れないことだ。これは国際標準である。&lt;br /&gt;　一つ厳しい例を挙げよう。&lt;br /&gt;　私がアメリカ生活中、１９９０年代の始めであったと思うが、アドリア海先端の海峡と１００キロしか離れていない（韓国と九州の間は１５０キロ）アルバニアからイタリアに４万人もの経済難民が、何隻もの船で押し寄せたことがある。当時、アルバニアは共産主義の時代が終わり経済が混乱状態にあった。　　&lt;br /&gt;　ところが、イタリア政府は彼らをサッカー競技場に収容した後、全員をアルバニアに追い返した。メキシコからの難民に悩まされるアメリカでは注目されて新聞やテレビがこのように報道した。&lt;br /&gt;　そのアメリカでは政府は移民原則を適用し、厳しく取り締まっているが、何しろ陸続きの国境は２千キロを超えるので限界がある。メキシコからの不法移民は１千万人を超えると言われる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇　&lt;strong&gt; &lt;span style="color:#660000;"&gt;日本への留学生増加の功罪&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/strong&gt;　今、日本に大学と日本語学校を含めて中国からの留学生が１３万人に達し、このうち１万人が日本で就職すると言われる。&lt;br /&gt;　なぜこんなに多くの中国人が留学ビザから就労ビザに変えて日本で働けるのだろうか？日本の大学を卒業すれば、同じ教育を受けた日本人卒業者と変わらない。母国語を話せるという違いはあるかもしれないが、それなら中国語に堪能な日本人学生と変わらない。&lt;br /&gt;　アメリカの大学を卒業した日本人の中で、アメリカで就職したい留学生に対してはアメリカ政府は就労ビザへの切り替えを厳しく規制している。そのまま働けるのはインターンシップ制度で１～２年の限定期間だけだ。どの国の留学生に対しても同じ。&lt;br /&gt;　日本企業は日本で経験を積ませた後、中国事業のために中国子会社で幹部として勤務してもらうことを意図していることがあるのかもしれない。インターンなら良しとしても、それでも１万人は多すぎる。就職難に苦労している日本人学生の就職機会を奪っているのではないか。不況期にはアメリカでは外国人雇用に対して強い反対運動が起きた。このような反対は日本ではまだ聞いたことがない。&lt;br /&gt;　日本政府の規制、つまり原則適用が甘いのではないか？&lt;br /&gt;　もう一つの問題は、多数の中国人留学生をすべて幸福にはできないことだ。むしろ多くは苦労が報われないまま、中国に帰ることを余議なくされる。彼らは帰国後反日派になるかもしれない。私が知ることで、アメリカで満足した処遇を受けた日本人は帰国後に親米派となり、そうでない場合には反米の感情を持ちやすい。&lt;br /&gt;　日本への留学生、そして移住者も他国を知らず、他国ならもっと苦労したかもしれないという発想を持たない。だから日本批判に傾きやすい。&lt;br /&gt;　日本政府の安易な留学生増加の旗振りは危ない。このことを認識してもらいたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ 　&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt;日本も移住天国になりかねない&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;　どの国でも国が必要とする専門職の人材を受け入れているが、一般職の人材は移住を制限している。例外はある。&lt;br /&gt;　例えば、１９８９年に日本政府は人手不足を解消するために、法律を改正して日系ブラジル人労働者の受け入れを認めた。言葉と低賃金の問題を抱えて、その後本国への帰国者が出た。地域住民が彼らに支援の手を尽くしても、今は就職機会がない日本人が多いのだから仕方がない。政府の施策には限界がある。&lt;br /&gt;　それでも外国からの移住者はこれからも増えるだろう。&lt;br /&gt;　特に中国からの大量移民の恐れがいつか現実化するだろう。国内統治に難事をかかえる中国政府の努力にも限界がある。&lt;br /&gt;　ひとたび混乱が起きれば、移住先として狙われるのは、台湾、ベトナム、韓国、日本の近隣諸国になるだろう。台湾の友達によれば、言葉の問題がない台湾には、すでに１０万人の不法移民がいる。日本が移民天国のように憧れの国である話がこれからも流布すればどっと日本に押し寄せるかもしれない。&lt;br /&gt;　日本政府は当然考えているだろうが、イタリア政府のように決断できるかどうか。&lt;br /&gt;　若者諸君、これはキミらの時代の問題なのだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6299830950695740642-5246103281408957883?l=okamotohiroshi.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/feeds/5246103281408957883/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=6299830950695740642&amp;postID=5246103281408957883&amp;isPopup=true' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5246103281408957883'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/6299830950695740642/posts/default/5246103281408957883'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://okamotohiroshi.blogspot.com/2010/11/blog-post.html' title='＃４１　日本への移民受け入れをどうするか? ーー政府のビザ規制が弱い'/><author><name>岡本 博志</name><uri>http://www.blogger.com/profile/14154997259904776287</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='31' height='32' src='http://3.bp.blogspot.com/_Pp3twRTrB1E/SevvSlpn2yI/AAAAAAAAAAs/zvw5iIWpiTo/S220/kaonomi.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-6299830950695740642.post-7978682621057813905</id><published>2010-10-30T07:15:00.024+09:00</published><updated>2010-11-26T09:37:44.617+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='中国'/><title type='text'>＃４０　続編・中国問題ーー中国の将来はどうなるのか？ーー</title><content type='html'>　&lt;span style="color:#333333;"&gt;前回に続いてもう一回中国問題について書きます。お断りするまでもなく、私は中国問題の専門家ではありませんが、自由な発想を書いて皆さんの参考に供します。&lt;br /&gt;　私の中国情報源を言いますと、北京に引退した農業学者の中国人と、上海に日本企業の商社経営者（何十年もの中国専門家）の二人がいます。しかし、中国政府の情報「制御」によってホームページもブログも開けないので、私から控えめにメールを送るという片側通行ですから、ホンネを聴けるのは会った時だけに限られます。それに台湾の友人との自由な交信です。ホンコン駐在のアメリカ系テレビの経済専門家がいますが、あまり交信していません。&lt;br /&gt;　今回のように大きな問題が起きた時には、インターネット検索でタイ、ベトナムなどアジア各国の英字新聞を集中的に読みます。日本では主として全国紙を参考にしています。&lt;br /&gt;　さて、若者諸君の時代には中国はどうなっているでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;span style="color:#660000;"&gt;中国はいずれ財政危機に陥る&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;　私の考えでは大国経済の高度成長はいつか止まる。中国も例外ではないだろう。&lt;br /&gt;　これまで沿岸部を優先開発して１億人と言われる富裕層をつくり、彼らが払う税金によって潤沢な国家の歳入を得てきた。しょせん金持ちは貧者の上に成り立つ少数派であり、彼らからの税収にはいつか限界が来る。もう一つ、安い人民元のお陰で巨額の貿易黒字が政府の資金になっている。&lt;br /&gt;　しかし、歳入の伸びが鈍っても歳出の増大はもう抑えられない。思いつくだけ政府の歳出を挙げてみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　＊人民解放軍２２０万人、予備役５０万人、武装警察７０万人の維持。&lt;br /&gt;　　　＊巨大な中央政府と地方政府の重荷。&lt;br /&gt;　　　＊急速な建艦、宇宙開発、海洋進出。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;　　　　 （前回で海上保安庁の尖閣に新巡視艇配置を提案した&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt; が、最近の&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;              報道では中国は&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;漁業&lt;/span&gt; &lt;span style="color:#333333;"&gt;監視 &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;船だけでも３０隻を建造するという。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;              とてもかなわない）&lt;br /&gt;　　　＊世界中でエネルギー資源と国策による企業買収に投資。&lt;br /&gt;　　　＊途上国へのばらまき支援。&lt;br /&gt;　　　＊全土に広がる高速鉄道、高速道路、僻地の自動車道路建設と維持保守&lt;br /&gt;　　　＊水路整備など農業振興。&lt;br /&gt;　　　＊未整備の医療福祉制度。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;　　　　&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt; （健康保険や年金の制度にいかに金がかかるか。日本の現状を&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;見&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;ればわかる） &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333333;"&gt;　　　＊北朝鮮への経済支援&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◇ &lt;span style="color:#660000;"&gt;中国の人口対策としての移民政策&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;　私の憶測では中国政府は、１子制限政策に加えて１３億人の人口を減らすために国外移民政策を取っている。政府は食料も農地も仕事口も人民を国内では賄えないと判断しているのではないか。&lt;br /&gt;　なぜか？例を三つ挙げてみよう。&lt;br /&gt;　一つ目は、中国のアフリカ援助で、インフラ整備でも鉱山開発でも彼らは技術者のほかに数百人の中国人労働者を送り込むことだ。それに伴って、中国レストランや雑貨屋の商売をするためにさらに中国人が移住する。その後親類縁者を呼びよせる。当然、現地人の雇用をほとんどしないので、批判を受ける。それでも今後も世界中にチャイナタウンが増えていくだろう。この移民式支援は他国の支援に例を見ない。&lt;br /&gt;　二つ目は、話は古いが、移民式支援の原点と言える例だ。１９７
